2008年12月24日水曜日

第6話:クリスマスイブ

街の至る所でクリスマスソングが流れ、光のイルミネーションは眩しい程に輝いていた。
仕事が終わり、五郎は昨日と同じ定刻で仕事場を出て家に帰っている。家に帰ると先日の蝋燭を灯した後片付けをしていない。一階のテーブルの上には、蝋の溶けた蝋燭が寂しく置かれていた。
何となく元気の出ない五郎は、その蝋燭に火を点けた。そしてテーブルの上に顎を乗せて何も考えずに蝋燭を眺めた。

時刻が夜の八時を過ぎた頃、五郎の携帯電話が鳴った。着信音にクリスマスソングを登録していたが、それが余計に五郎の気分を憂鬱にさせる。ディスプレイを見ると、瑞樹からの電話だと分かり、「しまった、今日、祝って貰う約束をしてたんだ」と言いながら慌てて電話に出た。
「もしもし、遅くなってすいません。今から心斎橋に出てきて貰えませんか?」瑞樹は急ぎで用件を五郎に伝えた。
「あぁ、分かった。じゃあ今から行かせて貰うよ」五郎はのんびりと返答した。

五郎が心斎橋に着いたのが夜の九時過ぎ、さすがにクリスマスの心斎橋となると綺麗なイルミネーションが多い。五郎は携帯から瑞樹に連絡を入れて店の場所を尋ねた。五郎は瑞樹に言われた道を進むと細い路地が見え、細い路地には雑居ビルがたくさん並んでいる。そんな中に瑞樹の言う店があるのか五郎は不安になった。良く見ると何となく雑居ビルにもクリスマスの飾り付けがされていていた。
人が少ない上に、暗がりに光るクリスマスの飾りつけ、そこの通り自体が幻想的な世界を映し出していた。
五郎が歩き続けるとイタリアンのメニューを木の板で縁取る看板が置かれていた。店の名前を見ると瑞樹の言っていた店だと分かり、五郎はそこの雑居ビルの中に入った。
二階に上がると、瑞樹が嬉しそうな顔をして五郎を出迎えた。
「来てくれたんですね。ありがとうございます」と瑞樹が五郎に礼を言う。
その様子に五郎も少し驚いたが、店の中を良く見ると、ウェスタン風の木の造りの店で凄く雰囲気が良い。そこが雑居ビルの一室だとは誰も思えない場所だ。
「あっちに席を用意しているので」と瑞樹が言った。
五郎が瑞樹の指す方向を見ると菅原と岸川がテーブル席で待っているのが見える。
菅原 則斗(すがわら のりと)、二十五歳。前の会社で瑞樹と同期の社員。前の会社は五郎が辞める以前に辞めている。今は五郎の紹介で別の会社で働いている。ユーモア溢れるセンスの持ち主で、人と話す時などは笑いを誘い、相手を楽しませるのが上手い。
岸川 智子(きしかわ ともこ)、二十五歳。前の会社で菅原同様、瑞樹と同期の社員。前の会社は五郎が辞める以前に辞めている。今は五郎の紹介で別の会社で働いている。仕事をする時の要領が凄く良く、周りからの評判が高く、男性からも好かれやすい。一時期、五郎の部下の一人が岸川に惚れて、五郎も悩まされた事がある。

五郎が空いている席に座ろうとすると、左手に菅原、正面に瑞樹、右手に岸川が座っていた。
五郎は、これから話す事を想像すると、皆の残念そうな顔を頭の中で浮かべた。それを想像すると五郎は段々笑いそうになっている。
五郎の様子がおかしい事に気付いた瑞樹は、「ところで畑田さん、彼女はどうなったんですか?」と早速昨日の事を尋ねてきた。
五郎は笑い始めて、「振られた」と一言で瑞樹の質問に答えた。
「そうだったんですか・・・」瑞樹は残念なそうな表情を浮かべたが、当の五郎の様子が明るいので、それ程心配する事もないと安心した。
菅原は五郎の心情を気にして、心配そうな顔をしているが、恋愛に長ける岸川などは五郎の笑う様子に呆れている。
既に五郎の中では、昨日の事より、この場を用意してくれた事の方が嬉しい。
やがて菅原が五郎の杯を用意して、「まあ今日は飲んでください」と五郎にグラスを渡した。
五郎はにっこりと笑い、「菅原、ありがとう」と礼を言った。

四人の杯が進み、少し舌が回りだすと菅原は五郎の片想いの話を聞いてきた。
「畑田さん、昨日、振られたのですか?」
嫌な事を思い出させると思う五郎だったが、菅原の心配そうな顔を見て、次第に自分の気持ちがどうでも良くなっている。
(まっ、この連中に聞かれるなら、別に構わないか。よ~し、何でも話してやるぞー)

話が進んでいる最中、瑞樹は突然席を立ち、五郎のプレゼントを目の前に差し出した。
「これなら畑田さんも喜んで貰えると思って」
五郎がプレゼントを開け始めると、缶の入れ物が出てきた。缶の蓋を開けてみると、中からお菓子と小さなビリヤードのボールが二つ入っていた。
普通であればビリヤードのボールなど貰っても喜ぶ事もないが、五郎にとってはビリヤードのボールは嬉しい物だ。
「朝の弱い畑田さんに早く起きて貰おうと、これをプレゼントします!」
隣に座る菅原からプレゼントを受け取り、包み紙を開けてみると、そこにはラジオ付きの目覚まし時計が入っていた。
五郎もプレゼントを貰うのは初めてではないが、プレゼントにも思い遣りが込められていると思わされた。
大事な仲間から祝いたいと思う気持ちが何より五郎には嬉しかった。その思い遣りが五郎の中で幸せな気持ちを充満してくれる。五郎は三人の顔を見渡して一人ずつ心の中でお礼を言った。

ありがとう……。

店の中には至る所に蝋燭が灯されていて、それはまるで店の中に居る一人一人の気持ちを映し出しているようにも見える。店の電灯を点けずに蝋燭の暖かみのある明かりが、クリスマスの時間帯を幻想的に彩る。そして、それを感じた客は一層幸せな気持ちになり、凄く和やかな雰囲気を作り出している。
五郎が店に入ってからは、外は無人の状態に戻り、人の居ない幻想的な町並みを取り戻していた。

そして五郎の居る店からは、訪れた人達の幸せな笑い声が響いた。

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