2008年12月24日水曜日

第1話:癒しの時

十二月が近付き、街はクリスマスを彩る綺麗なイルミネーションを灯す。そのイルミネーションを見る為、恋人同士で歩く情景が至る所で見られた。そんな幸せな情景とは別で、仕事を終えて家に帰る人の姿もあれば、これから仕事の打ち合わせに急いで行く人の姿も見える。人は個々の事情を抱えて、その気持ちは様々だ。

大阪の淀屋橋、丁度、御堂筋が通過して、そこにも綺麗なイルミネーションが灯されていた。
時刻は二十一時、そろそろ人通りも減り、恋人と一緒に食事を済ませた人達が歩いていた。その恋人達の姿を見れば、見る側も暖かい気持ちを持たされる。そんな幸せそうな人たちに紛れて、イルミネーションを見て微笑みながら歩いている男性が居た。
畑田 五郎、三十一歳。五郎は新大阪で働いた後の仕事帰り。梅田から地下鉄御堂筋線を降りて、御堂筋を歩いて難波に向かう途中。恋人同士で歩く人が多い中、傍から見れば何処となく不気味な感じもするが、その男性はイルミネーションを見て何かを思い出していた。
二年前、五郎が淀屋橋で働いていた頃、淀屋橋のビジネス街を彩るイルミネーションを初めて見ている。五郎は、その時からこの場所に凄く惹かれている。師走に入ると五郎は淀屋橋に一度は訪れる。

数ヶ月前、五郎には新しい女性との出会いがあった。夕凪 恵、三十二歳。五郎と同じ年の生まれ。五郎と同じお酒好きでストレートな意見を返してくれるので五郎は夕凪を気に入っていた。その夕凪と一緒にクリスマスを過ごせるようにするか五郎は迷っていた。
しかし、今から三ヶ月前に五郎は失恋している。心の奥底を覗けば夕凪が好きだと言える段階でもない。

淀屋橋から二十分程歩くいた五郎は難波に着き、駅周辺で夕食を済ませる為、店を探しながら歩いた。大抵の場合、五郎が選ぶ食べ物は、うどん、カツ丼、カレー、ラーメン等のカロリー過多の物。
丁度、五郎の右手前方に小さな木目調のラーメン屋が目に入った。暖かいとんこつのスープを頭に想像し、看板に小さく書かれる名古屋コーチンと言う単語から、肉質の柔らかい鶏肉を食べる感触に襲われ、五郎は迷わずラーメン屋に向って行った。
店の中に入ると、歳が二十前後と思われるアルバイトの女の子が明るい声で五郎を迎えた。
「いらっしゃいませ!」
店の入り口では、テーブル席の仕切りで中の様子が分かり辛いが、店の中に入ると和のイメージを持たせるような店の作りになっていた。
木の色が濃い目の茶色で清潔感を感じさせる。女性客が訪れやすいように考えられているのか、周りとの接触もないように仕切りで顔も見えないようになっていた。
五郎は一人客の為、中央にある厨房と対面式のカウンター席に案内された。五郎は席に就くなり店員に注文した。
「ラーメン定食一つ。スープはこってりで! 丼ぶりはチャーシュー丼でお願いします」と店中に聞こえる程の大きな声を発した。
注文を終えて、再びメニューを開き、今頼んだラーメンを見て頷く五郎。今度はメニューを閉じて鞄の中から携帯を取り出す。そしてメールを打ち出した。そのメールの送付先は五郎が好意を持つ夕凪。

 こんばんは、五郎です。

 メグは今、何をしてますか?

 こちらはラーメン屋に入って、これから夜ご飯を食べます。

と簡単なメールの内容で送信ボタンを押した。
夕凪の仕事は助産師の為、緊急時以外は、同じ時間帯に家にいる。五郎も夕凪が家に帰っている時間を予想してメールを送っていた。五郎の予想した通り、夕凪の返信は、注文したラーメンが来る前に五郎に届いた。

 お風呂から上がって、のんびりテレビを見てます♪

 五郎さんの夜ご飯はラーメンですか。

 その話を聞いて、私もラーメンを食べたくなりました。

 でもラーメンは太るので私は我慢します♪

夕凪のメールを見て、五郎は少しだけ笑顔に変っていた。その夕凪とのメールのやり取りが、五郎にとって癒される時だった。

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