2008年12月24日水曜日

第4話:告白

二十三日の夕方、夕凪と新大阪の駅で七時に待ち合わせしている為、五郎は定刻を迎えると職場を出た。
五郎が新大阪に着くと、待ち合わせの時間には少し時間が余っていた。(いよいよ、今日はメグに告白するが、さて上手く行く物だろうか……)少し緊張感を感じた五郎は落ち着きを少し失った。
七時五分前、五郎の前に夕凪が姿を現した。茶色のコートに、それに見合うスカートとブーツを履いている。
夕凪の姿を確認した五郎は、「メグ、来てくれてありがとう」と微笑みながら言った。
夕凪は、「うん」と一言返事した。
夕凪は五郎の誕生日を祝うなら、別の形で食事などして誕生日を祝ってあげたい。そんな気持ちを持っていた。普段、人にストレートに発言する夕凪も、人に何かをしてあげるのは苦手だ。誕生日や結婚式等の祝い事に、過剰反応して祝ったりする事が全く出来なかった。
夕凪の返事の後、五郎を先頭に二人は無言のまま駅の中に入り、快速電車に乗って神戸の三宮に向かった。

神戸の三宮に着くと駅の周辺はたくさんの人で賑わっている。二人はルミナリエを見る為、駅構内から外へ移動しようとするが、人混みの多さから、駅の構内を抜けるのに時間が掛かった。
ようやくの思いで駅の構内を抜けると、今度はルミナリエに近付くにつれて人混みが多くなっている。
その様子を見た五郎の昔の記憶が蘇っていた。五郎が三十歳になる直前に別れた彼女、”夢”の事が脳裏に浮かんでいた。

五郎がルミナリエに初めて来たのは、夢と付き合った頃の事だ。寒い季節、夢は外に出掛けると身体が固まり動く事も出来ない事がある。更に長時間歩くだけの体力もなかった。
それでも夢はルミナリエの色鮮やかなイルミネーションを見たくて、寒い季節の中を耐えてルミナリエを見たがった。
その時、五郎は夢の様子に注意している。出来るだけ夢の体力を奪われないように、人混みでは周りの人に押されるのを防ぐ為、五郎は夢の後から腕で輪を作って、その中に夢を入れて歩いている。もし夢が疲れた時は、腕で作った輪を広げて夢の体重を腕にかけて体力が奪われるのを防いだ。
夕凪とルミナリエを歩く途中、五郎は夢が体力を失い倒れた場所を思い出した。商店街の入り口の電信柱。そこは夢が目眩を起こし意識を失った場所。五郎は徐々に悲しい感情に襲われていた。
商店街の入り口を通過すると、五郎も夢の事を頭の中から振り払った。夢の事を思い出していた五郎は、昔の事を思い出している自分に反省した後、夕凪の方を見た。
しかし夕凪も先程の五郎と同じように悲しい表情をしている。
(もしかして、メグも誰かの事を思い出しているのか?)そう五郎は思った。
夕凪は五郎と知り合う前、一年程付き合った彼氏が居た。夕凪が彼氏と別れた理由は、お互いの時間が合わず、会える事が少なくなっていた時期、彼氏が夕凪に軽い嘘を付いた。それが夕凪の怒りを買う事になって、夕凪から別れを切り出している。
ルミナリエを通過する間、二人の胸中は過去の辛い出来事を思い返していると五郎は感じた。
やがてイルミネーションが輝く通りを抜けて、大きな公園に出てきた。公園の中には屋台が幾つか出ていて、公園の出口辺りでは募金を募っている人達のいるテントも見えた。
「ねえ、メグ、募金しない?」と五郎が言い出した。
夕凪は不思議な顔をして、「どうして?」と尋ねた。
五郎は夕凪の方を向き、にこっと笑いながら、「来年もルミナリエを見る為さ♪」と言った。
ルミナリエは阪神大震災以降、毎年12月に鎮魂の意味を込めて行なっている。そのイルミネーションは訪れる者を魅了させる。五郎もその1人だ。しかし近年、開催者も資金を募るのに苦労をしている。その為、毎年、ルミナリエでは募金をしていた。
公園を出る時、五郎は財布から五百円玉を取り出して募金箱に投入して、二人はルミナリエの会場から出ようとしたが、その時、夕凪がおもしろい店を発見した。
「ねえ、あそこで宝くじを売ってるけど買わない?」
「えっ、宝くじ?」
五郎には夕凪が何を思って宝くじを買おうとしているのか想像も付かない。
夕凪は微笑んで「今日、一緒に来た記念よ」と言った。
夕凪の言葉に五郎は、(ありがとう)と心の中で感謝した。
次の瞬間、五郎は元気よく、「よし! じゃあ、スクラッチ買って、少し高い金額が当たれば何が食べに行こう!」と言った。

二人は宝くじ売り場で、千円ずつ出し合って十枚のスクラッチカードを買った。そして小銭を出して、二人で次々とスクラッチを削っていった。
夕凪は結果を真っ先に求める為、削るのは真中からだ。だから、あっと言う間に持分の五枚を削ってしまった。残念ながら夕凪のカードからは、一枚も当たりが出なかった。
五郎は夕凪と違い、慎重に端から順に綺麗に削る。その様子に夕凪は、少し呆れて駅に向って歩き始めた。夕凪が離れて行っても、五郎は綺麗にスクラッチを削る。五郎が最後の一枚を削ると千円が当たっていた。
その時、五郎が夕凪の姿を目で探すと、既に宝くじ売り場から離れた場所にいる。五郎は急いで夕凪の傍に向った。
夕凪の傍に追いついた五郎は、「メグ、千円当たったけど……、換金は……、今度でいいか」と笑顔で五郎は言った。
五郎の笑顔を見て、夕凪も呆れていた気持ちに反省の念が浮かんだ。
夕凪も笑顔で、「じゃあ、早速、持って行こうよ」と気持ちを盛り上げようとした。
その言葉に五郎は微笑んで、「いいよ。また今度にしよう」と言った。

二人が駅に向かって歩いていると、人だかりが出来ている場所が見えた。何をしているのか気になった五郎は、その人だかりの向こうを見ると、一人の大道芸人がショーを行なっていた。
五郎は普段から路上でライブをする人や、芸を披露している人がいると、一人で歩いている時も立ち止まって見る事がある。
「メグ、少し観ていかない?」
夕凪は五郎と違って大道芸人に興味はないが、五郎の誕生日だから我慢する事にした。
二人が大道芸人の近くに向っている時、夕凪は「好きなの?」と五郎に尋ねた。
五郎は笑顔になって、「まあね♪」と返答した。
突然、五郎は夕凪の手を引っ張り出して、小走りで大道芸人の居る場所に近付いた。

大道芸人は燃え盛る棒を空中に向かって放り投げていた。くるくると回る燃える棒を次々とキャッチしては、観ている人の拍手を浴びていた。
五郎は人の間の隙間を見つけては、遠慮せずに入り込んで前に進んだ。大道芸人の顔がはっきり見える場所に出ると、いきなり五郎の足が止まった。
(あの人だ・・・)
それは大阪城で夢と一緒に見た大道芸人だった。
今から5年前、大阪城で夢と散歩している時、人の往来が少ない所で大道芸人が一生懸命汗を掻きながら芸をしていた。その時は駆け出しの大道芸人だったせいで、一つの芸を成功させる度に大道芸人自身が胸を撫で下ろす様子を見せていた。
何度か芸に失敗する事もあるが、その時は関西人独特の笑いで、その場を収めようとした。しかし観ている人の立場では、その失敗が凄く滑稽で面白味ある物で、丁度、サーカスのピエロが大道芸人を勤めている感じもする。
「それでは! 行きます! 行きますよ! 恥ずかしいので、あっちを向いててください!」
そんな風に自分を滑稽に見せる事で、人の笑いを誘い、成功した時には、よくやったと客から拍手を浴びていた。
その時、五郎は大道芸人を真剣に直視している。何かする度、大道芸人の額から大粒の汗が流れる。その汗から失敗を恐れている事が分かる。バンドで舞台に立っていた五郎には、その大道芸人が人前に立つ事すら慣れていない感じを受け止めている。
そして最後迄、夢と二人で芸を観ていた。終わった後、五郎は財布から千円札、それは二人分を楽しませて貰った気持ちで五郎は大道芸人の帽子に入れた。
月日を経て、あの大阪城で観た大道芸人が目の前に居る事を五郎は驚いていた。夢と一緒に観た時と違い、大道芸人は人前に立つ事を恐れていなかった。大道芸人の後のスピーカーから流れる音楽も勢いのあるロックが流れている。
月日の流れは、大道芸人の芸にも技が加わるだけでなく、表情にも余裕がある上に汗が流れても気付かないぐらい化粧もしている。
(凄い、あれだけ上手くなっていたんだ)五郎は感心していた。

大道芸人の最後の芸が終わり、周りで観ている人が去って行く中、五郎は財布から五百円玉を取り出して前に進んだ。昔は大道芸人も帽子を持って、観ている人の前に自ら出て行ってお金を貰おうとしていた。
しかし今は違っている。もう自分の足で貰いに行かなくても、客が自分の意志でお金を入れてくれる。日々の努力の積み重ねで、自分の自信が確立された証拠だろう。
五郎は帽子の中に五百円玉を入れて、大道芸人の顔を見た。大道芸人も五郎に見られている事に気付き五郎を見た。顔を見合した二人は微笑んだ。それは二人が若い頃に合った事を覚えているような微笑方だった。
五郎はゆっくりと夕凪の傍に戻り、再び駅の方角へ向いて歩いた。
五郎は夢と別れた後、恋愛に関しては間を空けている。別れた原因が自分にあったと気付いてから、恋愛するには未熟だったと認識して、人の思い遣りを再認識する上で努力していた。
地下に降りる階段が見えて五郎は歩くのを止めた。そして夕凪の方を振り向いた。

「メグ、君の事が好きです。俺と付き合ってください」

突然の事だった。夕凪もそれには驚いている。
五郎は微笑みながら、「まあ、いきなり言って返答をくれとは言えないな! メグ、少しだけ俺の事を考えてくれる」と言葉を付け足した。
夕凪の性格からして回答を求めると答えを出すのが早い。そう考えると、一瞬で振られる事も考えられる。だから五郎は言葉を付け足して、振られるとしても少しぐらい自分と付き合うかどうか検討して欲しいと思った。

神戸の三宮から快速電車に乗り新大阪に戻ろうとしたが、帰りはルミナリエを観た人で電車の中は混雑していた。五郎と夕凪は、その間、密着した状態が続く。
途中の尼崎で酔っている男が電車に乗ってきた。その男が夕凪の方に人の波に押されて近付いた時、男は夕凪の方を見てコートの臭いを嗅ごうとした。
男の仕草から嫌な気持ちが浮かび、夕凪が嫌な顔をしようとした時、五郎が夕凪の手を引き、お互いの立ち位置を交代した。
男は自分の近くに女性でなく男性が立っているので、しかめっ面をしてる。その様子を見て、五郎は夕凪に笑みを送った。

快速電車が新大阪に着き、二人は電車を降りて地下鉄に移動した。地下鉄のホームに出ると二人の方向は違う為、そこで別れる事になる。
先を歩いていた五郎も、そこで夕凪の方を見た。夕凪は五郎の誕生日をルミナリエで終わらせた事を少し後悔している。
不器用な女性だと言うのは五郎も知ってか、「メグ、今日は俺の誕生日を祝ってくれて、本当にありがとう」と五郎は夕凪にお礼を言った。
まだ後悔している夕凪は、(私、一言もおめでとうも言ってなかったのに……、こんな誕生日で良かったのかしら?)と夕凪は疑問に思った。
誕生日、一番のプレゼントと言うのは、祝ってくれる人の気持ちである。それを五郎も七歳年下の夢から学んでいる。
五郎は自分の誕生日、異性として興味ある男性でもない自分に対して、夕凪が付き合ってくれている事と感じていた。祝ってくれる気持ちがあるから、誘いに応じてくれたと五郎は思っている。
五郎の乗る電車が先にホームに着き、五郎は夕凪に笑顔を送って電車に乗った。

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