あれから1ヶ月程、経っている。
俺は店を辞めて、別の店で働きだした。
今は霧子のマンションの近くのバーで働いている。
週末は霧子のマンションに泊まっていた。
俺達の関係は、最初の時と比べ親密な関係に落ち着いている。
最初は霧子にも迷いがあったのだが、今となっては全く迷いもなくなっている。
「亮、コーヒーにする?」
「あぁ」
亮はテレビの前で雑誌を読んでいた。
霧子はキッチンで食器棚に入れてあったクッキーを取り出した。
その時、『トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル』、突然、部屋の電話が鳴り出した。
霧子は手を拭いて慌てて電話に出た。
「はい、奥田です」
その後、沈黙が続き霧子の表情が変わった。
「どうしたんだ?」
霧子の様子がおかしいので亮は気になった。
「ちょっと待ってくれる」霧子は電話の相手に言った。
霧子は受話器を手で塞ぎ、困った様子で亮の方を向いた。
「あの人から電話が掛かってきたの」
「あの人って誰なんだ?」
「前の彼氏」
「向井さんなのか?」
内心、亮は向井に対して呆れていた。
(何で、前の女の所に電話するんだよ!)
霧子は受話器を塞いでいる手を離し、耳元へ受話器を持って行った。
「もう私達の関係は終わったのよ」
霧子の一言で、受話器の向こうから大きな声が聞こえた。
少しの間、霧子は向井の話を聞いていたが、
「だって、あなた他の女の人と関係があったのよ。それを私が理解しろって言うの?」と言った。
そして再び受話器の向こうから大きな声が聞こえだした。
亮は雑誌をテーブルに置いて電話の傍に近寄り、
「もう、やめとけ」と言って電話機のボタンを押して電話を切った。
「ごめん・・・」
霧子は受話器を電話機に置いた。
「いいんだ」
「突然、電話なんか掛かってきたけど、今迄、1回もなかったのに・・・」
「また電話があったら、黙って切ればいいさ」
そう言って亮は霧子の額に軽くキスをした。
(向井は霧子の家の電話の着信拒否設定が解除されたのに気付いたのか・・・)
日曜日の夜、亮は自分の家に帰ろうとして車の乗った。
「また電話するよ」
霧子は車の横で静かに頷いた。
だが、その数時間後、再び霧子の所に向井からの電話が入った。
『トゥルルルル! トゥルルルル!』
呼び出し音が20回繰り返されているが、一向に呼び出し音が切れる様子がない。
霧子は気味が悪くなって電話に出てしまった。
「俺だ! 向井だ!」
「分かってる。ごめん、もう掛けてこないで。もう終わったんだよ」
「霧子、俺は騙されたんだ!」
「誰に騙されるの? 私があなたに騙されたんでしょ」
「違う! 聞いてくれ!」
霧子は向井の話が終わる前に電話を切った。
次の日の夜、霧子は亮に電話が入った事を伝えた。
「昨日、亮が帰ってから、また向井から電話が入ったの」
「それで向井は何か言ってきたか?」
「うぅん、騙されたとか言ってたけど、私が電話を切ったの」
「それで、いいんだよ。あれだけ霧子は苦しめられたんだ。今更、何を言っても聞いたら駄目だ」
霧子の中では向井に対する気持ちは既にない。
どちらかと言えば、気味が悪いと云う感情の方が大きくなっていた。
「亮、私、あの人が少し恐い」
「どうしたんだ?」
「焦っている感じもあるけど、とにかく追い込まれてる様子があるの」
「マスターの話では仕事も退職してると聞いたからね。
だからと言って霧子が同情して関わったら駄目だ」
「うん、分かってる」
普段、この時間帯は2人で楽しく会話している時だった。
それが向井の電話により、2人の気持ちは少し沈んでいる。
「明日、仕事終わったら、霧子のマンションに行くよ」
「うん、お願いする。亮が傍に居てくれた方が私も安心できる」
霧子が電話を切ると、突然、電話機の呼び出し音が鳴り出した。
液晶ディスプレイを確認すると、向井の名前が表示されていた。
(まただ・・・、何で、そんな執拗になってるの?)
呼び出し音は永遠と鳴り続け、部屋の中で1人で居る霧子には苦痛に感じられた。
そして受話器を上げた。
「はい・・・」
「霧子! 聞いてくれ! 俺もお前も誰かに騙されているんだ!」
「誰に騙されるの?」
「今、お前に親しくしようとする奴はいないか?」
「ごめん。もう私にも好きな人が居るの。だから電話は掛けてこないで」
そう言って霧子は受話器を電話機の上に戻そうとした。
「霧子! そいつは誰なんだ! その好きな男って誰なんだ!!」
そんな向井の声が受話器から聞こえていたが、霧子は電話を切った。
次の日、約束通り、亮は仕事を終えて霧子のマンションを訪れた。
「昨日、またあの人から電話が掛かってきたの。俺達は騙されているって・・・、何なの・・・」
「昨日も掛かってきたのか!」
内心、亮は向井のする事に腹を立てていた。
夜の0時が過ぎ、2人がベッドで寝ている時、電話が鳴った。
「霧子、お前はいい。俺が出るよ」
亮は上半身を起こし枕元にある子機を取った。
「はい」
相手が霧子でないと分かると電話は切れた。
「何なんだ!」
亮は枕元に子機を置いてベッドから降りた。
「恐らく今日は掛かってこないな。霧子、俺はそろそろ家に帰るよ」
「うん。ありがとう」
「あぁ、いいんだよ」
亮は霧子を傍に寄せて額に軽くキスをした。
俺は車に運転しながら、この数ヶ月の事を振り返っていた。
汚い方法で向井から霧子を奪ったのは俺なのだが・・・。
それが反って向井の執着を生んだようだ。
だが1度別れた関係を修復させるのは難しい。
俺が行った事実を霧子に証明できるなら話も別だが・・・。
まあ俺の行動を暴く事は無理だ。
その代わり、俺は自分の夢を捨てて1人の女を選んでいる。
仕事を選んで女を守れない向井とは違う。
そう思っていても、深夜に1人で車に乗っていると、向井の行動が不気味に感じられた。
2008年5月31日土曜日
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