2008年4月18日金曜日

第7話:疑念

客の少ない時間帯、店の中でマスターが向井と電話をしていた。

「そうか、やっとお前も、その気になったんだな」

向井の話す間、マスターは微笑みながら相槌を打つ。

話が終わると、マスターは「それなら喜んで協力するぞ」と言った。

その横で亮は、電話の内容を気にしながら聞き耳を立てている。

しかしマスターの会話だけでは、亮には2人の会話が理解できなかった。

(一体、2人は何を話してるんだ?)


時刻は夜中の4時。

亮は家に帰りベッドの上で、仕事の疲れを忘れて雑誌を読んでいる。

静かな部屋、突然、ピリリリリッ! ピリリリリッ! と携帯が鳴った。

亮は携帯を耳元に持って行き、通話ボタンを押した。

「はい、香川です」

「こんばんは、奥田です。 こんな時間にすいません・・・」

「いえ、仕事中以外であれば、いつでも掛けて貰って構いませんよ」 亮は微笑んだ。

「少し眠る事が出来なくて、香川さんに話を聞いて頂きたいと・・・」

「いいですよ。 私で良ければ話しを聞かせて貰いますよ」

「ありがとうございます」


数時間、亮と霧子は電話で話し合った。

電話で話した内容は、本当の所、向井が霧子の事をどう思っているか?

亮にとっては、これ程、嫌な話はない。

しかし確実な信頼を得る為には、色んな機会を得る必要もある。

その為、どんな嫌な話を聞いたとしても、 亮は嫌な顔1つせず話を最後まで聞いている。

それを知らずに霧子は、 親密に話を聞いてくれる亮に自分の気持ちを晒し出していた。


俺が店を休んだ日、マスターが向井の為に動こうとしていた。

もしかしたら、俺の霧子への気持ちがマスターにばれているのかもしれない。

そんな不安に駆られたが、俺は既に霧子を向井から奪う行動に移している。


亮が店を休みの日。

店の電話が鳴り、マスターが電話を取った。

「はい、ワンショットバーです」

「もしもし、マスター? 向井です」

「どうだい? ちゃんと用意は出来たのか?」

「えぇ、まあ、来月の中旬には1度大阪に戻ります」

「そうか、じゃあワシらは店の準備をしておけば良いんだな?」

来月の中旬、向井は霧子にプロポーズをするつもりでいた。

プロポーズする場所は、マスターの友人の店。

プロポーズする場所はマスターが手配して、 婚約指輪と式場のパンフレットを向井が用意していた。

その他に向井の同僚が、会社の人達や上役を呼ぶ手配もしていた。

「それより、彼女と上手く行っているのか?」マスターは2人の仲を気にした。

「それが最近、電話で連絡しても繋がらない事が多いのですよ」

「でも、お前の彼女は、うちの店によく顔は出すぞ」マスターは険しい顔をして言った。

「えぇっ! そんな話は一切知りませんよ」

「ワシは、お前達の関係が上手く行ってるから、ここに彼女が来てるのかと思ってたんだが・・・」

「とんでもないですよ。 ここ3ヶ月程でも1、2回程度しか電話で話してませんよ」

「そうか、分かった。 じゃあ次に彼女が店に来たら、 お前が連絡したがっている事を伝えておいてやるよ」

「お願いしますよ~。 これだけ周りを巻き込んで準備してるのに、 肝心の相手が居なくなってたなんて、俺は笑い者ですよ~」

2人の会話は笑い話で済んだが、 マスターの胸中に始めて亮に対する疑惑が生まれ始めた。


次の日、亮が店に出勤した時、真剣な表情をしてマスターが亮に近付いた。

「マスター、難しい顔されていますが、何かあったのですか?」

「亮、お前、最近向井の彼女と親しくしていると思うが、

お前の勝手な考えで手を出したりしてないだろうな?」

「まさか、マスター。 私が向井さんの彼女に恋心を抱いていると思っているのですか?」

亮に冷静に答えられ、問いただそうとしたマスターが焦ってしまった。

「いや・・・、何・・・、最近・・・、向井の彼女が良く来るだろう・・・。 それも飲めない癖にだ・・・」

「いいんじゃないですか。 酒の飲み方なんて、人それぞれ楽しみ方があるのですから」と言いながら亮はマスターに微笑んだ。

(そうだな、まさかこいつが店の常連客に手を出すなんて考えられん・・・)

「すまん、ワシの勝手な思い込みだ。 今の話は忘れてくれ」

そう言ってマスターは開店準備の仕込みに入った。

その日の夜も亮と霧子は電話で話していた。

「今日、マスターが電話で話しているのを悪いと思ったのですが聞き耳を立ててしまいました。どうも向井さんが店の近くに出没しているみたいですね」

「そうなのですか・・・、私に内緒で何をしてるんでしょ?」

「それは分からないのですが、どうも私にも内緒にしているみたいですね」

「それって人に言えない事をしてるからかしら?」

「奥田さんの彼氏を悪く言うつもりはないのですが、以前から常連客の中には、怪しい行動を取っている人も居ますからね」

「どんな怪しい行動なのですか?」亮の話に霧子は不安に駆られた。

「万が一、向井さんが関わっているのでしたら、向井さんと別れる事も考えた方がいいかと・・・」

亮は霧子に初めて向井への疑念を抱かす話をした。

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