2008年5月25日日曜日

第12話:2人の関係

大阪駅の地下街のオープンテラスのカフェの前、亮は霧子が来るのを待っていた。

2人の待ち合わせは、夜の8時。

地下街は人通りが多く、少し離れた場所に視線を移すと、

人混みで霧子が来るのを確認する事すらできない。

亮は予め用意しておいた雑誌を読み始めるが、雑誌の内容に集中できなかった。

そんな中、スーツの女性が亮の前に現れた。


「ごめん、待った?」

亮が顔を上げると、息を切らせた霧子が立っていた。

「随分、待たされたかな」そう言って亮は微笑んだ。

「店は私が予約しておいたから、地上に上がろう」

「OK」


2人は地下から地上に上がった。

大阪の梅田にあるお初天神通りに入り、その途中にある大きな洋風の扉の店に入った。

霧子が扉を開くと、中で待機していた店員が頭を下げる。

「いらっしゃいませ」

「8時半に予約した奥田です」

「2名で予約の奥田様ですね。テーブルをご用意しております。こちらへどうぞ」

照明が少し暗く、各テーブルの上にはランプが置かれている。

料理など暗くて良く見えないが、どちらかと言うと居酒屋とバーの中間に位置する店の雰囲気だ。

シンプルな料理が多く、あまり手の込んだ料理は見当たらない。

お肉やチーズ、それにワインを主に扱う店だと亮は判断した。


店員に案内されて席に就くと、既に霧子はメニューを開き店員に注文をしていた。

「じゃあ、ワインはこのボトルで、料理の方は、このコースでお願い」

「すぐに、ご用意させて頂きます」

店員がテーブルから離れた後、亮は店の中を見渡した。

「この店に慣れてるね」

「仕事終わりに友達と飲みに来る所なんだけど、凝った料理はないけど飲むには丁度いいと思うの」

「しかし驚いたな。酒の弱い君が、こんな店を知ってるなんて」そう言って亮は笑った。

店の雰囲気を観察した後、亮は視線を霧子に移した。

「一応、これでもワイン好きなんですよ!」霧子は少し拗ねて見せた。

その様子を見て亮は笑った。


1時間程経ち、霧子はかなり酔っていた。

亮は冷静に飲みながら、そうなる事を待っていた。

それ迄は明るい話題に触れながら霧子の笑いを誘っていたのだが、

そこから亮の狙いの話題に入る。

「悪いね。こんな形で大阪を去るのは辛いけど、いい思い出にはなるよ」

「そう・・・、この位なら、いつだって出来るわよ」

そう言って霧子は手に持っているグラスのワインを飲み干した。

「君は酒に弱いんだから、そのぐらいにしておいた方が良くないかな」

亮は霧子を子供に話すような口調で諭した。

その口調に反応した霧子は、「何、それ・・・。今日はあなたの送別会なのよ!」と切り替えした。

「そこまで言うなら、もう1本ぐらい飲んでも大丈夫かな?」

挑戦的な言葉を亮は口にして、霧子にお酒を飲ませようとする。

「大阪は楽しかったよ。特に君と出会えた事は、俺にとって最高の思い出だよ」

「そう・・・、そんなのどうだっていいじゃない・・・」

霧子は亮の思惑通り、アルコールが回り思考能力が落ちている。

「実は、今日は飲み明かそうと思って、ホテル予約してあるんだけど、後で行くかい?」

「いいわよ・・・。ホテルでも何処でも行って飲みましょう・・・」

「そうさせて貰いますよ。お姫様」

「私は姫様ではない! 霧子と言う名前があるのよ!!」

「はいはい、霧子様」

「様は要らない、霧子でいいの!!」

亮に乗せられた霧子は、酔って上機嫌になっていった。

(これで俺の手中に落ちたな)


2時間経ち、亮は霧子を連れて梅田の街を歩いた。

しかし霧子の足は上手く前に出せなくなっている。

そこは亮が霧子の肩を抱き、ゆっくりと歩く方向へと導いた。

「俺はね、この都会の街に憧れて大阪にでてきたんだよ」

「・・・」

霧子は亮の話を聞いても、まともな返答ができない程酔っている。

「本当なら、この街に自分の店を持つ事が夢だったんだけど、いつの間にか、その夢は潰れていたよ」

「えっ・・・、誰に潰されたの!!」

「君だよ。君が現れて、俺は自分の夢が潰れても君と一緒に居たくなってしまったよ」

「えっ・・・、じゃあ一緒に居たらいいじゃない!」

「じゃあ、そうさせて貰うよ」

亮は大阪駅の方に向って、ゆっくり歩き始めた。


酔っている時、歩くと酔いが余計に回る。

どんどん霧子は酔いが回り、いつの間にか亮に肩を支えられながら眠っていた。

次に霧子が目を開けた場所はホテルの部屋だった。

しかし霧子は酔っている。

冷静な判断が働かず、座っていたソファーの上で寝ようとした。

そこに亮がワインを持って現れた。

「あれ? 何処に行ってたの?」

「ワインを用意していたんだよ」

そう言って亮は左手のワイングラスを霧子に見せた。

「2次会」

さすがに霧子も気分が悪いのか、亮の方に手を向けて飲めない事をアピールした。

「お姫様は先程迄、あれだけ飲んでいたのに、ここでは飲めませんか?」

少し呆れ口調で亮が言った。

自分の思考能力が落ちている事に霧子は気付いたが、今更、どうしようも出来ない。

「ごめん・・・、お酒は許して・・・、その他の事なら何でもするから・・・」

亮は霧子の横に座り、ワイングラスを1つ霧子に持たせた。

持たされたワイングラスの中にワインを注がれ、霧子は呆然と見る事しかできない。

「ごめん・・・、もうお酒は飲めない・・・」

「ハハハ、さっきの勢いはどうした」

亮は笑っているが、霧子には亮の顔すら歪んで見える。

「今日は最後迄、付き合って貰うよ」

そう言って亮は自分のワイングラスにもワインを注いだ。

やがて霧子は意識を失い、持っていたグラスを床に落とした。

「眠ってしまったか」

亮はソファーから立ち上がり、霧子の頬にかかる髪を上げ、霧子が寝ている事を確認した。

亮は霧子の鞄を取って鞄を開け始めた。

鞄の中身を慎重に探るが目的の物が見付からず、

今度は霧子の上着のポケットを軽く叩き出した。

手の内側に長方形のプラスチックのような物が当たると、それをポケットから取り出した。

霧子の携帯だ。

そのまま霧子の着信拒否の内容を確認して解除した。

「もう、この人の着信拒否も必要ないな」

着信拒否されていたのは、向井の電話番号だった。

以前、亮が霧子を送った時、向井の電話を着信拒否するように設定していた。

次にメールの簡易転送先の設定画面を開くと、そこには亮のメールアドレスが入っていた。

それも亮の手により削除された。

「これで完了だ」


そう霧子の携帯には、亮が仕掛けた着信拒否の設定で、

向井からの電話は繋がらないように設定してあった。

それだけではない。

霧子の携帯の機能で、受信・送信メールは、全て亮の携帯に送られる。

着信拒否は向井の携帯にも施されている。

以前、向井が亮の店で薬によって眠らされた時、亮は向井の携帯の設定を触っていたのだ。

2人にとって亮の存在は、全く関係のない人だった。

だから何か起きても誰も疑う余地がなかったのだ。


俺は自分の目指す道を捨てて迄、一人の女を手に入れる事に夢中になってしまった。

それも今日で終わり。

霧子さえ手に入れられば、また明日からは自分の目指す道に戻ろう。

また大阪で新しく働ける店を探そう。


次の日、霧子が目を覚ましたのは朝の9時。

「おはよう、霧子、目が覚めたんだね」

霧子は亮に声を掛けられ、慌てて自分の状況を確認した。

布団が掛けられバスローブを着せられていた。

(えっ、まさか・・・)

テーブルの近くには何本ものワインのボトルが倒れている。

(あれだけの量を飲んだの・・・)

「霧子、朝食でも行かないか?」

(いつから、霧子って呼ばれるようになってるの?)

霧子には今の状況が掴めない。

「昨日・・・、酔って寝てしまったの?」

「たくさん飲んだ後、一緒にベッドに入ったよ」

(何で、まだ別れて半年も経ってないのに他の男性と関係を持つなんて・・・)

心の中で霧子は向井に対する気持ちが残っているのか、

何処か向井に申し訳ない気持ちが浮かんでいる。

「もしかして、俺は霧子の気持ちを無視して抱いた?」

この状況で酔って抱き合ったなどと言えない。

「ごめん、私、昨日の事を覚えてないかもしれない」

霧子は右手で額を押さえた。

「昨日、俺が君に告白した時、君も俺の事を好きだと言ってくれたんだ」

自分の言った事すら何も覚えていない霧子は、ずっと頭を抱えていた。

「・・・もしかして、私、あなたと付き合う事になってるの?」

「あぁ、一応だがね。俺が霧子に告白してOKのサインを貰ってるよ」

短絡的な遣り方だったが、誠実な霧子には堪える話だった。

「ごめん、今日は家に帰らして、また連絡するから・・・」

「あぁ・・・。もし俺の事が嫌になっても、昨日、俺が言った事は忘れないでくれ」

(何なの、昨日、言った事って?)

亮は霧子の前でバスローブを脱いで裸になった。

霧子は目を逸らしたかったが、それすらも出来ない。

その状況で亮は平然と自分の服に着替えた。

「ごめん、シャワー浴びてくるね・・・」

霧子は亮に遠慮するようにシャワーを浴びに行った。


2人はホテルをチェックアウトした後、大阪駅の構内に入り地下鉄を目指して歩いた。

地下鉄に乗る時には、亮は霧子の腰に手を回し、霧子を自分の方に寄せている。

そんな状態を霧子は受け入れたくもなかったが、自分の起こした事だと思って我慢していた。

心斎橋駅に着いて、霧子は慌てて電車を降りようとした。

「霧子、俺の気持ちに応えてくれて、本当にありがとう。また今晩にでも電話するよ」

電車の扉が閉まり、亮の乗る電車は南の方角へ走り出した。

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