朝から大きな粒の雨が、休む間もなく振っている。
夕方になっても雨が収まらない為、今日は店に来る客を寄せ付けない。
マスターと亮の2人は開店してから客が来るのを立って待っていた。
既に時刻は8時を超えようとしている。
普段なら、この時点で少なくても3人ぐらいは客が入っていが、
この雨の影響で今日は1人も客が来ない。
「今日の雨は酷いな。 1人も客が来ないぞ・・・、これはうちも潰れるぞ~」
と冗談混じりでマスターが険しい顔をした。
「傘を持っていたとしても、この雨では意味がないでしょ。
こんな日は誰も好んで地上を歩きません。 今日は地下道を通りますよ」
そう言いながら亮は苦笑した。
「じゃあ、今日は思い切って店を閉めるか!」マスターは苦笑いする。
「マスター、今日は帰ってもいいですよ」
お互い客の入ってくる店の扉に視線を向けるが、一向に客が入ってくる様子がないと思うと疲れる。
客の来る様子がない日に、2人で店に居ても仕方ないと思ったマスターは、
「お前は、働き者だな~・・・」と亮に言いながらベストを脱ぎ始めた。
そんなマスターの様子も気にせず、「少しでも、マスターの仕事を取り上げないと、
自分の店を持つ事なんて出来ませんからね」と強気な表情をした亮が言う。
「じゃあ、怠け者のワシは帰らせて貰うとして、12時に客が居ないなら、今日は閉店にしてくれ」
「分かりました」
外の雨の振る勢いは衰える事がなく、徐々に風が強くなり、雨の音が轟音と変わりつつある。
マスターが家に帰ってから1時間後、亮は霧子の携帯に電話をした。
「今日は、この雨で客の出入りもありません。
こんな日は売り上げに繋がらないので、好きなお酒でも造らせてもらいますよ」
店に客が訪れる事もないのであれば、亮は霧子の為にお酒を造ろうと考えた。
電話で話している間、亮は上機嫌で笑顔が耐えない。
その会話の最中、『カラン!』と鈴の音が鳴り店の扉が開いた。
突然の客の訪問に、「ごめんなさい、今、お客さんが来ましたので、
また後で電話させて貰います」と急いで霧子に言った。
電話を切ると亮は慌てて客の方を向き、いつもの対応をとる。
「いらっしゃいませ」
そこには雨で濡れた向井の姿があった。
「向井さん・・・」
普段明るい性格の向井が今日は暗い。
その様子に亮は、内心驚いている。
「亮ちゃん、マスターは?」と険しい表情で亮に尋ねた。
「今日はお客さんの入りが少ないので、自宅に帰りました」
「亮ちゃん、悪いけど、マスターに連絡が取れるかな?」
「連絡は取れると思いますが、突然、どうしたのですか?」
「ごめん、込み入った話で、今、説明している暇はないんだ」
向井の突然の訪問に亮は凄く気になる。
「分かりました、すぐに連絡を取ってみます」
店の電話からマスターの携帯に連絡を入れるが、移動中なのか携帯の電源が入っていない。
「駄目ですね、今、電波の入らない場所に居るみたいですよ」
「じゃあ、悪いけど、ここでマスターを待たせて貰えるかな?」
「何かお造りしましょうか?」亮は乾いたグラスを持ち出して言った。
「今は要らない。 ここで待たせて貰うよ」
向井の顔には焦りの表情がある。
亮も向井に何があったのか気にはなるが、それをここで話す程、向井と亮は親しい間柄でもない。
それから10分置きに亮はマスターの携帯に電話をした。
30分程経つと向井は冷静な気持ちを取り戻したのか、突然、口を開いた。
「せっかくマスターが居ない日だったのに、突然、店に来てごめんな」
「うちの大事な常連さんなのに何を気遣っているのですか? それより何かあったのですか?」
「実は来月の中旬に彼女にプロポーズをするつもりだったんだ」
「そうだったのですか!」亮はわざと大袈裟に驚く振りをした。
「それが、最近、彼女に連絡が取れなくなったんだよ・・・」
向井が目を閉じて言った。
向井の様子に合わせて、亮も真剣な表情に変わり「何か揉められたのですか?」と聞いた。
「いや・・・、大きな揉め事は何もないんだよ、ただ携帯に連絡が繋がらなくて・・・」
そう言って向井はカウンターに肘を付いて、下に俯き後頭部の髪の毛を両手で掴んだ。
その手には力が入り、今にも後頭部の毛が抜けそうだ。
少し間を置いて亮が口を開いた。
「向井さん、少しの間、留守番をお願いしていいですか?」
亮の言葉に向井は顔を上げて軽く頷いた。
亮は裏口に置いてある自分の鞄から携帯を取り出し、傘を持って裏口から外へ出て行った。
やがて表の扉が開き、雨が地面に強く叩きつけられる音と共に、亮が店の中に戻ってきた。
亮が向井の様子を見ると、まだ向井は下に俯きながら静かに座っている。
亮は扉の内側に掛かっている札を静かに反対に向けた。
店の外から見ると札は『CLOSED』と書いてあった。
(とりあえず、これで客は入ってくる事はないだろう)
店が閉まった事に気付かず、向井は顔を上げて亮の方を振り向いた。
「おかえり、客は来なかったよ」と言った。
「まあ、こんな酷い雨です。お客さんも地下街の店に行くでしょうね」
亮は苦笑しながら店の奥に入る。
「亮ちゃん、暇だったら、俺と一緒に飲んでくれないか?」
「いいですよ。 何を飲まれますか?」
「じゃあマティーニを・・・」
(向井さんがマティーニとは珍しいな、これは本当に2人の関係が危ういかもしれないな)
「分かりました。 すぐに用意します。」
亮は裏口の傍に置いてある予備の冷凍庫に近付いた。
そして冷凍庫の蓋を開けて、大き目の氷を何個か取り出した。
それを調理台の上に置き、向井の様子を見た。
向井は亮の様子も気にせず下に俯いている。
(よし、見られていない)
そう思った亮はポケットの中から薬を3錠取り出して、薬を氷と同じ場所に置いた。
亮は急いでアイスピックで氷と薬を砕き始めた。
『ゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ!』
氷の下に置かれてある薬は粉上に変わり、それを手で氷と一緒にかき集めた。
残った氷は流しに手で落とし、粉状の薬は氷と一緒にシェイカーの中に入れた。
その様子に向井は一切気付いていない。
いつものようにシェイカーを上手く振ったつもりだが、亮は少しだけ焦っていた。
普段ならリズム良く振るシェイカーも、上手く振れず何度も手が止まった。
グラスにお酒を注ぐと僅かに沈殿する薬の粉が見えた。
(この程度なら大丈夫か?)
亮の中で不安が募る。
亮はお酒を向井に手渡し、向井の様子を見ていた。
向井は薬が入っている事を気付かずマティーニを飲み始めた。
辛い事情を抱えて酒を飲む向井は、目を瞑ったままマティーニを一気に飲み干す。
向井は亮にグラスを差し出し、亮にお替りを所望した。
次々とグラスを空けて、お酒を飲み続ける向井が静かに眠りに落ちた。
その様子を亮は確認して、眠る向井の傍に静かに近付く。
そして向井の鞄をゆっくりと持ち、そのまま店の奥に戻って行った。
向井の鞄を開けると、まず手帳が見えた。
その手帳を取り出して開くと、マスターの知人の店の名前が書かれてある。
その欄を見ると、マスター以下、向井と仲の良い常連客の名が連ねられていた。
その日の亮の予定は、1人で店を任される日。
(この日に霧子にプロポーズする気だったのか・・・)
亮はマスターの動きを見てから、自分の行動を決めようと思っていた。
しかし、向井が行動に移る以上、亮も先に手を打つ必要が迫られた。
(仕方ない、何があるのか分からないけど、多分、俺には都合の悪い日に思える。
それなら先に手を打つか)
亮は手帳を閉じて向井の鞄の中に手帳を戻した。
そして傍に置いてあった自分の携帯を取り、知人に電話を掛け始めた。
「俺だ。 亮だ。 悪いけど、お前の店の女の子を1人手配してくれないか?」
相手が話す間、亮は落ち着かず携帯を持つ手を何度も変える。
「上手くやってくれたら礼は弾む!」
その後、亮は相手の話を聞いて電話を切った。
『これで後に戻る事は出来んぞ。 生涯に1度だけ俺にもチャンスをくれ』
2008年4月25日金曜日
2008年4月18日金曜日
第7話:疑念
客の少ない時間帯、店の中でマスターが向井と電話をしていた。
「そうか、やっとお前も、その気になったんだな」
向井の話す間、マスターは微笑みながら相槌を打つ。
話が終わると、マスターは「それなら喜んで協力するぞ」と言った。
その横で亮は、電話の内容を気にしながら聞き耳を立てている。
しかしマスターの会話だけでは、亮には2人の会話が理解できなかった。
(一体、2人は何を話してるんだ?)
時刻は夜中の4時。
亮は家に帰りベッドの上で、仕事の疲れを忘れて雑誌を読んでいる。
静かな部屋、突然、ピリリリリッ! ピリリリリッ! と携帯が鳴った。
亮は携帯を耳元に持って行き、通話ボタンを押した。
「はい、香川です」
「こんばんは、奥田です。 こんな時間にすいません・・・」
「いえ、仕事中以外であれば、いつでも掛けて貰って構いませんよ」 亮は微笑んだ。
「少し眠る事が出来なくて、香川さんに話を聞いて頂きたいと・・・」
「いいですよ。 私で良ければ話しを聞かせて貰いますよ」
「ありがとうございます」
数時間、亮と霧子は電話で話し合った。
電話で話した内容は、本当の所、向井が霧子の事をどう思っているか?
亮にとっては、これ程、嫌な話はない。
しかし確実な信頼を得る為には、色んな機会を得る必要もある。
その為、どんな嫌な話を聞いたとしても、 亮は嫌な顔1つせず話を最後まで聞いている。
それを知らずに霧子は、 親密に話を聞いてくれる亮に自分の気持ちを晒し出していた。
俺が店を休んだ日、マスターが向井の為に動こうとしていた。
もしかしたら、俺の霧子への気持ちがマスターにばれているのかもしれない。
そんな不安に駆られたが、俺は既に霧子を向井から奪う行動に移している。
亮が店を休みの日。
店の電話が鳴り、マスターが電話を取った。
「はい、ワンショットバーです」
「もしもし、マスター? 向井です」
「どうだい? ちゃんと用意は出来たのか?」
「えぇ、まあ、来月の中旬には1度大阪に戻ります」
「そうか、じゃあワシらは店の準備をしておけば良いんだな?」
来月の中旬、向井は霧子にプロポーズをするつもりでいた。
プロポーズする場所は、マスターの友人の店。
プロポーズする場所はマスターが手配して、 婚約指輪と式場のパンフレットを向井が用意していた。
その他に向井の同僚が、会社の人達や上役を呼ぶ手配もしていた。
「それより、彼女と上手く行っているのか?」マスターは2人の仲を気にした。
「それが最近、電話で連絡しても繋がらない事が多いのですよ」
「でも、お前の彼女は、うちの店によく顔は出すぞ」マスターは険しい顔をして言った。
「えぇっ! そんな話は一切知りませんよ」
「ワシは、お前達の関係が上手く行ってるから、ここに彼女が来てるのかと思ってたんだが・・・」
「とんでもないですよ。 ここ3ヶ月程でも1、2回程度しか電話で話してませんよ」
「そうか、分かった。 じゃあ次に彼女が店に来たら、 お前が連絡したがっている事を伝えておいてやるよ」
「お願いしますよ~。 これだけ周りを巻き込んで準備してるのに、 肝心の相手が居なくなってたなんて、俺は笑い者ですよ~」
2人の会話は笑い話で済んだが、 マスターの胸中に始めて亮に対する疑惑が生まれ始めた。
次の日、亮が店に出勤した時、真剣な表情をしてマスターが亮に近付いた。
「マスター、難しい顔されていますが、何かあったのですか?」
「亮、お前、最近向井の彼女と親しくしていると思うが、
お前の勝手な考えで手を出したりしてないだろうな?」
「まさか、マスター。 私が向井さんの彼女に恋心を抱いていると思っているのですか?」
亮に冷静に答えられ、問いただそうとしたマスターが焦ってしまった。
「いや・・・、何・・・、最近・・・、向井の彼女が良く来るだろう・・・。 それも飲めない癖にだ・・・」
「いいんじゃないですか。 酒の飲み方なんて、人それぞれ楽しみ方があるのですから」と言いながら亮はマスターに微笑んだ。
(そうだな、まさかこいつが店の常連客に手を出すなんて考えられん・・・)
「すまん、ワシの勝手な思い込みだ。 今の話は忘れてくれ」
そう言ってマスターは開店準備の仕込みに入った。
その日の夜も亮と霧子は電話で話していた。
「今日、マスターが電話で話しているのを悪いと思ったのですが聞き耳を立ててしまいました。どうも向井さんが店の近くに出没しているみたいですね」
「そうなのですか・・・、私に内緒で何をしてるんでしょ?」
「それは分からないのですが、どうも私にも内緒にしているみたいですね」
「それって人に言えない事をしてるからかしら?」
「奥田さんの彼氏を悪く言うつもりはないのですが、以前から常連客の中には、怪しい行動を取っている人も居ますからね」
「どんな怪しい行動なのですか?」亮の話に霧子は不安に駆られた。
「万が一、向井さんが関わっているのでしたら、向井さんと別れる事も考えた方がいいかと・・・」
亮は霧子に初めて向井への疑念を抱かす話をした。
「そうか、やっとお前も、その気になったんだな」
向井の話す間、マスターは微笑みながら相槌を打つ。
話が終わると、マスターは「それなら喜んで協力するぞ」と言った。
その横で亮は、電話の内容を気にしながら聞き耳を立てている。
しかしマスターの会話だけでは、亮には2人の会話が理解できなかった。
(一体、2人は何を話してるんだ?)
時刻は夜中の4時。
亮は家に帰りベッドの上で、仕事の疲れを忘れて雑誌を読んでいる。
静かな部屋、突然、ピリリリリッ! ピリリリリッ! と携帯が鳴った。
亮は携帯を耳元に持って行き、通話ボタンを押した。
「はい、香川です」
「こんばんは、奥田です。 こんな時間にすいません・・・」
「いえ、仕事中以外であれば、いつでも掛けて貰って構いませんよ」 亮は微笑んだ。
「少し眠る事が出来なくて、香川さんに話を聞いて頂きたいと・・・」
「いいですよ。 私で良ければ話しを聞かせて貰いますよ」
「ありがとうございます」
数時間、亮と霧子は電話で話し合った。
電話で話した内容は、本当の所、向井が霧子の事をどう思っているか?
亮にとっては、これ程、嫌な話はない。
しかし確実な信頼を得る為には、色んな機会を得る必要もある。
その為、どんな嫌な話を聞いたとしても、 亮は嫌な顔1つせず話を最後まで聞いている。
それを知らずに霧子は、 親密に話を聞いてくれる亮に自分の気持ちを晒し出していた。
俺が店を休んだ日、マスターが向井の為に動こうとしていた。
もしかしたら、俺の霧子への気持ちがマスターにばれているのかもしれない。
そんな不安に駆られたが、俺は既に霧子を向井から奪う行動に移している。
亮が店を休みの日。
店の電話が鳴り、マスターが電話を取った。
「はい、ワンショットバーです」
「もしもし、マスター? 向井です」
「どうだい? ちゃんと用意は出来たのか?」
「えぇ、まあ、来月の中旬には1度大阪に戻ります」
「そうか、じゃあワシらは店の準備をしておけば良いんだな?」
来月の中旬、向井は霧子にプロポーズをするつもりでいた。
プロポーズする場所は、マスターの友人の店。
プロポーズする場所はマスターが手配して、 婚約指輪と式場のパンフレットを向井が用意していた。
その他に向井の同僚が、会社の人達や上役を呼ぶ手配もしていた。
「それより、彼女と上手く行っているのか?」マスターは2人の仲を気にした。
「それが最近、電話で連絡しても繋がらない事が多いのですよ」
「でも、お前の彼女は、うちの店によく顔は出すぞ」マスターは険しい顔をして言った。
「えぇっ! そんな話は一切知りませんよ」
「ワシは、お前達の関係が上手く行ってるから、ここに彼女が来てるのかと思ってたんだが・・・」
「とんでもないですよ。 ここ3ヶ月程でも1、2回程度しか電話で話してませんよ」
「そうか、分かった。 じゃあ次に彼女が店に来たら、 お前が連絡したがっている事を伝えておいてやるよ」
「お願いしますよ~。 これだけ周りを巻き込んで準備してるのに、 肝心の相手が居なくなってたなんて、俺は笑い者ですよ~」
2人の会話は笑い話で済んだが、 マスターの胸中に始めて亮に対する疑惑が生まれ始めた。
次の日、亮が店に出勤した時、真剣な表情をしてマスターが亮に近付いた。
「マスター、難しい顔されていますが、何かあったのですか?」
「亮、お前、最近向井の彼女と親しくしていると思うが、
お前の勝手な考えで手を出したりしてないだろうな?」
「まさか、マスター。 私が向井さんの彼女に恋心を抱いていると思っているのですか?」
亮に冷静に答えられ、問いただそうとしたマスターが焦ってしまった。
「いや・・・、何・・・、最近・・・、向井の彼女が良く来るだろう・・・。 それも飲めない癖にだ・・・」
「いいんじゃないですか。 酒の飲み方なんて、人それぞれ楽しみ方があるのですから」と言いながら亮はマスターに微笑んだ。
(そうだな、まさかこいつが店の常連客に手を出すなんて考えられん・・・)
「すまん、ワシの勝手な思い込みだ。 今の話は忘れてくれ」
そう言ってマスターは開店準備の仕込みに入った。
その日の夜も亮と霧子は電話で話していた。
「今日、マスターが電話で話しているのを悪いと思ったのですが聞き耳を立ててしまいました。どうも向井さんが店の近くに出没しているみたいですね」
「そうなのですか・・・、私に内緒で何をしてるんでしょ?」
「それは分からないのですが、どうも私にも内緒にしているみたいですね」
「それって人に言えない事をしてるからかしら?」
「奥田さんの彼氏を悪く言うつもりはないのですが、以前から常連客の中には、怪しい行動を取っている人も居ますからね」
「どんな怪しい行動なのですか?」亮の話に霧子は不安に駆られた。
「万が一、向井さんが関わっているのでしたら、向井さんと別れる事も考えた方がいいかと・・・」
亮は霧子に初めて向井への疑念を抱かす話をした。
2008年4月12日土曜日
第6話:欲望
俺は大阪に出て、初めて目標を見失っている。
都会の街でお酒を造って、色んな人を喜ばしたり癒したりできる、
そんなバーテンダーを目指して来た筈なのだが・・・。
今は自分の欲望が大きくなって抑える事が出来なくなっている。
常連客の特定の女に気を取られるなんて、俺のモラルに反している。
それが霧子と言う1人の女性に気持ちが向いていた。
今は酒造りの勉強よりも、霧子の気持ちを俺の方に向けたい・・・。
店の中でシェイカーを振る亮。
最近、亮のバーテンダーの腕も上がり、マスターも酒造りを亮に任せる事が増えていた。
亮に店を任せる事が増えると、若い年齢層の客が店に訪れる。
それが店の売り上げにも繋がっていた。
マスターがグラスを拭きながら、小声で亮に話しかけた。
「ここ数ヶ月で、お前の酒の造り方は、凄く上手くなっているな」
亮は「ありがとうございます」と真剣な眼差しで言った。
「お前に、その気があれば、店を持たす事も考えようと思ってる」
亮は嬉しい気持ちを押し殺して、冷静に「ありがとうございます」と言った。
「あぁ、だが後3年は我慢して修行してもらうけどな」
「はい・・・」
3年と言う言葉に、亮は嬉しさが半減した。
それでも今迄の見習いは、マスターの元で最低5年は修行している。
それを考えると、頑張る気が失せる訳でもない。
扉が開き、外から1人の女性客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」マスターが言った。
亮が扉の方を見ると、霧子の姿が目に入った。
「今日は向井とご一緒ではないのですか?」
マスターは霧子に聞いた。
「いえ、私1人です」
「じゃあ向井に連絡しましょうか?」
「いえ、今日は私1人で飲みに来ました」
返答する霧子の声は冷やかだ。
霧子はマスターが向井の肩を持つ人だと知っているので信用していない。
店に来てもマスターに目を合わさず、話す時は亮の方を見ていた。
亮はマスターに代わり霧子の対応を始めた。
「いつもと違うお酒を用意致しましょうか?」と亮が言った。
「えぇ、お願いできますか?」
霧子は亮の声に反応して、冷やかな声から普段の声に戻った。
その様子に驚いたのはマスターだ。
(何だ、ワシの出る幕ではない感じだ・・・)
マスターは亮の耳元に顔を寄せて「ここはお前に任せるから、後は頼むぞ」と言った。
「はい、任せて下さい」亮は静かな声で答えた。
亮は後の棚からリキュールを取り、リキュールベースのカクテル造りの準備に取り掛かった。
マスターが裏口から出て行くのを確認して、亮は霧子に話しかけた。
「あれから向井さんは来ていませんが、時々マスターに連絡は入っているようです」
亮はお酒の入ったグラスを霧子の前に差し出す。
霧子はグラスを口元へ持って行き、一口だけ口の中に含んでグラスを置いた。
亮は切ったレモンをタッパに直しながら、霧子に話しかけた。
「向井さんとは上手く行ってないのですか?」
その言葉に霧子は表情が暗くなった。
「最近、あの人に連絡しても繋がる事は少ないし、連絡をくれる事も減りました・・・」
「1度、名古屋に行って、向井さんの様子を見に行かれてはどうですか?
お忙しい方なので霧子さんが来るのを待っているかもしれませんよ」
亮は微笑みながら霧子に話した。
「あの・・・、非常に申し上げ難いのですが、よろしければ相談相手になって頂けませんか?」
亮は目を瞑りながらゆっくりと頷き、「いいですよ」と答えた。
時刻が0時を過ぎた頃、マスターが裏口から静かに入ってきた。
カウンターの方を見ると霧子が居る。
「亮、彼女の様子はどうだ?」小声で亮に言った。
亮はマスターの方に近付き苦笑した。
「また寝てますよ」
「そっか・・・、飲めないお酒でも彼氏に近付く為、飲むんだな・・・」
「マスター、休憩貰えますか? 彼女を車で送ります」
「あぁ、そうか。 そうしてくれ」
亮はベストを脱いで、カウンターに座る霧子の脇に腕を通した。
そして表の扉から霧子を抱えて行った。
「霧子さん、大丈夫ですか?」
歩きながら声を掛けるが、霧子からは何の反応もない。
その度に「仕方ないな」と苦笑いしながら、自分の車の停めた駐車場に向った。
駐車場に着き、車の助手席に霧子を乗せると霧子の鞄を開けた。
霧子の携帯が光っている。
(さすがに携帯を見るのは悪いな・・・)
そう思って携帯を鞄に直し助手席のドアを閉めた。
運転席に回り込み、亮は車のエンジンを掛けた。
(どうせ眠っているか・・・)
隣のシートで眠る霧子の足元に鞄を置いたが、今も携帯の着信ランプが付いている。
亮は鞄から携帯を取り出して、誰の電話か確認した。
携帯のサブディスプレイには、『まっさん』と表示されている。
(電話の主は向井さんか?)
亮は隣で眠る霧子を起こそうとしたが、起こすのをやめた。
(・・・何で俺が人の彼女の心配してるんだよ・・・)
亮の頭の中で欲望が渦巻き、徐々に大きくなっていた。
『1度ぐらい道を踏み外してでも・・・』
亮は欲望を抑えようとしたが、ふいに頭に浮かんだ言葉が一気に欲望を膨らませた。
『今なら奪えるぞ』
亮は手に持っている霧子の携帯を急いで操作しだした。
その操作が終わると霧子の携帯を鞄に戻している。
(これだけ綺麗な人だ。 他に言い寄ってくる男性は居るだろ。
別に俺でなくても、今のままだと他の男に取られるだけだ)
運転中、亮は何度も霧子の寝顔を見た。
(どうせ向井さんは、この女を必要としてないさ)
彼女に対して思い遣りが見えない向井より、
亮は自分の方が彼氏に向いているようにも思えるようになっていた。
亮の頭の中で色んな考えが交差していたが、
考えが纏まらない内に霧子の住むマンションに着く。
「霧子さん起きてください。 着きましたよ」
亮が霧子の体を揺らそうが、軽く頬を叩いても起きる様子はない。
亮は車から降りて、助手席の扉を開けた。
霧子を抱きかかえて、そのままマンションの入ろうとして歩き始めた。
しかし最初の自動扉を通ると次の自動扉は鍵が掛かっている。
(参ったな、また鞄の中を開けないと駄目なのか・・・)
亮は足を止めると、後から女性が1人入ってきて集合玄関機にカードをかざした。
目の前の自動扉が開き、後から来た女性はエントランスホールに入って行った。
亮も迷わず自動扉を通りエントランスホールに入った。
「広い・・・」
霧子の住むマンションのエントランスホールは、ホテルのロビーのように広い。
床は全て大理石で敷き詰められ、壁の至る所に絵が飾られ、所々に彫刻が配置されている。
(やはり金持ちは金持ち同士で付き合うのか・・・)
亮には霧子が全く別の世界の人に見える。
少しの間、立ち止まって亮は呆然としていたが壁際に向って歩いた。
天井を見ると監視カメラが至る所に配置されている。
壁際に近付くと霧子を降ろして、霧子の鞄を開けた。
亮は霧子の鞄の中に部屋の番号が分かる物がないか探し始めた。
財布の中を見ると、ゴールド会員のクレジットカードだけでも5枚持っている。
財布のカード入れに普通のカードより厚いカードが見えた。
亮はそれを抜き出した。
カードの隅に小さく部屋番号が書かれてある。
(あった、これだ)
亮は財布を鞄の中に直し、霧子を抱えて部屋向かった。
都会の街でお酒を造って、色んな人を喜ばしたり癒したりできる、
そんなバーテンダーを目指して来た筈なのだが・・・。
今は自分の欲望が大きくなって抑える事が出来なくなっている。
常連客の特定の女に気を取られるなんて、俺のモラルに反している。
それが霧子と言う1人の女性に気持ちが向いていた。
今は酒造りの勉強よりも、霧子の気持ちを俺の方に向けたい・・・。
店の中でシェイカーを振る亮。
最近、亮のバーテンダーの腕も上がり、マスターも酒造りを亮に任せる事が増えていた。
亮に店を任せる事が増えると、若い年齢層の客が店に訪れる。
それが店の売り上げにも繋がっていた。
マスターがグラスを拭きながら、小声で亮に話しかけた。
「ここ数ヶ月で、お前の酒の造り方は、凄く上手くなっているな」
亮は「ありがとうございます」と真剣な眼差しで言った。
「お前に、その気があれば、店を持たす事も考えようと思ってる」
亮は嬉しい気持ちを押し殺して、冷静に「ありがとうございます」と言った。
「あぁ、だが後3年は我慢して修行してもらうけどな」
「はい・・・」
3年と言う言葉に、亮は嬉しさが半減した。
それでも今迄の見習いは、マスターの元で最低5年は修行している。
それを考えると、頑張る気が失せる訳でもない。
扉が開き、外から1人の女性客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」マスターが言った。
亮が扉の方を見ると、霧子の姿が目に入った。
「今日は向井とご一緒ではないのですか?」
マスターは霧子に聞いた。
「いえ、私1人です」
「じゃあ向井に連絡しましょうか?」
「いえ、今日は私1人で飲みに来ました」
返答する霧子の声は冷やかだ。
霧子はマスターが向井の肩を持つ人だと知っているので信用していない。
店に来てもマスターに目を合わさず、話す時は亮の方を見ていた。
亮はマスターに代わり霧子の対応を始めた。
「いつもと違うお酒を用意致しましょうか?」と亮が言った。
「えぇ、お願いできますか?」
霧子は亮の声に反応して、冷やかな声から普段の声に戻った。
その様子に驚いたのはマスターだ。
(何だ、ワシの出る幕ではない感じだ・・・)
マスターは亮の耳元に顔を寄せて「ここはお前に任せるから、後は頼むぞ」と言った。
「はい、任せて下さい」亮は静かな声で答えた。
亮は後の棚からリキュールを取り、リキュールベースのカクテル造りの準備に取り掛かった。
マスターが裏口から出て行くのを確認して、亮は霧子に話しかけた。
「あれから向井さんは来ていませんが、時々マスターに連絡は入っているようです」
亮はお酒の入ったグラスを霧子の前に差し出す。
霧子はグラスを口元へ持って行き、一口だけ口の中に含んでグラスを置いた。
亮は切ったレモンをタッパに直しながら、霧子に話しかけた。
「向井さんとは上手く行ってないのですか?」
その言葉に霧子は表情が暗くなった。
「最近、あの人に連絡しても繋がる事は少ないし、連絡をくれる事も減りました・・・」
「1度、名古屋に行って、向井さんの様子を見に行かれてはどうですか?
お忙しい方なので霧子さんが来るのを待っているかもしれませんよ」
亮は微笑みながら霧子に話した。
「あの・・・、非常に申し上げ難いのですが、よろしければ相談相手になって頂けませんか?」
亮は目を瞑りながらゆっくりと頷き、「いいですよ」と答えた。
時刻が0時を過ぎた頃、マスターが裏口から静かに入ってきた。
カウンターの方を見ると霧子が居る。
「亮、彼女の様子はどうだ?」小声で亮に言った。
亮はマスターの方に近付き苦笑した。
「また寝てますよ」
「そっか・・・、飲めないお酒でも彼氏に近付く為、飲むんだな・・・」
「マスター、休憩貰えますか? 彼女を車で送ります」
「あぁ、そうか。 そうしてくれ」
亮はベストを脱いで、カウンターに座る霧子の脇に腕を通した。
そして表の扉から霧子を抱えて行った。
「霧子さん、大丈夫ですか?」
歩きながら声を掛けるが、霧子からは何の反応もない。
その度に「仕方ないな」と苦笑いしながら、自分の車の停めた駐車場に向った。
駐車場に着き、車の助手席に霧子を乗せると霧子の鞄を開けた。
霧子の携帯が光っている。
(さすがに携帯を見るのは悪いな・・・)
そう思って携帯を鞄に直し助手席のドアを閉めた。
運転席に回り込み、亮は車のエンジンを掛けた。
(どうせ眠っているか・・・)
隣のシートで眠る霧子の足元に鞄を置いたが、今も携帯の着信ランプが付いている。
亮は鞄から携帯を取り出して、誰の電話か確認した。
携帯のサブディスプレイには、『まっさん』と表示されている。
(電話の主は向井さんか?)
亮は隣で眠る霧子を起こそうとしたが、起こすのをやめた。
(・・・何で俺が人の彼女の心配してるんだよ・・・)
亮の頭の中で欲望が渦巻き、徐々に大きくなっていた。
『1度ぐらい道を踏み外してでも・・・』
亮は欲望を抑えようとしたが、ふいに頭に浮かんだ言葉が一気に欲望を膨らませた。
『今なら奪えるぞ』
亮は手に持っている霧子の携帯を急いで操作しだした。
その操作が終わると霧子の携帯を鞄に戻している。
(これだけ綺麗な人だ。 他に言い寄ってくる男性は居るだろ。
別に俺でなくても、今のままだと他の男に取られるだけだ)
運転中、亮は何度も霧子の寝顔を見た。
(どうせ向井さんは、この女を必要としてないさ)
彼女に対して思い遣りが見えない向井より、
亮は自分の方が彼氏に向いているようにも思えるようになっていた。
亮の頭の中で色んな考えが交差していたが、
考えが纏まらない内に霧子の住むマンションに着く。
「霧子さん起きてください。 着きましたよ」
亮が霧子の体を揺らそうが、軽く頬を叩いても起きる様子はない。
亮は車から降りて、助手席の扉を開けた。
霧子を抱きかかえて、そのままマンションの入ろうとして歩き始めた。
しかし最初の自動扉を通ると次の自動扉は鍵が掛かっている。
(参ったな、また鞄の中を開けないと駄目なのか・・・)
亮は足を止めると、後から女性が1人入ってきて集合玄関機にカードをかざした。
目の前の自動扉が開き、後から来た女性はエントランスホールに入って行った。
亮も迷わず自動扉を通りエントランスホールに入った。
「広い・・・」
霧子の住むマンションのエントランスホールは、ホテルのロビーのように広い。
床は全て大理石で敷き詰められ、壁の至る所に絵が飾られ、所々に彫刻が配置されている。
(やはり金持ちは金持ち同士で付き合うのか・・・)
亮には霧子が全く別の世界の人に見える。
少しの間、立ち止まって亮は呆然としていたが壁際に向って歩いた。
天井を見ると監視カメラが至る所に配置されている。
壁際に近付くと霧子を降ろして、霧子の鞄を開けた。
亮は霧子の鞄の中に部屋の番号が分かる物がないか探し始めた。
財布の中を見ると、ゴールド会員のクレジットカードだけでも5枚持っている。
財布のカード入れに普通のカードより厚いカードが見えた。
亮はそれを抜き出した。
カードの隅に小さく部屋番号が書かれてある。
(あった、これだ)
亮は財布を鞄の中に直し、霧子を抱えて部屋向かった。
2008年4月5日土曜日
第5話:相応しい
前回、店に向井さんが居る事を霧子に伝えたのは俺だった。
店の常連である向井さんに嫉妬している訳でもない。
ただ霧子の気持ちに少し同情した筈だった。
以前、俺が霧子の手帳にメモを挟んでから、1度だけ霧子に連絡を貰っている。
「もし彼が店に来る事があれば、私に一言教えて貰えますか?」
その連絡は、俺が霧子をタクシー迄送った次の日だ。
6畳の部屋に14インチの液晶テレビ、小さなテーブル、シングルベッドが置いてあった。
そのシングルベッドに仕事から帰った亮が寝ている。
時刻は昼過ぎ、ピリリリリッ! ピリリリリッ! と甲高い音で亮の携帯が鳴りだした。
亮は横になったまま枕元に置いてある携帯を取り、「はい・・・、香川ですが・・・」と不機嫌そうな声で返事した。
電話の向こうから、「香川、今日は休みか?」と男性の声が聞こえた。
早川 登、24歳。
亮が大阪に出た来た時、初めて働いた居酒屋のアルバイトで親しくなった友人。
まだ亮は眠い上に仕事で疲れている。
「あぁ、でも今日は勘弁してくれるか?」
亮は休みの日は出来るだけ睡眠を取っておきたいのが本音だ。
「違う違う、遊びに行く話じゃないよ。 お前、車欲しいって言ってただろう」
車と聞いた瞬間、亮の目が完全に開いた。
「あー! それで幾らで譲って貰えるんだよ?」突然大きな声を発した。
「お前の望み通り色は赤やけど、年式は9年、古いけど充分走れそうだ。それで10万」
亮は眠気が飛んで、慌ててベッドからフローリングの床に降りた。
「本当か! それは恩に着る。すぐにお金は渡すから、相手に車の方は用意するように伝えてくれ!」
携帯電話を切った後、お金を用意する為、亮は銀行に行く準備をした。
狭い洗面所で顔を洗っている最中、再び携帯の着信音が聞こえた。
慌ててタオルを取り洗面所から出て、携帯電話の置いたテーブルに近付いた。
携帯のサブディスプレイには、『奥田』と表示されていた。
(向井さんの彼女?)
「はい、香川です」
「奥田です。先日は彼が店に来ている所を教えて頂き、ありがとうございます」
「昨日の件ですか。 特に対した事はしていませんよ。 それよりお2人が仲良くして頂いた方が私も嬉しいです」
「香川さんから、彼が店に来ている事を教えて頂けなければ、いつ彼と会えるか分からなかったのです」
「昨日は、あの後、向井さんとは仲良く過ごされましたか?」
「いえ・・・、あの人が大阪に戻る事を黙っていましたから、それで、すぐ仲良くってのは・・・」霧子の言葉が詰る。
「それはそうですね・・・」
「また、彼が店に来たら教えて頂けますか?」
「ええ、もちろんいいですよ。 但し、密告したのが私とは絶対に言わないでくださいね」亮は優しく霧子に言った。
その話に霧子は少し元気がでて声に明るさが戻った。
「はい!」
「黙って頂けたら、いつでも私がスパイさせて頂きます」と亮は言った。
「すいません、これからもお願いします!」
(彼氏の為に一生懸命な美人とは、あのふざけた向井さんには考えられないな)
亮は、そう思いながら別れの挨拶を交わして電話を切った。
亮は出かける準備が出来ると、自転車に乗り駅前の銀行に行った。
銀行のATMで順番待ちしていると、ポケットの中の携帯が鳴り出した。
携帯をポケットから取り出してサブディスプレイを見ると”憐”と表示されていた。
亮は携帯電話を耳元に持って行った。
「レンか! 何か用か?」と亮は声を荒げる。
「今日って休みなんやろ? 会わんのか?」
電話の向こうから不機嫌な女性の声が聞こえる。
佐山 憐、21歳、1年半前から亮と付き合っている彼女だ。
「アホか! 俺は今から車を貰いに行くんだよ!」
亮の周りでATMを待っている人達は、亮の話し方に少し引いている。
「えっ! ほんまか! 車が手に入るんか!!」
電話の向こう佐山は、亮が車を手に入れる事を聞いて喜んでいた。
時間後、亮は10万円で売って貰った赤のMR-2を運転している。
隣に座る佐山は、初めて乗る彼氏の車の中で音楽に合わせて大騒ぎしている。
その様子が半時間続くと亮も我慢できずに、「おい、いい加減静かにしろ! お前の声で音楽も聞こえないだろう!」と怒鳴った。
「ええやん~♪、誰に迷惑が掛かる訳でもないし~♪」
憐は音楽の歌詞を替え歌で言い返した。
「好きにしろ!」
車を運転する最中、亮の頭の中で霧子の姿が浮かんだ。
(頭の悪い女は本当に困るぜ・・・)
亮は隣のシートに座る佐山の姿を見て、自分の彼女に幻滅していた。
脱いだブーツは助手席の足音に無造作に脱がれ、裸足になった足で音楽に乗ってフロントガラスを蹴る事もあった。
その上、何か起きては、意味なく大きな声で「キャーッ!」と騒ぐ。
(この数年、働き出してから色んな人を見たが、バーで働き出してからは周りでこんな下品な女も居ない)
そう思うと亮は、別の考えが頭に浮かんだ。
ハンドルを左に切り、車を道路の脇に停めようとした。
「どうしたの?」と憐が亮に尋ねた。
亮は前を向いたまま「降りろ」と言った。
「えっ! 何? どうかした?」突然の事で佐山は戸惑っている。
「もう、お前は要らないんだよ! 俺の周りに不要な奴なんだよ!」亮は怒鳴った。
「何やねん! それは!!」
佐山も負けていない。
亮に怒鳴り返した。
亮は横に座る佐山の方をゆっくり向き、右手で憐の前髪を鷲掴みにして睨んだ。
「お前は、その辺のホストクラブにでも通え」と脅し口調で憐に言った。
亮の様子に憐も冷静になり、ブーツを履いて車から降りた。
憐が車から降りた後も、亮は憐を睨み続けている。
亮は助手席のドアを運転席から体を寄せて閉めて、その場を去った。
それを見届けた憐は途方に暮れそうになったが、即座に携帯を取り出して連絡し始めた。
憐を置いて数分後、亮の頭には色々な考えが浮かび始めている。
『人間にはランクがある。 今の俺に憐は相応しくない。 俺には俺で相応しい女性が居る筈だ!』
店の常連である向井さんに嫉妬している訳でもない。
ただ霧子の気持ちに少し同情した筈だった。
以前、俺が霧子の手帳にメモを挟んでから、1度だけ霧子に連絡を貰っている。
「もし彼が店に来る事があれば、私に一言教えて貰えますか?」
その連絡は、俺が霧子をタクシー迄送った次の日だ。
6畳の部屋に14インチの液晶テレビ、小さなテーブル、シングルベッドが置いてあった。
そのシングルベッドに仕事から帰った亮が寝ている。
時刻は昼過ぎ、ピリリリリッ! ピリリリリッ! と甲高い音で亮の携帯が鳴りだした。
亮は横になったまま枕元に置いてある携帯を取り、「はい・・・、香川ですが・・・」と不機嫌そうな声で返事した。
電話の向こうから、「香川、今日は休みか?」と男性の声が聞こえた。
早川 登、24歳。
亮が大阪に出た来た時、初めて働いた居酒屋のアルバイトで親しくなった友人。
まだ亮は眠い上に仕事で疲れている。
「あぁ、でも今日は勘弁してくれるか?」
亮は休みの日は出来るだけ睡眠を取っておきたいのが本音だ。
「違う違う、遊びに行く話じゃないよ。 お前、車欲しいって言ってただろう」
車と聞いた瞬間、亮の目が完全に開いた。
「あー! それで幾らで譲って貰えるんだよ?」突然大きな声を発した。
「お前の望み通り色は赤やけど、年式は9年、古いけど充分走れそうだ。それで10万」
亮は眠気が飛んで、慌ててベッドからフローリングの床に降りた。
「本当か! それは恩に着る。すぐにお金は渡すから、相手に車の方は用意するように伝えてくれ!」
携帯電話を切った後、お金を用意する為、亮は銀行に行く準備をした。
狭い洗面所で顔を洗っている最中、再び携帯の着信音が聞こえた。
慌ててタオルを取り洗面所から出て、携帯電話の置いたテーブルに近付いた。
携帯のサブディスプレイには、『奥田』と表示されていた。
(向井さんの彼女?)
「はい、香川です」
「奥田です。先日は彼が店に来ている所を教えて頂き、ありがとうございます」
「昨日の件ですか。 特に対した事はしていませんよ。 それよりお2人が仲良くして頂いた方が私も嬉しいです」
「香川さんから、彼が店に来ている事を教えて頂けなければ、いつ彼と会えるか分からなかったのです」
「昨日は、あの後、向井さんとは仲良く過ごされましたか?」
「いえ・・・、あの人が大阪に戻る事を黙っていましたから、それで、すぐ仲良くってのは・・・」霧子の言葉が詰る。
「それはそうですね・・・」
「また、彼が店に来たら教えて頂けますか?」
「ええ、もちろんいいですよ。 但し、密告したのが私とは絶対に言わないでくださいね」亮は優しく霧子に言った。
その話に霧子は少し元気がでて声に明るさが戻った。
「はい!」
「黙って頂けたら、いつでも私がスパイさせて頂きます」と亮は言った。
「すいません、これからもお願いします!」
(彼氏の為に一生懸命な美人とは、あのふざけた向井さんには考えられないな)
亮は、そう思いながら別れの挨拶を交わして電話を切った。
亮は出かける準備が出来ると、自転車に乗り駅前の銀行に行った。
銀行のATMで順番待ちしていると、ポケットの中の携帯が鳴り出した。
携帯をポケットから取り出してサブディスプレイを見ると”憐”と表示されていた。
亮は携帯電話を耳元に持って行った。
「レンか! 何か用か?」と亮は声を荒げる。
「今日って休みなんやろ? 会わんのか?」
電話の向こうから不機嫌な女性の声が聞こえる。
佐山 憐、21歳、1年半前から亮と付き合っている彼女だ。
「アホか! 俺は今から車を貰いに行くんだよ!」
亮の周りでATMを待っている人達は、亮の話し方に少し引いている。
「えっ! ほんまか! 車が手に入るんか!!」
電話の向こう佐山は、亮が車を手に入れる事を聞いて喜んでいた。
時間後、亮は10万円で売って貰った赤のMR-2を運転している。
隣に座る佐山は、初めて乗る彼氏の車の中で音楽に合わせて大騒ぎしている。
その様子が半時間続くと亮も我慢できずに、「おい、いい加減静かにしろ! お前の声で音楽も聞こえないだろう!」と怒鳴った。
「ええやん~♪、誰に迷惑が掛かる訳でもないし~♪」
憐は音楽の歌詞を替え歌で言い返した。
「好きにしろ!」
車を運転する最中、亮の頭の中で霧子の姿が浮かんだ。
(頭の悪い女は本当に困るぜ・・・)
亮は隣のシートに座る佐山の姿を見て、自分の彼女に幻滅していた。
脱いだブーツは助手席の足音に無造作に脱がれ、裸足になった足で音楽に乗ってフロントガラスを蹴る事もあった。
その上、何か起きては、意味なく大きな声で「キャーッ!」と騒ぐ。
(この数年、働き出してから色んな人を見たが、バーで働き出してからは周りでこんな下品な女も居ない)
そう思うと亮は、別の考えが頭に浮かんだ。
ハンドルを左に切り、車を道路の脇に停めようとした。
「どうしたの?」と憐が亮に尋ねた。
亮は前を向いたまま「降りろ」と言った。
「えっ! 何? どうかした?」突然の事で佐山は戸惑っている。
「もう、お前は要らないんだよ! 俺の周りに不要な奴なんだよ!」亮は怒鳴った。
「何やねん! それは!!」
佐山も負けていない。
亮に怒鳴り返した。
亮は横に座る佐山の方をゆっくり向き、右手で憐の前髪を鷲掴みにして睨んだ。
「お前は、その辺のホストクラブにでも通え」と脅し口調で憐に言った。
亮の様子に憐も冷静になり、ブーツを履いて車から降りた。
憐が車から降りた後も、亮は憐を睨み続けている。
亮は助手席のドアを運転席から体を寄せて閉めて、その場を去った。
それを見届けた憐は途方に暮れそうになったが、即座に携帯を取り出して連絡し始めた。
憐を置いて数分後、亮の頭には色々な考えが浮かび始めている。
『人間にはランクがある。 今の俺に憐は相応しくない。 俺には俺で相応しい女性が居る筈だ!』
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