週末の深夜2時、亮と霧子は静かにベッドの上で寝ていた。
部屋の中は少し蒸し暑く、亮も霧子も布団は被っていない。
「・・・違う・・・、違う・・・、わ・・た・・し・・じゃ・・ない・・・」
突然、眠っている霧子から言葉が放たれた。
数分毎に発せられ、3度目には亮も霧子の寝言に気付いた。
亮は上半身を起こし、霧子の表情を確認すると、凄い汗を流しながら霧子は寝ている。
「おい! 霧子! 大丈夫か?」
亮は霧子の腕を掴み揺らして起こそうとした。
1度寝ると簡単に目が覚めない霧子だと知っている亮は、何度も霧子の体を揺らした。
「おい! 霧子! 大丈夫か?」
霧子の目が少しずつ開き、霧子は悪夢から解放されると目の前に居る亮に抱きついた。
「恐かった~」
亮は霧子の頭を軽く撫でながら、霧子をゆっくり自分の体から引き離し寝かせた。
(向井の電話が入るようになってから、霧子の精神状態は悪くなっている。
このまま何も手を打たずに行くと、霧子は間違いなく精神状態がおかしくなるぞ)
「はっ!」
が目を覚ますと寝室には霧子の姿が見えない。
霧子の事が気になりリビングに行くが、リビングにも霧子の姿が見当たらない。
もしかしてと思い玄関の傍の部屋に入るが、そこにも霧子の姿が見当たらなかった。
「どこに行ったんだ?」
『コツッ! コツッ! コツッ! コツッ! コツッ!』
部屋の窓には男性の影が見え、外の廊下を革靴で歩く音が響いた。
その歩く音が玄関先で止まった。
「おい! ここを開けろ! 早く開けろ!」と外から男性がドアのノブを回して叫んだ。
俺は急いで玄関の扉に近付いた。
「誰なんだ!」と俺は扉の向こうに居る男性に向かって怒鳴った。
しかし扉の向こうの男は「お前こそ、霧子の部屋で何をしてる!」と大きな声で怒鳴り返してきた。
俺は「ふざけるな!」と言って玄関のドアを足で強く蹴った。
大きな音を立てて、外で怒鳴っていた男の声が静かになった。
そして扉の向こう側の人の気配さえも消えた。
俺の中で不安な気持ちが膨み、思い切って玄関のドアを開けて外を覗くが、そこには誰も居ない。
廊下の先でもエレベータが動いた気配さえもない。
一体、今の男性は誰だったんだ?
ベッドで寝ている亮の目が開いた。
(今のは俺の夢だったのか?)
亮は隣で霧子が寝ている事を確認すると、再び目を閉じた。
(霧子は寝ていない時でも扉の向こうの気配を感じると言っていたな・・・)
夢と霧子の話を紐付けて考えたが、亮の頭には不気味な事しか想像が出来ない。
本来、現実主義の亮にとって、この手の想像は考えに反していた。
(考えても無駄か・・・、寝てしまえば忘れるさ)
そう思うと亮は再び眠りについた。
次の日の朝、2人でトーストとコーヒーを食べている時、
思い立ったかのように霧子は話し始めた。
「あの人の電話、一向に収まる様子もないし、今度は私の方からきっちり話をつけようと思うの」
その言葉に亮は食べる口を止めて霧子の方を向いた。
「そんな事をして大丈夫なのか?」
「・・・多分・・・」
「無理に電話して気持ちをかき乱されるぐらいなら、電話する必要はないぞ」
「分かってる。でも、このままでは嫌な気持ちに振り回されてるでしょ」
「話して分かる奴なら、最初の時点で話がついたんだぞ」
「分かってる! もう、これ以上掻き回されるのは嫌なの」
霧子の強気な姿勢に亮は反対する気もなくなった。
「亮、今日は悪いけど夜は帰ってくれる」
「あぁ、分かった」
「また明日電話するから」
「あぁ」
亮は止めた手を動かし朝食を再開した。
その日の夜、霧子は電話の着信履歴から向井に電話をかけた。
しかし呼び出し音が鳴り続けるが、相手は電話の出る気配はなかった。
(居ないの・・・)
向井の真意を問いたい気持ちもあるが、電話に出ない事で安堵する気持ちもあった。
そう思った瞬間、電話の取る音が聞こえた。
『ガチャッ』
「もしもし!」
急いで霧子は話しかけようとしたが、次の瞬間には電話は切れた。
『ガチャッ! ツーツーツーツー』
(一体、何なの。自分からは散々かけても私が掛ければ電話を切るの、どういう事なの?)
さすがに2度も電話を掛ける気が起こらず、霧子も受話器を電話機に戻した。
以前から霧子は亮に美味しいイタリアンの店に連れて行って欲しいとお願いしていた。
それを亮はクリスマスの日の夜に連れて行く事にした。
「女性の出かける準備は大変だね~」
「もう~、そんな事言わないでよ。これでも急いでるんだから」
「はい、はい」
亮は少し笑いながら、リビングで車の雑誌を眺めていた。
「お姫様、今日は7時に・・・」
亮の話の途中、突然、電話が鳴り出した。
『トゥルルルル! トゥルルルル!』
霧子は化粧をしている手を止めて、ゆっくりと立ち上がった。
恐る恐る受話器を取り上げると霧子は不思議な顔をした。
「亮・・・、ごめん。代わってくれる・・・」
亮は急いで電話機の傍に近づき、霧子から受話器を受け取った。
亮も恐る恐る受話器を耳元へ持っていくと。
「・・・・・・」
何も聞こえてこず、無音のままだった。
「おい! ふざけてないで、何か言え!!」
亮の電話が向こうの受話器に届くと、亮には広い空間から電話が掛けられている事が分かった。
「いつまでもコソコソとしないで、何か言ったらどうだ!」
次の亮が怒鳴ると電話は切れた。
イタリアンレストランでの食事中、霧子は電話を掛けてきた奴が誰なのか気になっていた。
クリスマスの日だと言うのに、たった1回の無言電話で楽しみを台無しにできるのは、
やはり霧子の性格を知る向井の仕業だとしか思えなかった。
俺の中で向井に対する怒りが増したが、そんな事はお構いなしで電話は掛かってきた。
大晦日の日、亮と霧子は携帯電話で会話をしていた。
霧子は仕事が休みなのでマンションに居るが、お酒を扱う仕事の亮は店に居た。
クリスマスは休みを貰う代わりに大晦日と元旦は亮が出勤する事になっていた。
「やっぱり、こんな日は客も居ないからね。カウントダウンは一緒に数えよう」
「そうだね♪」
霧子はリビングでテレビを見ながらカウントダウンが始まるのを待っていた。
「亮、もうすぐだからね♪」
「了解♪」
「行くよ! 10!」
霧子の合図で2人はカウントダウンを始めた。
「9・・・、8・・・、7・・・、6・・・、5・・・」
その時だった。
『トゥルルルル! トゥルルルル!』
霧子の家の電話が鳴り始めた。
「あっ! どうしよう・・・。こんな時に・・・」
亮が霧子に「出るな」と制止する前に、霧子は携帯電話を置いて家の電話に出た。
(くそ! 呆れた男だな!!)
亮は携帯越しに霧子の様子を掴もうとするが、霧子の声が聞こえないので状況が掴めなかった。
数分もしない内に霧子は携帯電話に戻ってきた。
「亮、聞いて」
「どうしたんだ? 何か言われたのか?」
「うん・・・」
「また、あいつからの電話だったのか!」
「どうも私の事は諦めたって言ったんだけど・・・」
「当たり前だ! 別れて、どのぐらい経ってると思うんだ!」
亮は興奮していた。
「私の事は諦めたけど、私の幸せを願って、毎晩、神社にお参りに行ってるそうなの・・・」
その言葉に亮は言葉を失いかけた。
「えっ・・・」
亮と霧子は、その話に気持ち悪さだけでなく、向井に対して恐れを抱いていた。
以前であれば笑いの多い向井が、今は不気味な行動を取り始めている。
「私・・・、あの人からの電話が入るようになってから、
人の居ない場所で人の気配を感じるし、
突然、目眩が起きて倒れたりするし・・・、何か恐いんだけど・・・」
霧子の話で亮は呆然としていた。
(俺もだ・・・)
「目眩が起きる時も誰かに押される感覚もあるし・・・」
以前、俺が前の店で働いていた頃の向井は、人前で人の笑いを誘う明るい人だった。
しかし今の向井は以前の向井とは全く違っている。
取り返す為の行為だと思っていたのだが、今の向井の行動は明らかに違っている。
むしろ離れていく事に気付けないのか?
何が目的で霧子に執拗に電話するのか俺には想像もつかない。
霧子の前に直接現れるものであれば動きが取れるが、
まるで遠くから霧子を牽制しているようにも思えた。
俺は何とかして、今の向井の気持ちを知りたいと思ったが、
今、向井がどこで何をしているかは、
前に働いていたマスターぐらいしか知らない。
その時、以前店に来た占い師の事を思い出した。
2008年6月22日日曜日
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