2008年6月28日土曜日

第17話:3人の気持ち

俺は占い師の事を思い出した。

あの「不義理を行った」と俺に言い放った占い師であれば、

もしかしたら、少しぐらい当たるのではないかと思った。

早速、マスターから占い師が占いを行っている
場所を聞いて、

霧子を連れて、その場所へ向かった。




時刻は夜の10時。

亮の愛車が神戸の街を走っている。

しかし2人の様子は、普段出掛けている時とは違っている。


三ノ宮の商店街沿いを走る亮は、駅近くの交差点で山手に車を走らせた。

緩い斜面が続き、ゆっくりと右に曲がるカーブが続くとパーキングが見えてきた。

「霧子、この辺に車を停めて、後は歩いて移動しよう」

「うん・・・」

亮は占いなど信じる性格でもないが、今、起きる不思議な現象が何から来るものなのか知りたかった。

その逆に霧子は占いを信じる方だ。

それでも雑誌の占い程度で、本格的な占いは今日が初めてだ。


パーキングエリアから斜面を上ると、築10年程度のマンションが幾つか見えてきた。

亮はポケットからメモを取り出し、そのメモを開いた。

『シモニー』

幾つか建ち並ぶマンションを見ても、どのマンションも名前が挙がっていない。


丁度、1つ目のマンションの1階にコンビニエンスストアがあった。

この時間帯、道を尋ねるのにコンビニが1番適している。

亮は迷わずコンビニの中に入った。

数分も経たずに亮は、コンビニの店員からマンションの場所を教えて貰い、

亮はコンビニから出てきた。

「霧子、この奥のマンションだ」

「うん・・・」

亮は不安な霧子の様子を察して笑顔を見せた。

「占って貰うだけで何も恐い事は起きないさ」

「でも・・・」

「大丈夫だ」

出来る限り霧子の不安な気持ちを取り除こうと、亮は明るい様子を霧子に見せた。

2人は狭い路地を10m程進むと、マンションの入り口に辿り着いた。

マンションの入り口に『シモニー』と札が付いている。

亮はポケットから携帯を取り出し電話をかけ始めた。

「今晩は、香川亮です。そうです香川です」

電話の向こうの相手が話しだし、亮は少し黙ったが、

僅か2分程度で話が終わり、亮は携帯電話を切った。

「今、客が1名居て、後、10分程度待ってくれってさ」

「こんな時間でも客がいるんだ」

「あぁ、俺達の後にも予約客がいるから、相当人気のある占い師だ」

待ち時間の間、霧子だけに限らず亮も落ち着かなかった。


亮は脇に抱えていたセカンドバッグを開き、 その中から煙草とジッポを取り出した。

「亮、タバコを吸うの?」

「え? あぁ、時々な」

亮はバーで働きだしてから煙草を控えていた。

煙草を吸うと舌の感覚を麻痺するからである。

今もニコチンを欲するのではなく、待っている間、気持ちを落ち着かす為だ。

亮はマンションの壁にもたれ掛かり、霧子が傍に居る事すら忘れる程、 煙草の煙を肺に送り出した。

「ねえ、亮」

「ん?」

「今日の占いをしてくれる人って、どんな占いをするの?」

「俺も詳しい事は知らないんだけど、とにかく人の顔を見て言い当ててくるんだよ」

「亮は、どんな事を占われた事があるの?」

「俺・・・」

亮は一瞬言葉に詰ったが、次の瞬間に「俺は親不孝な人だってさ」と言った。

「それって当たってるの?」

「あぁ、間違いなくな」

亮は苦笑いした。

「でも、それって誰でも当てはまる事じゃないの?」

「俺の行いは不義理な事をしたって言ったのさ」

「そうだったの・・・」

霧子は詳しい事は亮から聞く事はしなかった。

普段から亮の口から家の事を聞かない為、 何か事情があるのだとは思っていたからだ。

『ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ』

亮のポケットから携帯のバイブレーションの音が聞こえた。

そしてマンションの中から1人の女性が出てきた。

「どうやら先客が帰ったようだな」

亮はポケットから携帯を取り出した。

「はい、分かりました。すぐに上がらせて貰います」

用件も早々に携帯電話を切り、「よし行こう」と亮はマンションの入り口に入った。


『コンッコンッ! コンッコンッ!』

マンションの扉を叩き、その音に反応して奥から「どうぞ」と聞こえてきた。

亮は真剣な眼差しをして、扉を開き「失礼します」と言った。

「どうぞ、入ってください」と奥から女性の声が聞こえる。

玄関から廊下を通り、部屋に入ると、そこには占いの本と石がたくさん置かれていた。

「汚い所ですが、どうぞ適当に座ってください」

占い師は自分の前に置いてある本を取り、後の棚に片付けた。

(何もない部屋だな)

亮は辺りを見回し、テレビや布団が一切置かれていない事に気づいた。

「ここは私の仕事部屋で住んでいる場所ではないのです」

「えっ・・・」

亮は自分の思った事に返答した占い師の言葉に驚いた。

「亮、どうしたの? 何かあったの?」

亮の驚く様子に霧子が反応した。


亮と霧子は床に座ると、占い師は2人の顔をじっと見出した。

「お名前を教えて頂けますか?」

「香川亮です」

「奥田霧子です」

占い師は一瞬真剣な表情に変わったが、すぐに微笑みだした。

「お2人とも嫉妬心の強い方のようですね~」

「あぁ、はい・・・」

占い師の言葉に否定の言葉さえ出ず亮は頷いた。

「それで今日は何を占って欲しいのですか?」

その言葉を待ってたかのように亮は話を始めた。

「実は今日、先生に診て貰いたいのは、隣に座る彼女の霧子の事で来ました」

「何かあったのですか?」

「最近、霧子の家に変な電話が多くて、その影響で霧子に不思議な出来事が起きているんです」

「そうね~、起きてるわね~」

「分かるのですか?」

一瞬、亮も占い師の反応に驚いたが、すぐに冷静な表情に戻った。

「そうね、男性関係の事で大きく彼女に影響されてますね」

「それは、どんな事なのですか?」

亮の質問に占い師は真剣な表情に変わった。

「まず、彼女の傍に1人の男性の影が見えます」

「それは誰なのですか?」

今度は霧子が質問した。

「あなたも気付いていると思うのですが、多分、以前深い関係のあった人ではないですか?」

「やっぱり、そうなのですか」

占い師の話に霧子も納得した。

「ここは遠慮して話すより、きっちりとした話をさせて貰ってもいいですか?」

占い師の話に、亮と霧子は覚悟を決めようとした。

「はい、お願いします」

先に亮が覚悟を決めた。

「どんな事でも知りたいので、お願いします」

次に霧子が覚悟を決めた。

占い師は2人の表情を見て話を始めた。


占い師は自分の後にある石を3っつ取り、それは2人の前に置いた。

石の色も透明、青、赤と3つの色に分かれている。

「まず、この赤の石が香川さんです。そして青が奥田さん」

占い師は赤と青の石を2人の目の前に置いた。

「そして、この透明の石は、奥田さんに関係していた男性の方です」

透明の石は、赤と青の石から離れた場所に置いた。

「赤は野望、情熱の石です。そして青は冷静、嫉妬の石です。

そして、この透明は何も知らない純粋な石です」

2人は真剣に占い師の置く石を眺めながら、自分達の関係を想像した。

「赤の石は青の石の気持ちを欲しいが為、

自分の想いを捨ててでも、青の石の気持ちを掴みたかった」

その話に亮の左の額から、少し汗がにじみ出てきた。

「青の石は透明な石に対して、もっと自分の方に向いて欲しかった。

でも透明な石は、それに気付けず自分のペースで頑張っていたのです」

「でも彼からは、一切、愛情が感じられなかった!」

霧子の中では、向井から自分に対して愛して貰っている気持ちを感じていない。

「これは占いよ。1つの話として聞いて頂戴。私の言う事は単なる客観的な見方の1つ」

占い師は霧子に微笑んだ。

「すいません・・・」

少し熱くなりかかった霧子は自分を恥じた。


俺は恐かった。

この占い師が的確に3人の気持ちを言い当てている事を・・・。

だが、今の話などは、所詮、3人の気持ちだ。

俺の知りたいのは、今、起こる出来事や霧子の夢、俺の夢の事だった。

2008年6月22日日曜日

第16話:割り込み

週末の深夜2時、亮と霧子は静かにベッドの上で寝ていた。

部屋の中は少し蒸し暑く、亮も霧子も布団は被っていない。

「・・・違う・・・、違う・・・、わ・・た・・し・・じゃ・・ない・・・」

突然、眠っている霧子から言葉が放たれた。

数分毎に発せられ、3度目には亮も霧子の寝言に気付いた。

亮は上半身を起こし、霧子の表情を確認すると、凄い汗を流しながら霧子は寝ている。

「おい! 霧子! 大丈夫か?」

亮は霧子の腕を掴み揺らして起こそうとした。

1度寝ると簡単に目が覚めない霧子だと知っている亮は、何度も霧子の体を揺らした。

「おい! 霧子! 大丈夫か?」

霧子の目が少しずつ開き、霧子は悪夢から解放されると目の前に居る亮に抱きついた。

「恐かった~」

亮は霧子の頭を軽く撫でながら、霧子をゆっくり自分の体から引き離し寝かせた。

(向井の電話が入るようになってから、霧子の精神状態は悪くなっている。

このまま何も手を打たずに行くと、霧子は間違いなく精神状態がおかしくなるぞ)


「はっ!」

が目を覚ますと寝室には霧子の姿が見えない。

霧子の事が気になりリビングに行くが、リビングにも霧子の姿が見当たらない。

もしかしてと思い玄関の傍の部屋に入るが、そこにも霧子の姿が見当たらなかった。

「どこに行ったんだ?」

『コツッ! コツッ! コツッ! コツッ! コツッ!』

部屋の窓には男性の影が見え、外の廊下を革靴で歩く音が響いた。

その歩く音が玄関先で止まった。

「おい! ここを開けろ! 早く開けろ!」と外から男性がドアのノブを回して叫んだ。

俺は急いで玄関の扉に近付いた。

「誰なんだ!」と俺は扉の向こうに居る男性に向かって怒鳴った。

しかし扉の向こうの男は「お前こそ、霧子の部屋で何をしてる!」と大きな声で怒鳴り返してきた。

俺は「ふざけるな!」と言って玄関のドアを足で強く蹴った。

大きな音を立てて、外で怒鳴っていた男の声が静かになった。

そして扉の向こう側の人の気配さえも消えた。

俺の中で不安な気持ちが膨み、思い切って玄関のドアを開けて外を覗くが、そこには誰も居ない。

廊下の先でもエレベータが動いた気配さえもない。

一体、今の男性は誰だったんだ?


ベッドで寝ている亮の目が開いた。

(今のは俺の夢だったのか?)

亮は隣で霧子が寝ている事を確認すると、再び目を閉じた。

(霧子は寝ていない時でも扉の向こうの気配を感じると言っていたな・・・)

夢と霧子の話を紐付けて考えたが、亮の頭には不気味な事しか想像が出来ない。

本来、現実主義の亮にとって、この手の想像は考えに反していた。

(考えても無駄か・・・、寝てしまえば忘れるさ)

そう思うと亮は再び眠りについた。


次の日の朝、2人でトーストとコーヒーを食べている時、

思い立ったかのように霧子は話し始めた。

「あの人の電話、一向に収まる様子もないし、今度は私の方からきっちり話をつけようと思うの」

その言葉に亮は食べる口を止めて霧子の方を向いた。

「そんな事をして大丈夫なのか?」

「・・・多分・・・」

「無理に電話して気持ちをかき乱されるぐらいなら、電話する必要はないぞ」

「分かってる。でも、このままでは嫌な気持ちに振り回されてるでしょ」

「話して分かる奴なら、最初の時点で話がついたんだぞ」

「分かってる! もう、これ以上掻き回されるのは嫌なの」

霧子の強気な姿勢に亮は反対する気もなくなった。

「亮、今日は悪いけど夜は帰ってくれる」

「あぁ、分かった」

「また明日電話するから」

「あぁ」

亮は止めた手を動かし朝食を再開した。


その日の夜、霧子は電話の着信履歴から向井に電話をかけた。

しかし呼び出し音が鳴り続けるが、相手は電話の出る気配はなかった。

(居ないの・・・)

向井の真意を問いたい気持ちもあるが、電話に出ない事で安堵する気持ちもあった。

そう思った瞬間、電話の取る音が聞こえた。

『ガチャッ』

「もしもし!」

急いで霧子は話しかけようとしたが、次の瞬間には電話は切れた。

『ガチャッ! ツーツーツーツー』

(一体、何なの。自分からは散々かけても私が掛ければ電話を切るの、どういう事なの?)

さすがに2度も電話を掛ける気が起こらず、霧子も受話器を電話機に戻した。


以前から霧子は亮に美味しいイタリアンの店に連れて行って欲しいとお願いしていた。

それを亮はクリスマスの日の夜に連れて行く事にした。

「女性の出かける準備は大変だね~」

「もう~、そんな事言わないでよ。これでも急いでるんだから」

「はい、はい」

亮は少し笑いながら、リビングで車の雑誌を眺めていた。

「お姫様、今日は7時に・・・」

亮の話の途中、突然、電話が鳴り出した。

『トゥルルルル! トゥルルルル!』

霧子は化粧をしている手を止めて、ゆっくりと立ち上がった。

恐る恐る受話器を取り上げると霧子は不思議な顔をした。

「亮・・・、ごめん。代わってくれる・・・」

亮は急いで電話機の傍に近づき、霧子から受話器を受け取った。

亮も恐る恐る受話器を耳元へ持っていくと。

「・・・・・・」

何も聞こえてこず、無音のままだった。

「おい! ふざけてないで、何か言え!!」

亮の電話が向こうの受話器に届くと、亮には広い空間から電話が掛けられている事が分かった。

「いつまでもコソコソとしないで、何か言ったらどうだ!」

次の亮が怒鳴ると電話は切れた。


イタリアンレストランでの食事中、霧子は電話を掛けてきた奴が誰なのか気になっていた。

クリスマスの日だと言うのに、たった1回の無言電話で楽しみを台無しにできるのは、

やはり霧子の性格を知る向井の仕業だとしか思えなかった。

俺の中で向井に対する怒りが増したが、そんな事はお構いなしで電話は掛かってきた。


大晦日の日、亮と霧子は携帯電話で会話をしていた。

霧子は仕事が休みなのでマンションに居るが、お酒を扱う仕事の亮は店に居た。

クリスマスは休みを貰う代わりに大晦日と元旦は亮が出勤する事になっていた。

「やっぱり、こんな日は客も居ないからね。カウントダウンは一緒に数えよう」

「そうだね♪」

霧子はリビングでテレビを見ながらカウントダウンが始まるのを待っていた。

「亮、もうすぐだからね♪」

「了解♪」

「行くよ! 10!」

霧子の合図で2人はカウントダウンを始めた。

「9・・・、8・・・、7・・・、6・・・、5・・・」

その時だった。

『トゥルルルル! トゥルルルル!』

霧子の家の電話が鳴り始めた。

「あっ! どうしよう・・・。こんな時に・・・」

亮が霧子に「出るな」と制止する前に、霧子は携帯電話を置いて家の電話に出た。

(くそ! 呆れた男だな!!)

亮は携帯越しに霧子の様子を掴もうとするが、霧子の声が聞こえないので状況が掴めなかった。

数分もしない内に霧子は携帯電話に戻ってきた。

「亮、聞いて」

「どうしたんだ? 何か言われたのか?」

「うん・・・」

「また、あいつからの電話だったのか!」

「どうも私の事は諦めたって言ったんだけど・・・」

「当たり前だ! 別れて、どのぐらい経ってると思うんだ!」

亮は興奮していた。

「私の事は諦めたけど、私の幸せを願って、毎晩、神社にお参りに行ってるそうなの・・・」

その言葉に亮は言葉を失いかけた。

「えっ・・・」

亮と霧子は、その話に気持ち悪さだけでなく、向井に対して恐れを抱いていた。

以前であれば笑いの多い向井が、今は不気味な行動を取り始めている。

「私・・・、あの人からの電話が入るようになってから、

人の居ない場所で人の気配を感じるし、

突然、目眩が起きて倒れたりするし・・・、何か恐いんだけど・・・」

霧子の話で亮は呆然としていた。

(俺もだ・・・)

「目眩が起きる時も誰かに押される感覚もあるし・・・」


以前、俺が前の店で働いていた頃の向井は、人前で人の笑いを誘う明るい人だった。

しかし今の向井は以前の向井とは全く違っている。

取り返す為の行為だと思っていたのだが、今の向井の行動は明らかに違っている。

むしろ離れていく事に気付けないのか?

何が目的で霧子に執拗に電話するのか俺には想像もつかない。

霧子の前に直接現れるものであれば動きが取れるが、

まるで遠くから霧子を牽制しているようにも思えた。

俺は何とかして、今の向井の気持ちを知りたいと思ったが、

今、向井がどこで何をしているかは、

前に働いていたマスターぐらいしか知らない。

その時、以前店に来た占い師の事を思い出した。

2008年6月20日金曜日

第15話:不安な一日

俺の働く店は、若いマスターの店だ。

残念ながら前の店のマスターのように美味い酒は造れない。

だからと言って見習いの俺に酒を造らす程、甘くもなかった。

それが今日は珍しい珍客が来たのだと言うので、

いきなりマスターは俺に酒造りを任せた。


「おい! 亮、俺にハーバー持って来い」

1番奥の席ではローブを纏っている女性客が1名居た。

その前でマスターが酒を飲みながら、ローブを纏う女性に占って貰っていた。

亮の言う珍客とは占い師の事だ。

亮は店に出てきてマスターにグラスを手渡した。

「おい! 亮! お前も占って貰え!」

「えっ、俺はいいっすよ」

「いいから占って貰えって! この先生わな、日本でも有数の占い師でな、

予約せんと滅多な事で占って貰えないんだぞ」

「いや、俺は占いは遠慮しておきます」

「お前、俺の命令に逆らうのか!」

(参ったな、このマスターだけは酒が入ると横暴になるんだよ)

「はいはい、分かりましたよ。占って貰ったらいいんでしょ」

ローブを纏う女性が亮の方を見て微笑んだ。

「あなた以前も同じようなお店で働いていたでしょ?」

突然、占いが始まりマスターは酔いながらも真剣な表情に変わるが、

その反対に亮は呆れた顔で立っていた。

(そんなもん適当に言ったって当たるだろ・・・)

「店のマスターが居たと思うけど、その人に不義理を働かなかった?」

その言葉に亮は反応して、目付きが鋭くなった。

「りょう~、これは占いなんだ。先生の言う事にいちいち腹を立てたらアカンぞ~」

亮を落ち着かそうとマスターは言ったが、既に亮はマスターが居る事すら忘れる程、

占い師の言葉に驚いている。

「図星ですね。これ以上、何か言われて困る事があるのでしたら、1度、私の店に来てください」

占い師は亮に微笑んだ。

(占いって、所詮適当なんだろ!)

そう思って占いを否定したが、働いている間、亮は占い師が気になっていた。


その頃、霧子の家では向井からの電話が入っていた。

「俺は、絶対に、納得行かないからな・・・」

「私は、あなたにほったらかしにされたのよ! それを今更何を言ってるの!」

「俺は、お前と、結婚する為に頑張ってきたんだ・・・」

「そんな話、1度だってされた事もないわ!」

話が噛み合わず、霧子は少し怒りが込み上げたのか、自分から電話を切ってしまった。

電話の前で呆然としている霧子の脳裏には、向井への恐怖心が湧き出ていた。

(恐い、何か恐い・・・)

霧子には今の向井のする事が理解できない。

(もし、この場所に、あの人が来たら、どうしよう?)


次の日、霧子は朝から目眩を起こして仕事を休んだ。

亮に心配させない為、仕事を休んだ事は黙っているが、

向井からの電話が掛かってくる事に不安も感じていた。

玄関横の6畳程の部屋に入り、霧子はクローゼットから毛布を出そうとしていると電話が鳴り始めた。

『プルルルルッ! プルルルルッ! プルルルルッ!』

慌てて電話を取りにリビングに入ると電話の音は止んだ。

液晶ディスプレイを見ると、相手の番号は『非通知』と表示されている。

(誰なの? やっぱりあの人なの?)

相手が分からないと霧子は更に不安が頭を過ぎる。

毛布を取りに玄関横の部屋に歩いていると、再び電話が鳴り始めた。

『プルルルルッ! プルルルルッ! プルルルルッ!』

(本当なら今頃、私は仕事をしている筈、それなのに誰の電話なの?)

霧子がリビングの方に振り返ると、電話の音が鳴らなくなった。

霧子は耳を塞ぎ電話が鳴る事を恐れ始めた。

「いやだ、もう、いやだ。もう、やめて欲しい。お願いやめて」

慌てて玄関横の部屋に入り、毛布を力一杯クローゼットから引っ張り出した。

そして、そのまま寝室へ走って行こうとした時、廊下に面する窓に男性の影が見えた。

それを見て霧子は意識を失った。


亮は仕事が終わり家に帰ると何件もの留守番電話が入っていた。

(誰なんだ?)

電子音で「ピーッ」と鳴り、次々と用件が再生された。

「霧子です。亮、家に帰ったらすぐに電話頂戴」

「霧子です。亮、まだ家に帰らないの? 帰ったら電話頂戴」

「霧子です。亮、もう家に着くかな? 早く家に帰って・・・」

「霧子です。亮、早く電話頂戴、お願いだから電話頂戴・・・」

永遠と流れる留守番電話の用件に亮は呆れていた。

(どうなっているんだ? 霧子の奴、大丈夫なのか?)

携帯を見ると誰からの電話も入っていない。

霧子は仕事の邪魔にならないよう、亮に気遣って携帯は避けていた。

冷蔵庫から缶ビールを取り出して、それを開けると亮は霧子に電話を掛けようとした。

『ファラファンファンファン♪ ファラファンファンファン♪』

突然、亮の持つ電話が鳴り始めた。

「はい、香川です」

「亮! 亮なの! 帰ってきたの?」

「おいおい、俺に電話しておいて、人の名前を聞く奴がいるか?」

と亮は失笑しながら霧子に言った。

「亮、助けて・・・。今日、私・・・目眩がして倒れたの・・・」

その話に亮は真剣な表情に変わった。

「何故、携帯に電話しないんだ。帰りに霧子の家に寄れただろ」

「ごめん、そんな事で心配かけたくなかったから」

相手を気遣う様子から亮も霧子を責める事もできない。

「不安な一日を過ごしてるのは留守番電話で伝わったよ。明日、仕事帰りに霧子の家に寄るよ」

少しでも不安を感じさせない為にも、ゆっくりと優しく言った。

「ありがとう・・・」

電話の向こう側では、霧子の鼻声が聞こえる。

霧子が不安な一日を過ごし、辛い思いをしていたのだと亮は思った。

「霧子、俺が居るから大丈夫だ。だから今日は安心して寝るんだよ」

「うん、分かった」


俺の中で霧子に対する愛情が同情に変わっている気がしていた。

もちろん、幾ら差し引いても他の女性に比べれば、霧子は女性としての魅力はある。

だから俺は、これからも霧子を奪われないようにと考えていた。

まだ、この段階では・・・。

2008年6月14日土曜日

第14話:不安

あれから霧子の家に毎日電話が掛かっている。

それを毎回出る霧子にも俺は呆れた。

まあ向井に霧子を取り返される可能性は少ない。

だから霧子の気持ちが済むようにさせる事にしている。


週末の夜、亮と霧子は霧子のマンションで過ごしていた。

「今日の料理は、あまり美味しくなかったな」

「あれだけ味の濃い物は、私も苦手」

2人は外で食事をした時の料理の批評をしながらリビングに入った。

リビングに入ると亮は両手で霧子の体を抱きしめた。

「まあ料理は不味くても、俺には霧子と言う最高の料理があるからいいさ」

「そんな言葉は要らないわ」

霧子はすっと亮の唇に触れた。

「その代わり、夜は亮の事を離さないかもね」

霧子は亮の傍から離れてキッチンの方へ入って行った。

「その前に向井の電話を何とかしないとな、

電話が掛かってきたら、今度は俺が何とかしてやるよ」

霧子は向井の電話が掛かる事を不安に思っていた。

マンションに戻ってからの霧子は、夜の電話を恐れているのか落ち着きがなくなっていた。


夜の0時過ぎには霧子はお酒でダウンしてベッドに入った。

亮は暗闇の中、1人で缶ビールを飲みながらテレビを見て笑っていた。

『トゥルルルル! トゥルルルル!』

いつもの時間に掛かる向井からの電話。

その電話に反応して目が覚めた霧子は、電話機の子機から電話に出た。

だが霧子も毎日掛かる電話にうんざりしているのか、電話に出ても返答もしなかった。

相手から一方的に話される中、少し気になった亮は霧子の居る部屋に入ってきて子機を奪った。

「おい! お前、いい加減にしろ! 別れた相手に何度電話すれば気が済むんだ!! しつこいぞ!!」

と亮は向井に対して怒鳴る。

電話の会話が一瞬だけ空いて、「お前こそ誰なんだ!! そこで何をしてる!!」と向井が言ったが、

顔も知らぬ男性が霧子の部屋に居る事を向井は焦っていた。

「今迄、霧子をほったらかしにして飲み歩いていた奴が、今更、何を言ってるんだ」

亮は声のトーンを低くして、相手を脅すように責めた。

しかし亮が霧子の方を振り向くと、霧子は耳を塞いで、

「ごめん、ごめんね」と何度も謝る事を繰り返していた。

亮は霧子の様子が心配になり、通話を切り霧子を優しく抱いた。

「大丈夫だ。大丈夫だから安心しろ」

そう言って亮は霧子をベッドに寝かせて自身もベッドに入った。


刻々と時間が流れて行く中、亮は眠くなっていたが、横に居る霧子は眠れる様子はなかった。

「霧子、眠れないのか?」

「うん、最近、こんな調子で睡眠不足なの」

亮は霧子の不安を少しでも取り除こうと、腕を霧子の頭の下に入れて腕枕をした。

そして腕枕にした腕を自分の方に寄せて霧子を傍に近づけて寝る事にした。


次の日の朝、霧子はお昼の時間帯が近づいても起きる様子がない。

最初の内は亮もテレビを見て、起きるのを待っていたが、徐々に待つくたびれてきている。

亮は霧子の横に潜り込み、霧子の着ているシャツのボタンを外していった。

しかし霧子は疲れているのか、服を脱がされても目を覚ます気配もない。

亮は霧子の首に舌を這わせ、霧子が目を覚ますように持って行く。

「う~ん」と霧子が首を動かした瞬間、亮は着ている服を脱いで霧子を力強く抱いた。

「やっと起きたか眠り姫!」

「あ、ごめん! 今、何時?」目が覚めた瞬間から霧子は時間が気になった。

亮は「11時だよ」と答えて霧子の下半身に手を回した。

亮は突然、本能を表に出し霧子を抱き始めた。

昨日の電話の事も忘れ2人は夢中でお互い求め続けた。


やがて夕刻が近付きベッドは静かになった。

「ふぅ~」と言いながら、亮は裸のままベッドの中から出てきた。

その後を追うように霧子も裸のまま顔を出した。

「ねえ、今日も泊まってくれない。何か不気味な感じがするの・・・」

亮はTシャツを着ながら「また明日来るよ」と言った。

「じゃあ今日も0時迄は居てくれる?」

「あぁ、その時間迄は居るよ」


俺は気付いていた。

向井からの電話が入るようになって、霧子の体重が激減している事を・・・。

それは霧子を抱く度に思っていた。

最初の頃、霧子の体はモデル顔負けのスタイルだった。

ウェストは細くても、それなりの胸の大きさは維持していた。

それが最近、胸が小さくなり、顔も頬骨が浮き始めている。

それだけ向井の電話は霧子を追い詰めていた。

だから俺は出来るだけ霧子の家に来る事を考えた。


その日、深夜の電話はかかってこなかった。

(昨日、怒鳴っておいたんだ。まず電話もかけづらいだろう)

「じゃあ帰るけど、明日、何か欲しいものはないか?」

「うぅん、特にない」

亮に甘えるように答えて、霧子は亮にしがみついた。

「また明日来るから、今日は駄目だよ」

亮は霧子の手を優しく掴んで、自分の体から離した。

「明日、待ってるね」

不安が霧子を襲うのか、霧子の表情が曇った。


霧子のマンションから亮の家迄、車で1時間程度掛かる。

途中、亮の家に近付くと住宅街から郊外の田舎道を通る。

そこを走っている時の事だった。

信号が赤になり、亮はゆっくりとブレーキを踏んで車を停めた。

信号が青に変わると今度はゆっくりとアクセルを踏んだ。

その瞬間、『ゴンッ!』と鈍い音が亮の座るシートから鳴った。

だが、それは座っている亮に衝撃が走っている。

(何だ! 今のは? 明らかに車内で何か衝撃を感じたぞ)

亮はブレーキを踏んで車を停めた。

シートベルトを外して、車の外へ出てシートを外から見た。

「今、確かにシートが後に引かれる感じがしたぞ」

シートの下に手を入れて、座席を前後に動かすが何もない。

「俺の気の迷いか・・・」

再びシートに座り、亮は車を走らせた。

車を走らせて数分後、曲がり道が見えない一直線の所を120Kmで走った。

周りの景色が次々と変わる最中、亮の座るシートが後ろにスライドした。

「まずい!! ブレーキに足が届かない!!」

アクセルから足が外れて速度は落ちるが、車は100Km前後のスピードが出ている。

亮は慌てて体を前に出そうとするが、動こうとするとシートベルトが締まり前に出る事ができない。

急いで左手でシートベルトを外し、亮は腰をシートの前に出して、

アクセルの方へ足を伸ばしてブレーキを踏んだ。

「やべえ・・・」

亮は車を脇に寄せて、ハンドルに頭を軽く打ち付けた。

「何なんだ、今のは?」

傍には自動販売機の灯りだけが見え、他は暗闇で何も見えない。

亮は車を降りて、自動販売機でコーヒーを買い飲み始めた。

「ハハハハ、アハハハハ! お笑い種だぜ! こんな所でおっ死んだらよ!」

コーヒーを一気に飲み干して、そのまま空き缶を離れた場所からゴミ箱へ放り投げた。

『カラン』とゴミ箱に空き缶を入れると亮は笑いながら車に乗り込んだ。

再び暗い夜道、自分の家を目指して帰って行った。