tag:blogger.com,1999:blog-70776217078915969312024-02-21T05:24:03.651+09:00滝川拳の隠れ家趣味で携帯・PC小説の投稿をしています。
こちらではオンラインサイトに登録しなかった分を掲載しています。
宜しければ読んでみてコメントを残してください。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.comBlogger27125tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-57361373123900476262008-12-24T00:53:00.001+09:002008-12-24T00:55:44.875+09:00第6話:クリスマスイブ街の至る所でクリスマスソングが流れ、光のイルミネーションは眩しい程に輝いていた。<br />仕事が終わり、五郎は昨日と同じ定刻で仕事場を出て家に帰っている。家に帰ると先日の蝋燭を灯した後片付けをしていない。一階のテーブルの上には、蝋の溶けた蝋燭が寂しく置かれていた。<br />何となく元気の出ない五郎は、その蝋燭に火を点けた。そしてテーブルの上に顎を乗せて何も考えずに蝋燭を眺めた。<br /><br />時刻が夜の八時を過ぎた頃、五郎の携帯電話が鳴った。着信音にクリスマスソングを登録していたが、それが余計に五郎の気分を憂鬱にさせる。ディスプレイを見ると、瑞樹からの電話だと分かり、「しまった、今日、祝って貰う約束をしてたんだ」と言いながら慌てて電話に出た。<br />「もしもし、遅くなってすいません。今から心斎橋に出てきて貰えませんか?」瑞樹は急ぎで用件を五郎に伝えた。<br />「あぁ、分かった。じゃあ今から行かせて貰うよ」五郎はのんびりと返答した。<br /><br />五郎が心斎橋に着いたのが夜の九時過ぎ、さすがにクリスマスの心斎橋となると綺麗なイルミネーションが多い。五郎は携帯から瑞樹に連絡を入れて店の場所を尋ねた。五郎は瑞樹に言われた道を進むと細い路地が見え、細い路地には雑居ビルがたくさん並んでいる。そんな中に瑞樹の言う店があるのか五郎は不安になった。良く見ると何となく雑居ビルにもクリスマスの飾り付けがされていていた。<br />人が少ない上に、暗がりに光るクリスマスの飾りつけ、そこの通り自体が幻想的な世界を映し出していた。<br />五郎が歩き続けるとイタリアンのメニューを木の板で縁取る看板が置かれていた。店の名前を見ると瑞樹の言っていた店だと分かり、五郎はそこの雑居ビルの中に入った。<br />二階に上がると、瑞樹が嬉しそうな顔をして五郎を出迎えた。<br />「来てくれたんですね。ありがとうございます」と瑞樹が五郎に礼を言う。<br />その様子に五郎も少し驚いたが、店の中を良く見ると、ウェスタン風の木の造りの店で凄く雰囲気が良い。そこが雑居ビルの一室だとは誰も思えない場所だ。<br />「あっちに席を用意しているので」と瑞樹が言った。<br />五郎が瑞樹の指す方向を見ると菅原と岸川がテーブル席で待っているのが見える。<br />菅原 則斗(すがわら のりと)、二十五歳。前の会社で瑞樹と同期の社員。前の会社は五郎が辞める以前に辞めている。今は五郎の紹介で別の会社で働いている。ユーモア溢れるセンスの持ち主で、人と話す時などは笑いを誘い、相手を楽しませるのが上手い。<br />岸川 智子(きしかわ ともこ)、二十五歳。前の会社で菅原同様、瑞樹と同期の社員。前の会社は五郎が辞める以前に辞めている。今は五郎の紹介で別の会社で働いている。仕事をする時の要領が凄く良く、周りからの評判が高く、男性からも好かれやすい。一時期、五郎の部下の一人が岸川に惚れて、五郎も悩まされた事がある。<br /><br />五郎が空いている席に座ろうとすると、左手に菅原、正面に瑞樹、右手に岸川が座っていた。<br />五郎は、これから話す事を想像すると、皆の残念そうな顔を頭の中で浮かべた。それを想像すると五郎は段々笑いそうになっている。<br />五郎の様子がおかしい事に気付いた瑞樹は、「ところで畑田さん、彼女はどうなったんですか?」と早速昨日の事を尋ねてきた。<br />五郎は笑い始めて、「振られた」と一言で瑞樹の質問に答えた。<br />「そうだったんですか・・・」瑞樹は残念なそうな表情を浮かべたが、当の五郎の様子が明るいので、それ程心配する事もないと安心した。<br />菅原は五郎の心情を気にして、心配そうな顔をしているが、恋愛に長ける岸川などは五郎の笑う様子に呆れている。<br />既に五郎の中では、昨日の事より、この場を用意してくれた事の方が嬉しい。<br />やがて菅原が五郎の杯を用意して、「まあ今日は飲んでください」と五郎にグラスを渡した。<br />五郎はにっこりと笑い、「菅原、ありがとう」と礼を言った。<br /><br />四人の杯が進み、少し舌が回りだすと菅原は五郎の片想いの話を聞いてきた。<br />「畑田さん、昨日、振られたのですか?」<br />嫌な事を思い出させると思う五郎だったが、菅原の心配そうな顔を見て、次第に自分の気持ちがどうでも良くなっている。<br />(まっ、この連中に聞かれるなら、別に構わないか。よ~し、何でも話してやるぞー)<br /><br />話が進んでいる最中、瑞樹は突然席を立ち、五郎のプレゼントを目の前に差し出した。<br />「これなら畑田さんも喜んで貰えると思って」<br />五郎がプレゼントを開け始めると、缶の入れ物が出てきた。缶の蓋を開けてみると、中からお菓子と小さなビリヤードのボールが二つ入っていた。<br />普通であればビリヤードのボールなど貰っても喜ぶ事もないが、五郎にとってはビリヤードのボールは嬉しい物だ。<br />「朝の弱い畑田さんに早く起きて貰おうと、これをプレゼントします!」<br />隣に座る菅原からプレゼントを受け取り、包み紙を開けてみると、そこにはラジオ付きの目覚まし時計が入っていた。<br />五郎もプレゼントを貰うのは初めてではないが、プレゼントにも思い遣りが込められていると思わされた。<br />大事な仲間から祝いたいと思う気持ちが何より五郎には嬉しかった。その思い遣りが五郎の中で幸せな気持ちを充満してくれる。五郎は三人の顔を見渡して一人ずつ心の中でお礼を言った。<br /><br />ありがとう……。<br /><br />店の中には至る所に蝋燭が灯されていて、それはまるで店の中に居る一人一人の気持ちを映し出しているようにも見える。店の電灯を点けずに蝋燭の暖かみのある明かりが、クリスマスの時間帯を幻想的に彩る。そして、それを感じた客は一層幸せな気持ちになり、凄く和やかな雰囲気を作り出している。<br />五郎が店に入ってからは、外は無人の状態に戻り、人の居ない幻想的な町並みを取り戻していた。<br /><br />そして五郎の居る店からは、訪れた人達の幸せな笑い声が響いた。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-44993113977717260012008-12-24T00:51:00.003+09:002008-12-24T00:53:17.841+09:00第5話:返事夕凪と別れた後、五郎が家に着いたのは、時刻が二十三時を過ぎた頃だ。<br />五郎は自分の誕生日が終わる事を意識していた。後、一時間も経たない内に、今度はクリスマスイブを迎える事になる。その前に五郎は、家に着いた事を夕凪にメールをした。<br />五郎は恋愛に不器用な夕凪に気付いている。その上で夕凪の人間性を直視すると、人の思い遣りを充分に感じられる人だと思った。そこで五郎は夕凪の事が好きになれると核心していた。<br /><br /> 今日は付き合ってくれてありがとう。<br /><br /> 誕生日に好きな人と一緒に居たのが何より嬉しかった。<br /><br /> まだ起きているようだったら、メールさせて貰います。<br /><br />五郎のメールの返信は、数分後に届いた。<br /><br /> こちらこそ、ありがとう。<br /><br /> 何もしてあげられなかったけど、こんな誕生日で本当に良かった?<br /><br /> まだ起きてるから、良かったらメールください。<br /><br />返信されたメールの内容を五郎は微笑みながら読み終えた。<br /><br />五郎はテレビを付けて、残りの誕生日の時間を静かに過ごそうと考える。しかしテレビを観ても内容に集中できなかった。五郎の頭の中で色んな事が浮かんでいたからだ。<br />学生時代の頃を思い出すと、昔母親から貰った綺麗な蝋燭を思い出した。その蝋燭を五郎は探し出すと、部屋の明りを消して蝋燭に火を点けた。<br />蝋燭の火がうっすらと部屋を明るくする。そして蝋が滴り、ほのかに甘い臭いが部屋の中で充満した。<br />部屋の中が蝋燭の火で少し暖まる。そして五郎の中で寂しさが増していく。<br />(メグから、どんな答えが返ってくるのか?)<br />五郎は夕凪の返事が気になりだし、数分刻みで夕凪の返答が気になって仕方なくなりだした。その状態が続き、五郎は夕凪の返答が待ちきれなくなって自分からメールをした。<br /><br /> メグ、急がす事になるかもしれないけど、少し俺の事を考えてくれた?<br /><br />夕凪は、即座に返信をした。<br /><br /> 今、十チャンネルを観てますか?<br /><br /> 凄いおもしろい番組をやってますよ。<br /><br />五郎の話を流そうとする夕凪のメール。それが五郎に結果を想像させる事になる。<br /><br />(もしかして……)<br /><br />五郎はある事に気付き、十二時が過ぎると再び夕凪にメールを送った。<br /><br /> メグ、まだ起きていますか?<br /><br /> 良かったら電話してもいいかな?<br /><br />はっきりと夕凪の気持ちを聞くつもりで、五郎はメールを送信した。そして夕凪から五郎の携帯に電話が入った。<br />夕凪は「ごめん、起きてた?」と五郎に気遣う。<br />夕凪の一言で五郎は全てを悟り、思った事を口に出した。<br />「メグ、返答はNOなんだね」<br />普段なら夕凪もストレートに返すが、この時は違っていた。一瞬の間が五郎の予想に自信をつける。<br />(答えがYesなら、瑞樹の約束に彼女を連れて行く事が出来る。答えがNoなら?)<br />悪い想像に五郎も息を呑みこむ。次の夕凪の一言を五郎は静かに待った。そんな五郎の居る部屋を、蝋燭の灯りは幻想的な色を映し出していた。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-56073200059798402542008-12-24T00:49:00.001+09:002008-12-24T00:50:41.228+09:00第4話:告白二十三日の夕方、夕凪と新大阪の駅で七時に待ち合わせしている為、五郎は定刻を迎えると職場を出た。<br />五郎が新大阪に着くと、待ち合わせの時間には少し時間が余っていた。(いよいよ、今日はメグに告白するが、さて上手く行く物だろうか……)少し緊張感を感じた五郎は落ち着きを少し失った。<br />七時五分前、五郎の前に夕凪が姿を現した。茶色のコートに、それに見合うスカートとブーツを履いている。<br />夕凪の姿を確認した五郎は、「メグ、来てくれてありがとう」と微笑みながら言った。<br />夕凪は、「うん」と一言返事した。<br />夕凪は五郎の誕生日を祝うなら、別の形で食事などして誕生日を祝ってあげたい。そんな気持ちを持っていた。普段、人にストレートに発言する夕凪も、人に何かをしてあげるのは苦手だ。誕生日や結婚式等の祝い事に、過剰反応して祝ったりする事が全く出来なかった。<br />夕凪の返事の後、五郎を先頭に二人は無言のまま駅の中に入り、快速電車に乗って神戸の三宮に向かった。<br /><br />神戸の三宮に着くと駅の周辺はたくさんの人で賑わっている。二人はルミナリエを見る為、駅構内から外へ移動しようとするが、人混みの多さから、駅の構内を抜けるのに時間が掛かった。<br />ようやくの思いで駅の構内を抜けると、今度はルミナリエに近付くにつれて人混みが多くなっている。<br />その様子を見た五郎の昔の記憶が蘇っていた。五郎が三十歳になる直前に別れた彼女、”夢”の事が脳裏に浮かんでいた。<br /><br />五郎がルミナリエに初めて来たのは、夢と付き合った頃の事だ。寒い季節、夢は外に出掛けると身体が固まり動く事も出来ない事がある。更に長時間歩くだけの体力もなかった。<br />それでも夢はルミナリエの色鮮やかなイルミネーションを見たくて、寒い季節の中を耐えてルミナリエを見たがった。<br />その時、五郎は夢の様子に注意している。出来るだけ夢の体力を奪われないように、人混みでは周りの人に押されるのを防ぐ為、五郎は夢の後から腕で輪を作って、その中に夢を入れて歩いている。もし夢が疲れた時は、腕で作った輪を広げて夢の体重を腕にかけて体力が奪われるのを防いだ。<br />夕凪とルミナリエを歩く途中、五郎は夢が体力を失い倒れた場所を思い出した。商店街の入り口の電信柱。そこは夢が目眩を起こし意識を失った場所。五郎は徐々に悲しい感情に襲われていた。<br />商店街の入り口を通過すると、五郎も夢の事を頭の中から振り払った。夢の事を思い出していた五郎は、昔の事を思い出している自分に反省した後、夕凪の方を見た。<br />しかし夕凪も先程の五郎と同じように悲しい表情をしている。<br />(もしかして、メグも誰かの事を思い出しているのか?)そう五郎は思った。<br />夕凪は五郎と知り合う前、一年程付き合った彼氏が居た。夕凪が彼氏と別れた理由は、お互いの時間が合わず、会える事が少なくなっていた時期、彼氏が夕凪に軽い嘘を付いた。それが夕凪の怒りを買う事になって、夕凪から別れを切り出している。<br />ルミナリエを通過する間、二人の胸中は過去の辛い出来事を思い返していると五郎は感じた。<br />やがてイルミネーションが輝く通りを抜けて、大きな公園に出てきた。公園の中には屋台が幾つか出ていて、公園の出口辺りでは募金を募っている人達のいるテントも見えた。<br />「ねえ、メグ、募金しない?」と五郎が言い出した。<br />夕凪は不思議な顔をして、「どうして?」と尋ねた。<br />五郎は夕凪の方を向き、にこっと笑いながら、「来年もルミナリエを見る為さ♪」と言った。<br />ルミナリエは阪神大震災以降、毎年12月に鎮魂の意味を込めて行なっている。そのイルミネーションは訪れる者を魅了させる。五郎もその1人だ。しかし近年、開催者も資金を募るのに苦労をしている。その為、毎年、ルミナリエでは募金をしていた。<br />公園を出る時、五郎は財布から五百円玉を取り出して募金箱に投入して、二人はルミナリエの会場から出ようとしたが、その時、夕凪がおもしろい店を発見した。<br />「ねえ、あそこで宝くじを売ってるけど買わない?」<br />「えっ、宝くじ?」<br />五郎には夕凪が何を思って宝くじを買おうとしているのか想像も付かない。<br />夕凪は微笑んで「今日、一緒に来た記念よ」と言った。<br />夕凪の言葉に五郎は、(ありがとう)と心の中で感謝した。<br />次の瞬間、五郎は元気よく、「よし! じゃあ、スクラッチ買って、少し高い金額が当たれば何が食べに行こう!」と言った。<br /><br />二人は宝くじ売り場で、千円ずつ出し合って十枚のスクラッチカードを買った。そして小銭を出して、二人で次々とスクラッチを削っていった。<br />夕凪は結果を真っ先に求める為、削るのは真中からだ。だから、あっと言う間に持分の五枚を削ってしまった。残念ながら夕凪のカードからは、一枚も当たりが出なかった。<br />五郎は夕凪と違い、慎重に端から順に綺麗に削る。その様子に夕凪は、少し呆れて駅に向って歩き始めた。夕凪が離れて行っても、五郎は綺麗にスクラッチを削る。五郎が最後の一枚を削ると千円が当たっていた。<br />その時、五郎が夕凪の姿を目で探すと、既に宝くじ売り場から離れた場所にいる。五郎は急いで夕凪の傍に向った。<br />夕凪の傍に追いついた五郎は、「メグ、千円当たったけど……、換金は……、今度でいいか」と笑顔で五郎は言った。<br />五郎の笑顔を見て、夕凪も呆れていた気持ちに反省の念が浮かんだ。<br />夕凪も笑顔で、「じゃあ、早速、持って行こうよ」と気持ちを盛り上げようとした。<br />その言葉に五郎は微笑んで、「いいよ。また今度にしよう」と言った。<br /><br />二人が駅に向かって歩いていると、人だかりが出来ている場所が見えた。何をしているのか気になった五郎は、その人だかりの向こうを見ると、一人の大道芸人がショーを行なっていた。<br />五郎は普段から路上でライブをする人や、芸を披露している人がいると、一人で歩いている時も立ち止まって見る事がある。<br />「メグ、少し観ていかない?」<br />夕凪は五郎と違って大道芸人に興味はないが、五郎の誕生日だから我慢する事にした。<br />二人が大道芸人の近くに向っている時、夕凪は「好きなの?」と五郎に尋ねた。<br />五郎は笑顔になって、「まあね♪」と返答した。<br />突然、五郎は夕凪の手を引っ張り出して、小走りで大道芸人の居る場所に近付いた。<br /><br />大道芸人は燃え盛る棒を空中に向かって放り投げていた。くるくると回る燃える棒を次々とキャッチしては、観ている人の拍手を浴びていた。<br />五郎は人の間の隙間を見つけては、遠慮せずに入り込んで前に進んだ。大道芸人の顔がはっきり見える場所に出ると、いきなり五郎の足が止まった。<br />(あの人だ・・・)<br />それは大阪城で夢と一緒に見た大道芸人だった。<br />今から5年前、大阪城で夢と散歩している時、人の往来が少ない所で大道芸人が一生懸命汗を掻きながら芸をしていた。その時は駆け出しの大道芸人だったせいで、一つの芸を成功させる度に大道芸人自身が胸を撫で下ろす様子を見せていた。<br />何度か芸に失敗する事もあるが、その時は関西人独特の笑いで、その場を収めようとした。しかし観ている人の立場では、その失敗が凄く滑稽で面白味ある物で、丁度、サーカスのピエロが大道芸人を勤めている感じもする。<br />「それでは! 行きます! 行きますよ! 恥ずかしいので、あっちを向いててください!」<br />そんな風に自分を滑稽に見せる事で、人の笑いを誘い、成功した時には、よくやったと客から拍手を浴びていた。<br />その時、五郎は大道芸人を真剣に直視している。何かする度、大道芸人の額から大粒の汗が流れる。その汗から失敗を恐れている事が分かる。バンドで舞台に立っていた五郎には、その大道芸人が人前に立つ事すら慣れていない感じを受け止めている。<br />そして最後迄、夢と二人で芸を観ていた。終わった後、五郎は財布から千円札、それは二人分を楽しませて貰った気持ちで五郎は大道芸人の帽子に入れた。<br />月日を経て、あの大阪城で観た大道芸人が目の前に居る事を五郎は驚いていた。夢と一緒に観た時と違い、大道芸人は人前に立つ事を恐れていなかった。大道芸人の後のスピーカーから流れる音楽も勢いのあるロックが流れている。<br />月日の流れは、大道芸人の芸にも技が加わるだけでなく、表情にも余裕がある上に汗が流れても気付かないぐらい化粧もしている。<br />(凄い、あれだけ上手くなっていたんだ)五郎は感心していた。<br /><br />大道芸人の最後の芸が終わり、周りで観ている人が去って行く中、五郎は財布から五百円玉を取り出して前に進んだ。昔は大道芸人も帽子を持って、観ている人の前に自ら出て行ってお金を貰おうとしていた。<br />しかし今は違っている。もう自分の足で貰いに行かなくても、客が自分の意志でお金を入れてくれる。日々の努力の積み重ねで、自分の自信が確立された証拠だろう。<br />五郎は帽子の中に五百円玉を入れて、大道芸人の顔を見た。大道芸人も五郎に見られている事に気付き五郎を見た。顔を見合した二人は微笑んだ。それは二人が若い頃に合った事を覚えているような微笑方だった。<br />五郎はゆっくりと夕凪の傍に戻り、再び駅の方角へ向いて歩いた。<br />五郎は夢と別れた後、恋愛に関しては間を空けている。別れた原因が自分にあったと気付いてから、恋愛するには未熟だったと認識して、人の思い遣りを再認識する上で努力していた。<br />地下に降りる階段が見えて五郎は歩くのを止めた。そして夕凪の方を振り向いた。<br /><br />「メグ、君の事が好きです。俺と付き合ってください」<br /><br />突然の事だった。夕凪もそれには驚いている。<br />五郎は微笑みながら、「まあ、いきなり言って返答をくれとは言えないな! メグ、少しだけ俺の事を考えてくれる」と言葉を付け足した。<br />夕凪の性格からして回答を求めると答えを出すのが早い。そう考えると、一瞬で振られる事も考えられる。だから五郎は言葉を付け足して、振られるとしても少しぐらい自分と付き合うかどうか検討して欲しいと思った。<br /><br />神戸の三宮から快速電車に乗り新大阪に戻ろうとしたが、帰りはルミナリエを観た人で電車の中は混雑していた。五郎と夕凪は、その間、密着した状態が続く。<br />途中の尼崎で酔っている男が電車に乗ってきた。その男が夕凪の方に人の波に押されて近付いた時、男は夕凪の方を見てコートの臭いを嗅ごうとした。<br />男の仕草から嫌な気持ちが浮かび、夕凪が嫌な顔をしようとした時、五郎が夕凪の手を引き、お互いの立ち位置を交代した。<br />男は自分の近くに女性でなく男性が立っているので、しかめっ面をしてる。その様子を見て、五郎は夕凪に笑みを送った。<br /><br />快速電車が新大阪に着き、二人は電車を降りて地下鉄に移動した。地下鉄のホームに出ると二人の方向は違う為、そこで別れる事になる。<br />先を歩いていた五郎も、そこで夕凪の方を見た。夕凪は五郎の誕生日をルミナリエで終わらせた事を少し後悔している。<br />不器用な女性だと言うのは五郎も知ってか、「メグ、今日は俺の誕生日を祝ってくれて、本当にありがとう」と五郎は夕凪にお礼を言った。<br />まだ後悔している夕凪は、(私、一言もおめでとうも言ってなかったのに……、こんな誕生日で良かったのかしら?)と夕凪は疑問に思った。<br />誕生日、一番のプレゼントと言うのは、祝ってくれる人の気持ちである。それを五郎も七歳年下の夢から学んでいる。<br />五郎は自分の誕生日、異性として興味ある男性でもない自分に対して、夕凪が付き合ってくれている事と感じていた。祝ってくれる気持ちがあるから、誘いに応じてくれたと五郎は思っている。<br />五郎の乗る電車が先にホームに着き、五郎は夕凪に笑顔を送って電車に乗った。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-77634409714901724862008-12-24T00:44:00.002+09:002008-12-24T00:57:03.068+09:00第3話:クリスマスイブの約束もうすぐ五郎の誕生日が近付いている。五郎の誕生日はクリスマスと近い為、幼少の頃は誕生日は祝って貰えてもクリスマスは何もなかった。サンタクロースからのプレゼントを期待して、クリスマスツリーに自分の靴下をかけてみるが、一度もサンタクロースのプレゼントが入っている事がない。そんな苦い過去を五郎は持つ。<br /><br />(去年に続いて、今年も彼女なしでクリスマスを過ごすのか……)そう思うと余計に寂しさを感じる。そこで気に入った女性の存在があるとないでは少し話が変わってくる。<br />(メグと付き合う方向で、ここらで告白するか……)<br />まだ五郎は振られた傷が癒えていない。その上、夕凪との友達関係が始まって期間が短い。五郎は自分に決断を迫った。<br /><br />(よし! 自分の誕生日、メグに告白しよう)<br /><br />五郎の考えでは、今、傷が癒えるのを待っても時間の無駄だと判断した。そんな結論を自分に下して、自分の誕生日に告白をする事を五郎は決断した。<br />一度決断すると五郎の行動は早い。早速、五郎は夕凪に電話を掛けた。<br /><br />「こんばんは五郎です!」と明るく五郎は挨拶する。<br />五郎と夕凪には電話を掛ける前の暗黙のルールがある。電話を掛ける前にメールをする。その暗黙のルールを破って五郎は電話した。<br />夕凪も五郎から事前のメールがなかった為、「あ! こんばんは」と電話に驚いていた。<br />「メグ、少しだけ俺の話を聞いてくれるかな?」<br />少し戸惑いながら、「いいよ」夕凪は答える。夕凪は突然の電話で五郎の用件が気になって仕方ない。<br />「二十三日、俺の誕生日なんだけど。その日、俺と一緒に神戸ルミナリエに行かない?」と五郎は言った。<br />夕凪はストレートな意見の五郎の話が嫌いではない。「うん、いいよ」と即座に返事した。<br /><br />五郎の誕生日が近付くに連れて、五郎の中でも少しはプレッシャーを感じている。そんな気持ちを抱える中、瑞樹から連絡が入った。<br />瑞樹 由果(みずきゆか)、二十七歳。謙虚な姿勢で努力を続けて苦手な事を前向きに克服できる女性。五郎とはバンドやサークルで一緒に活動している為、五郎にとっては最も信頼できる仲間の1人だ。<br />「畑田さん、二十三日って、予定空いていますか?」普段より謙虚な口調で話す瑞樹。<br />二十三日は五郎の誕生日。その日は夕凪と一緒に神戸のルミナリエに行く予定が入っていた。<br />「ごめん。その日は少し用事が入っているんだ」と残念そうな声で五郎は答える。<br />「え……。そうなんですか……。じゃあ次の日は?」すかさず次の提案を瑞樹は持ち出した。<br />次の日は夕凪に告白して結果が出ている日。もし付き合う事になったら、五郎は夕凪と一緒に過ごすつもりだ。<br />「ゆっぴ、実は二十三日に好きな人に告白するつもりなんだ。もし付き合う事が出来たら、その人を連れて行く事になるけどいいかい?」と五郎は言った。<br />五郎が彼女を連れて紹介してくれる話なら、瑞樹にとって嬉しい話になる。「いいですよ♪」と瑞樹は即答した。<br />しかし五郎は、「別に俺の誕生日なんて祝う必要もないんだよ」と瑞樹に念を押すような話をする。<br />それに対して瑞樹は、「え~、畑田さんの祝いをさせてくださいよ~」と五郎にせがむように瑞樹が言った。<br />五郎は内心、瑞樹の祝ってくれる気持ちが凄く嬉しかった。(ゆっぴ、ありがとう)電話越しに五郎は目を瞑って頭の中で瑞樹に感謝した。<br />「分かった。二十四日、何時に何処に行けばいい?」と五郎は瑞樹に尋ねた。<br />「場所と時間を決めておきますので、決まったら連絡します」元気のいい声で瑞樹は答えて電話を切った。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-32390098175454807342008-12-24T00:31:00.007+09:002008-12-24T00:36:44.740+09:00第2話:日常朝の六時、目覚まし時計が「ピピピピッ!」と小さく鳴り出した。目覚ましの音が耳に届くと、すっとベッドから足を降ろして女性がベッドの布団の中から出てきた。<br />ベッドから出てきたのは夕凪 恵。最近、五郎が気に入っている女性だ。夕凪は一階に降りてキッチンに立つと、すぐにお湯を沸かして食パンをトースターに入れる。七時迄には朝食と着替えを済ませ、夕凪は出かける迄の時間を新聞を読んで過ごした。<br /><br />その頃、五郎も目を覚まさないと、余裕を持って出かける準備が出来ないのだが、最近の五郎は朝が非常に弱い。出かける寸前迄、目覚ましが鳴らないようにセットされている。<br />五郎が起きる七時二十分、夕凪は仕事に出掛けていた。ようやく五郎の家でも目覚まし時計が「ガガガガッ!」と凄い音を立てて鳴り出した。五郎の持つ目覚まし時計は、メーカーが世界一と提唱するだけあって半端な音ではない。一度、鳴り出すと五郎の家の外迄、その音は鳴り響いている。その目覚まし時計の音を聞いて、五郎は毎日心臓が飛び出るような朝を迎えていた。<br />「うわーっ! 起きないと!」<br />掛け布団が五郎の足で蹴られ、五郎の右手は目覚まし時計の音を止める為、手の平で目覚まし時計のボタンを何度も叩いた。目覚ましの音が止まると五郎はキッチンに行き、前の日の仕事帰りの途中コンビニで買っておいたパンを食べて、急いで着替えて出かけた。<br /><br />五郎が新大阪の現場に着く頃には、夕凪は既に仕事が始まり忙しい時間帯を送っている。今日も病院内では三人、出産予定を迎える妊婦が居る。その内の一人が分娩室に入り、夕凪も急いで分娩室に入った。<br />分娩室では出産の痛みで凄い悲鳴が聞こえる場合もある。その痛みを少しでも和らげる為、夕凪達は一生懸命、出産する女性に呼吸の合図を送っていた。<br />「もう少しですよー! はい、息を吸ってー!」<br />そんな夕凪の指示が素直に聞ける訳でもない。妊婦は「ひいー! 痛いー!」と叫んだ。<br />そんな状況は日常茶飯事で、夕凪も焦る事なく、「お母さん、もう少しですよー! もう赤ちゃんの頭が見えてきてますからねー!」と大きな声で冷静に言う。<br /><br />夕凪の後方には、自分の子供が産まれるのをまだかまだかと待つ夫の姿がある。しかし出産する妻の様子に、夫の方が腰が引いている。<br />そんな夫の姿を見て夕凪は、(もう、この旦那は何て情けない男なんだ! しっかりしなさい!!)と心の中で怒っていた。<br />実際、出産に立ち会った事のある男性であれば理解できるかもしれないが、妻の姿に驚く人も少なくない。それだけ出産時の苦しみは、男性の想像を超えている。<br />夕凪の性格上、その手の男性が苦手で、そう言う弱気な男性を見ると、男性の顔を平手で叩きたい気持ちを持つ。<br /><br />数時間に渡って痛みに耐えて、ようやく赤ちゃんがお母さんの中から出てきた。赤ちゃんが滑るように出てくると、その赤ちゃんを布で受け止め赤ちゃんを綺麗な布で拭く。<br />赤ちゃんがお母さんのお腹から出ると胎盤も同時に出てくるが、胎盤を素早く処理している。赤ちゃんを拭き始めると赤ちゃんは大きな声で泣き始めた。<br />赤ちゃんに付いた血を拭くと、今度はお父さんに赤ちゃんを見せる。<br />「おめでとうございます。元気なお子さんが産まれましたよ♪」と夕凪は先程迄、苛立ちを感じた男性に笑顔で赤ちゃんを抱かせた。<br />初めての子供なのであろう。男性は自分の子供を恐る恐る抱き寄せた。抱いてから自分の子供の実感が沸いたのか、男性は不安な顔から笑顔に変った。<br />男性は赤ちゃんを抱いたまま、自分の妻の傍に近寄って、二人で赤ちゃんの顔を見て微笑んでいる。夫婦にとって新しい家族の誕生だ。<br /><br />幸せな表情で自分達の子供を見て喜ぶ夫婦を見る。夕凪は、この仕事で一番嬉しい事は、幸せそうな家族の風景を見る事だった。<br /><br />お母さんを病室に移動させると今度は分娩室の後片付けに入る。その段階に入ると夕凪は、自分の後輩に指示を出して片づけを任せる。夕凪は、次の出産を控える人を分娩室に入れる準備をした。優秀な助産師は、休む暇もなく次の仕事に取り掛からないといけない。<br /><br />夕刻が近付いた頃、ようやく夕凪も一段落してナースステーションに戻った。<br />「夕凪さん、今日、一杯飲みに行きませんか?」と後輩の荒川が夕凪を誘った。<br />「いいわね~。それで今日は誰が行くの?」と夕凪は飲みに行く面子を気にした。<br />荒川は夕凪が気に掛かっている事を読んでいて「高橋さん」と答えた。同年代の高橋が居るのが分かると、夕凪も快く荒川の誘いを受けた。<br /><br />その頃、五郎は背中で椅子の背もたれ倒しながら、だらしない格好で仕事をしている。五郎の方は夕凪の仕事とは違い、幾ら急いだ所で作業の進捗を進めるのに限度がある。しかし五郎を中心に作業が進められている為、五郎も手を休ませる訳にもいかない。周りに座る若い人達の作業を確認しながら、自分の作業を進めていた。<br />五郎の隣に一つ年上の高嶋と言う男性が座っている。五郎は高嶋の人間性が好きで、タバコを吸う時には必ず高嶋を誘っていた。<br />「高嶋さん、そろそろタバコに行こうか?」と年上の高嶋に五郎は年下に声をかけるように話しかける。<br />高嶋は五郎と違ってマナーを気にする方だ。周りを見てタバコを吸いに行っても問題ないか周りの様子を確認する。<br />そんな様子に五郎は毎回呆れているが、「行くぞ、高嶋さん!」と五郎は高嶋を催促した。<br />「あ……、そうだね、行こうか……」と高嶋はおっとりした返事をする。<br />五郎は部屋から出る時、手持ちのお菓子を持って行って喫煙室でお菓子を広げた。そこで二人は他愛もない会話を楽しみながらタバコを吸い始めた。<br /><br />夕凪は荒川の誘いで新大阪の五郎の現場の近くで飲んでいる。店は西部劇の映画に出てくるような店を模造している。中には映画のポスターやカウボーイハットが所々飾られていて、ビールが良く似合う。<br />その二階の丸テーブルに夕凪達はテーブルを囲うように座っていた。<br />「めぐみー、今度さ、Dr.と飲みに行くけど行かない?」と同じ年代の高橋が酔いながら言った。<br />「私、Dr.は止めとくわ。あまり好みじゃない」夕凪は高橋の誘いをあっさりと断わった。<br />夕凪はプライドの高い人だが、付き合う男性に社会的地位を求める方ではない。夕凪が人情深い面がある為、同じように男性も人情深い男性を好んだ。<br />高橋の医者と飲みに行く話に後輩の荒川が興味を示した。「高橋さん、私じゃ駄目ですか~?」と聞いてきた。しかし高橋も二十代前半の女性を連れて行って、いい男性を取られたくない。そこは、「荒川、お前は外で見つけな!」と一蹴した。「何だ、つまんないの~」と荒川は少し拗ねた態度を取った。<br /><br />夜の8時を超えた辺りで夕凪は五郎と話がしたくなっていた。「ちょっとごめん、少しメールさせて」と夕凪は周りを見渡しながら言った。<br />それを聞いて高橋は少し意地悪な笑顔で、「何~、どこの男~?」と夕凪をからかった。<br />男の話が出て夕凪の隣に座っている芳川が、夕凪の携帯の画面を覗き込んだ。「いや~、本当だ~。夕凪さん男にメールしてるよ~」と荒川は飛び上がる勢いで驚いた。<br /><br /> こんばんは恵です。<br /><br /> もう家に帰られましたか?<br /><br /> 私は、今、同僚と飲んでいる所です。<br /><br /> 家に帰ったら電話で話しませんか?<br /><br />ここに居る女性で夕凪以外は皆、彼氏募集の者ばかり。<br />高橋は「ちょっと~、あんた、私にもその人の友達紹介してって言ってよ」と目を吊り上げて夕凪に言った。<br />(もう~、馬鹿女共め~)と夕凪は思い、夕凪は芳川の足を思いっきり蹴った。<br />夕凪に蹴られた芳川は、悲鳴を上げたが、それは誰も咎めない。<br />また男性の話題が出ると、この女性集団は大いに盛り上がりだした。<br /><br />五郎は高嶋と一緒に仕事を続けている。若い連中は七時になると全員帰ってしまい、作業を二人で行なっていた。<br />そこに机の上の五郎の携帯に、メールが受信された事を知らせるランプが光った。「おっ、誰からだ」メールの相手を期待しながら五郎は携帯を開いた。夕凪のメールを読んで、突然、五郎は帰る準備に入った。<br />「高嶋さん! 今日は仕事は終わりだ! 帰るぞ!」と言い出した。<br />突然の五郎の話に高嶋は驚いたが、一人で残っても作業は進まない。高嶋も五郎と一緒に帰り支度をした。<br /><br />五郎が家に帰ると時刻は既に十時を回っている。<br />(どうしようか・・・、もうメグはベッドの中に入っているかもしれないな?)と五郎は時計を見ながら思った。<br />朝の早い夕凪は、この時間帯になるとベッドの中に入ってテレビを見ている可能性が高い。しかし五郎は夕凪と話したい欲求に負けて、迷惑を掛ける事を承知で夕凪に電話をした。<br />電話の向こうから、「はい・・・夕凪です・・・」と聞こえたが、夕凪の声はお酒で酔っている事が分かる。<br />五郎は困惑したが「五郎です。今、話しても大丈夫?」と声を掛けてみた。<br />その声に夕凪は反応して「おい!五郎!どこに行っていた、私をさしおいて、どこかの女と遊びに行ってただろ!!」と電話越しに叫んだ。<br />(駄目だ・・・完全に酔っている・・・)と五郎は話す事を諦めた。「メグ、また明日にでも掛け直すよ」と五郎は電話を切ろうとした。<br />「待て!コラ!五郎!勝手に切るな!」と夕凪は電話を切らさないように必死で話しかけた。<br />結局、五郎は酔った夕凪の愚痴を2時間聞き続ける事になった。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-28470711042399527802008-12-24T00:26:00.004+09:002008-12-24T00:48:22.803+09:00第1話:癒しの時十二月が近付き、街はクリスマスを彩る綺麗なイルミネーションを灯す。そのイルミネーションを見る為、恋人同士で歩く情景が至る所で見られた。そんな幸せな情景とは別で、仕事を終えて家に帰る人の姿もあれば、これから仕事の打ち合わせに急いで行く人の姿も見える。人は個々の事情を抱えて、その気持ちは様々だ。<br /><br />大阪の淀屋橋、丁度、御堂筋が通過して、そこにも綺麗なイルミネーションが灯されていた。<br />時刻は二十一時、そろそろ人通りも減り、恋人と一緒に食事を済ませた人達が歩いていた。その恋人達の姿を見れば、見る側も暖かい気持ちを持たされる。そんな幸せそうな人たちに紛れて、イルミネーションを見て微笑みながら歩いている男性が居た。<br />畑田 五郎、三十一歳。五郎は新大阪で働いた後の仕事帰り。梅田から地下鉄御堂筋線を降りて、御堂筋を歩いて難波に向かう途中。恋人同士で歩く人が多い中、傍から見れば何処となく不気味な感じもするが、その男性はイルミネーションを見て何かを思い出していた。<br />二年前、五郎が淀屋橋で働いていた頃、淀屋橋のビジネス街を彩るイルミネーションを初めて見ている。五郎は、その時からこの場所に凄く惹かれている。師走に入ると五郎は淀屋橋に一度は訪れる。<br /><br />数ヶ月前、五郎には新しい女性との出会いがあった。夕凪 恵、三十二歳。五郎と同じ年の生まれ。五郎と同じお酒好きでストレートな意見を返してくれるので五郎は夕凪を気に入っていた。その夕凪と一緒にクリスマスを過ごせるようにするか五郎は迷っていた。<br />しかし、今から三ヶ月前に五郎は失恋している。心の奥底を覗けば夕凪が好きだと言える段階でもない。<br /><br />淀屋橋から二十分程歩くいた五郎は難波に着き、駅周辺で夕食を済ませる為、店を探しながら歩いた。大抵の場合、五郎が選ぶ食べ物は、うどん、カツ丼、カレー、ラーメン等のカロリー過多の物。<br />丁度、五郎の右手前方に小さな木目調のラーメン屋が目に入った。暖かいとんこつのスープを頭に想像し、看板に小さく書かれる名古屋コーチンと言う単語から、肉質の柔らかい鶏肉を食べる感触に襲われ、五郎は迷わずラーメン屋に向って行った。<br />店の中に入ると、歳が二十前後と思われるアルバイトの女の子が明るい声で五郎を迎えた。<br />「いらっしゃいませ!」<br />店の入り口では、テーブル席の仕切りで中の様子が分かり辛いが、店の中に入ると和のイメージを持たせるような店の作りになっていた。<br />木の色が濃い目の茶色で清潔感を感じさせる。女性客が訪れやすいように考えられているのか、周りとの接触もないように仕切りで顔も見えないようになっていた。<br />五郎は一人客の為、中央にある厨房と対面式のカウンター席に案内された。五郎は席に就くなり店員に注文した。<br />「ラーメン定食一つ。スープはこってりで! 丼ぶりはチャーシュー丼でお願いします」と店中に聞こえる程の大きな声を発した。<br />注文を終えて、再びメニューを開き、今頼んだラーメンを見て頷く五郎。今度はメニューを閉じて鞄の中から携帯を取り出す。そしてメールを打ち出した。そのメールの送付先は五郎が好意を持つ夕凪。<br /><br /> こんばんは、五郎です。<br /><br /> メグは今、何をしてますか?<br /><br /> こちらはラーメン屋に入って、これから夜ご飯を食べます。<br /><br />と簡単なメールの内容で送信ボタンを押した。<br />夕凪の仕事は助産師の為、緊急時以外は、同じ時間帯に家にいる。五郎も夕凪が家に帰っている時間を予想してメールを送っていた。五郎の予想した通り、夕凪の返信は、注文したラーメンが来る前に五郎に届いた。<br /><br /> お風呂から上がって、のんびりテレビを見てます♪<br /><br /> 五郎さんの夜ご飯はラーメンですか。<br /><br /> その話を聞いて、私もラーメンを食べたくなりました。<br /><br /> でもラーメンは太るので私は我慢します♪<br /><br />夕凪のメールを見て、五郎は少しだけ笑顔に変っていた。その夕凪とのメールのやり取りが、五郎にとって癒される時だった。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-51491429712800185482008-09-17T13:28:00.002+09:002008-09-17T13:32:09.590+09:00消える家族愛 「人は何故、人を愛するのだろう」<br /><br /> 今の私は考えても仕方ない事ですら深く考えてしまう。<br /> 前年、妻と子供を交通事故で亡くしてしまい、1年経っても未だに辛さを乗り越える事が出来ません。<br /><br /> 事故が起きた当時、身内や会社の同僚が私を心配してくれました。周りに甘えてばかりも居られず、必死で仕事をしようとしましたが、頑張れば頑張る程、自分が何の為に働いているのか? そんな疑問を抱えてしまいました。<br /><br /> もう頑張るのはいいだろう?<br /><br /> 日が経てば経つ程、私の中に出来た隙間は大きくなります。<br /><br /><br /> 「少しだけ私の話を聞いて貰えますか?」<br /><br /> 今から10年前、私は愛する女性を見つけ3年の恋愛を経て結婚しました。私の愛した女性は、とても人に優しい人で、笑った時などは愛嬌もあり周りの人の気持ちを和ましてくれます。見た目に綺麗とは言えなくても内面から滲みでる出る優しさ、そして笑顔の素晴らしさ。私にとっては最高の人でした。<br /> その妻と結婚して1年後。私達夫婦の間に男の子が生まれました。愛する妻と私の子が産まれる瞬間。まるで妻に天から後光が射していると思わされました。大袈裟な話なのですが、出産を立会い感動を得ています。その感動は言葉で表せる程、簡単なものでもありません。<br /> そして私達夫婦の育児生活が始まり、私は仕事、妻は家事と自分に課せられた役目を最大限に努力していきました。努力すると言うのは、本当に素晴らしい事です。努力すればする程、その幸せも深く感じる事ができたのです。<br /> 人が苦労なくして幸せはないと言うのは、この事だと感じさせられました。<br /><br /> 子供がハイハイして動いた時、次に子供が立ち上がって歩く時、その成長する姿は日々私達に感動を与えてくれました。<br /> 子供から初めて「パパ」と言って貰った瞬間。お子さんが居る人なら、その喜びの大きさが理解できると思います。<br /><br /> 「どんな苦労を背負っても、家族の為に頑張る」<br /><br /> 1ヶ月に1度、実家に子供を預けて、私達夫婦は外食をしました。食事の後は、妻が好きな映画を観に行くのが私達夫婦の習慣です。それが妻に出来る私からの感謝の気持ちです。恥ずかしながら映画を観に行っても私は寝ています。<br /> 結局、妻は寝ている私に気遣い1人で映画を楽しんでくれました。それでも妻は映画に連れて行ってくれた事を喜んでくれてもいます。私には本当に過ぎた妻でした。<br /><br /> やがて子供が幼稚園に入園、初の運動会、発表会。卒園式では妻が子供の成長に感動して、突然、涙を流す場面もありました。<br /> 子供が小学校に入学してから、子供は一緒にキャッチボールをするよう、私にお願いをしてきました。そんな子供とは何度か一緒にキャッチボールをしています。<br /> 運動音痴の私でしたが、誰に似たのか? 子供は運動神経が良かったです。周りの友達からも、親しみを覚えて貰え幸せな子でした。<br /><br /> 妻が32歳、子供が7歳の時、我が家は一変しました。昨年、私達夫婦の夢であるマイホームを購入した後、私の念願のマイカーも手に入れました。家を購入して1ヶ月は、幸せの絶頂期だったように思えます。<br /> そして子供が39度の熱を出した時の事です。平日の昼間だったので、妻が子供を車に乗せて病院に行きました。<br /> そんな日に限って、妻は普段使わない道を走っていました。病院へ急ぐ為です。<br /> 制限速度50Kmの道路だったのですが、周りの車は80Km程の速度を出しています。妻も危ない道路だと言う事は認識持っていました。念の為、車の前後に初心者マークも張っていました。<br /> 安全を心掛けた妻の車の前後には大型トラックが走っていました。長い直線を抜けてカーブに差しかかる手前で妻の車の前にワゴン車が突然割り込んできました。その時、前を走るトラックはカーブが近付いて速度を落としました。<br /> ワゴン車はトラックの減速のタイミングに間に合いませんでした。妻は普段から車間距離を開ける方です。しかしワゴン車が突然割り込んだおかげで、充分な車間距離も取れていません。トラックの後ろにワゴン車が追突して、その後から妻と子供が乗る車が追突しました。<br /> そして悲劇が生まれました。妻の車の後ろを走っていたトラックも減速が間に合わず、妻と子供の乗る車の後からトラックが追突したのです。<br /> 我が家のマイカー、2人で生活をやりくりして貯めたお金で買った車です。特別性能が良い訳でもなく、大きさ的にも3人が乗るのに丁度良い大きさの車でした。<br /> 大型トラックに追突されると一溜まりもなく、トラックとワゴン車、いえ・・・、最終的にはワゴン車の前を走るトラックと我が家の車の後を走るトラック同士の間に挟まれて、ワゴン車と我が家のマイカーは大破していたのです。<br /><br /> 事故が起きて1時間後、私の会社に電話が入りました。私が電話を受けた時、既に妻も子供も亡くなっています。<br /> その日の朝、私達家族は3人で朝食を取っています。次に霊安室で家族が揃うなんて誰が想像しますか?<br /> 病院に着くと、看護士に妻と子供が居る霊安室に案内され、霊安室のドアを開けた瞬間、私は目の前が真っ暗になりました。その場で泣く事も出来ず、後から駆けつけた妻の母親が声を上げて泣き崩れたのを何となく覚えているぐらいです。私は時間を忘れて霊安室で妻と子供の傍に居ました。<br /><br /> 私は今迄、何不自由なく生きてこれたと思っています。それだけ幸せだったのなら、不幸があっても当たり前だと言われるかもしれません。もし、そう言われる人が居るなら・・・。<br /> 私は妻と子供を失う経験を・・・。すいません・・・、少し感情的になりました。<br /><br /> 今日は何もかも忘れる為、レンタカーに乗って九州に向かっています。もちろん車に乗るのは抵抗あります。しかし辛い気持ちを抱えて家に1人で居る事は、もっと辛いのです。<br /> 九州に行って何かする訳でもないのですが、とにかく遠くへ行きたかったのです。今は丁度、兵庫県の宝塚を中国高速道で走っています。<br /> 目の前に大型トラックが走っています。ここ迄、来る間に何度トラックを見たか分かりません。しかしトラックを見る度に嫌な思いをします。<br /> 情けない話なのですが、自殺できるなら実行したいです。それでも私には、その勇気がありません。その繰り返しで今日も凄く苦しい思いをする羽目になりました。<br /><br /> 私はアクセルを強く踏み込み、徐々にスピードを上げました。排気量が3000ccあるので、それなりに加速ができます。このスピード感のおかげで何もかも忘れる事が出来そうです。<br /> 前方、約1Km先にトンネルが見えてきました。スピードメータを見ると時速が170Kmを超えています。こんなスピードで事故を起こせば死んでしまいます。妻の運転は、こんなスピードを出していた訳でもありません。一部のマナーの悪い運転手のおかげで私は妻と子供を失いました。<br /> スピードメーターを見ると時速が180Kmを超えました。やはり高い車は性能がいいです。<br /><br /> この状態で目を瞑り、数秒経てば私も楽になれるのでしょうか?<br /><br /> 本当は、こんな事をする為に来た訳でもないです。でも話をしている内に私は疲れてきました。実家に居る両親には申し訳ないのですが私も限界です。<br /><br /> 「亜希子、私を許してくれ。直弥、こんなパパを許してくれ」<br /><br /> 目を瞑りながら呟くと、その直後、私の腕に何か触れた感じがしました。<br /> 目を開きバックミラーを見たのですが、当然、この車には運転する私しかいません。アクセルを踏み込む右足の力が緩まってしまいました。<br /> もう1度、アクセルを踏み込みました。また腕に何か触れた感じがします。確かにギアに手を置く左腕を誰かに掴まれた感覚があります。<br /> 私はハンドルから右手を離し、左腕を右手で触りました。今度は右手の上から何か触れた感じがしました。またアクセルを踏み込む右足の力が緩んでしまいました。<br /> 車の速度が一気に落ちたので、私はハンドルを両手で握りました。もう1度アクセルを力強く踏み込みました。その時、バックミラーを覗きました。<br /> バックミラーには後部座席が映っていて、そこには亡くなった子供が座っているように見えます。私は驚いて後部座席を見ました。しかし後部座席には誰も居ません。<br /><br /> 気が付くとアクセルを踏んでいた筈の右足がアクセスから離れていました。そして私が前に振り向いた瞬間、腕に暖かい感触が走りました。<br /><br /> 「お父さん、駄目」<br /><br /> 私の耳に声が聞こえた感じはありません。そんな風に幻聴が聞こえたのです。<br /><br /> 亡くなった我が子が傍に居るような感覚に襲われ、私の目には涙が溜まり始めました。<br /><br /> 「パパも今、お前の傍に行くからな!」<br /><br /> 誰も居ない車、1人狂ったように叫びました。ハンドルを強く握り、右足でアクセルを力強く踏み込もうとした時です。<br /><br /> 「お父さん、駄目」<br /><br /> また幻聴が聞こえます。私はゆっくりとバックミラーを覗きました。亡くなった我が子の姿がうっすらと見えているようにも思えました。しかし後ろを振り向くと子供の姿はありません。<br /> 後部座席の後ろの窓から見える光景。それは綺麗な緑の山に囲まれた道路がずっと続いています。家族で見る光景であれば、とてもドライブには最適な場所かもしれません。<br /><br /> 悲しみに暮れてばかりもいられません。前を向くとそろそろトンネルの中に入ろうとしていました。トンネルの先を見ると距離が短い為、トンネルの出口の付近が見えます。<br /> トンネル出口付近で霧が発生していました。空を見れば青く雲1つない天気です。こんな天気の良い日に霧が出る訳ありません。<br /><br /> 「霧の向こうには何があるのだろう?」<br /><br /> 晴れた天気の霧、その向こうに興味を示し、私はアクセルを踏み込みました。<br /> トンネルに入るとエンジン音が「フウォーーーン」と共鳴しました。こんな身近なトンネルで音が共鳴するのも不思議な話です。まるでトンネルが長く続いている感じもします。<br /><br /> 「あなた、これから独りで頑張るのよ」<br /><br /> 今! 今! 妻の声が!<br /><br /> また幻聴に襲われたのかもしれない。でも、確かに妻の声がしたのです!<br /><br /> 居る筈もない妻の姿を探して、助手席、後部座席、そして前方を向くと。<br /><br /><br /> 私は・・・霧の中に入っていた・・・。<br /><br /><br /> アスファルトを走っていた筈なのに、突然、砂の上を走っている感覚に変わった。<br /> 180Kmのスピードで突然砂の上を走ったら?<br /><br /> 滑る!<br /><br /> 俺の運転する車の前輪のタイヤが砂の高低差のある所でハンドルが取られ車体が横滑りしだした。ハンドルから感じる砂の抵抗は砂の重さを感じる。恐らく砂は濡れているか湿っている。横滑りする車のタイヤで円を描くように砂を大きく削って、次の瞬間車体が真っ直ぐになり前に進んだ。そして鈍い水の音を発してボンネットが水に浸った。<br /><br /> 俺は何をしてるんだ?<br /><br /> 水がマフラーから侵入してエンジンが止まったのでドアを開けて車の外に出た。車から降りると足が水の中に浸かった。正面を見ると海が遠くの方迄続いている。そして今自分が砂浜に居る事に気付いた。<br /> そうか! 俺は本州から明石大橋を渡って淡路島に入っていたんだ。お金がもったいないから高速を下りて、鳴門大橋迄は一般道を走ろうとしていた。それが鳴門大橋を渡るのに高速に戻らずに走り続けてしまったのか。その間に俺は居眠ったのか・・・。<br /> 来年俺も卒業して社会人になる。それなのに一瞬の間に長い夢を見ていた。何故、結婚もした事もない俺が、家族を失う夢など見たんだ? そんな細かい事も次第にどうでもよくなり忘れ去ろうとしている。<br /><br /> 「あ~、俺のボロ車・・・、どうする?・・・。仕方ないか・・・、どうせ貰った車だし・・・」<br /><br /> 海を背に向け砂浜のタイヤの跡を辿って、俺は歩き始めた。それにしても、俺はいつから居眠りなんてしたのだろう?<br /> 淡路島をひたすら走ってきた最中に見た霧。あの「霧の向こう」には何があったんだろう?<br /><br />< 完 >滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-56165146792027893202008-07-18T17:42:00.006+09:002008-07-19T01:32:34.195+09:00最終話:歪んだ想い「この間は、ご迷惑をお掛けしました」<br /><br />店の奥で亮はマスターに頭を下げていた。<br /><br />「あぁ、俺も酔って殴ったからな。俺も悪いわ。すまん、亮」<br /><br />椅子に座りながら、マスターが亮に対して頭を下げた。<br /><br />「じゃあ、これで俺は失礼します」<br /><br />再度、頭を軽く下げて、亮は店の裏の扉から店を出た。<br /><br /><br />店の外には、亮が用事を終わらせるのを待っていた将太が居た。<br /><br />「これで納得できたか?」<br /><br />少し心配そうな顔をしている将太が言った。<br /><br />「はい、これで思い残す事はありません」<br /><br />「そっか・・・、じゃあ行こうか」<br /><br />将太を前に2人は歩き出した。<br /><br />「本当に田舎に帰るのか?」<br /><br />「はい」<br /><br />「そうか・・・」<br /><br />そのまま黙って2人は歩き続けた。<br /><br /><br />大きな通りの100円パークに亮の車が見えた頃、再び、将太が口を開いた。<br /><br />「お前、お酒を造るのが本当に上手かったぞ」<br /><br />「・・・」<br /><br />無愛想な亮の態度に将太も話を続けたくない気持ちもあったが、<br /><br />亮が居なくなる事を考えると寂しいとも思えた。<br /><br /><br />今朝、将太の彼女の家で目を覚ました亮は、そのまま将太の彼女に朝ごはんをご馳走して貰っていた。<br /><br />朝から将太の彼女は亮の為に白ご飯を炊いて、味噌汁、出し巻き卵、焼き魚を出してくれた。<br /><br />(久し振りの味噌汁だな)<br /><br />お箸を右手の指に引っ掛けたまま、亮は味噌汁を飲んでいた。<br /><br />「まだ、ご飯のお替りはあるからな」と将太が言った。<br /><br />亮は何の返答せずに味噌汁を飲んだまま少しだけ頷いた。<br /><br />「亮ちゃん、病院へ行っておいた方が良くない?」<br /><br />将太の彼女が亮の怪我を心配した。<br /><br />しかし、それでも亮は目を閉じながら味噌汁を飲み続けている。<br /><br />最後は天井の方に顔を向けて、一気に味噌汁を飲み干した。<br /><br />「久し振りの味噌汁で美味しかったです」<br /><br />将太と将太の彼女は無愛想な亮に少し呆れていたが、<br /><br />その一言で、互いの顔を見合わせて少し笑った。<br /><br />「亮、今日は店を休め。俺からマスターに言っておくから」<br /><br />「いえ、それはいいです。今日、徳島に帰ります」<br /><br />「えっ!」<br /><br />将太の茶碗を持った手がテーブルに置かれた。<br /><br />「もしかして、実家に帰るって事か?」<br /><br />「はい」<br /><br />将太は自分の彼女の顔を見て不思議な表情をして、<br /><br />亮の気持ちが理解不可能である事を示した。<br /><br /><br />次に亮は焼き魚をお箸で突いて、白身を取り出して食べだした。<br /><br />「俺のお酒造りは、将太さんから見て上手でしたか?」<br /><br />亮はお箸でご飯を掴みながら、それを口の方へ移動した。<br /><br />「お前は無愛想でさ、他の連中にも嫌われていたけど、<br /><br /><br /><br />まあ、マスターを含めても店で1番酒を上手かっただろうな」<br /><br />亮のお箸が少し震えているのか、お箸の先が亮の歯に当たった。<br /><br />「ありがとうございます」<br /><br />「なぁ亮、今日は家に帰ってさ、ゆっくり休めってさ」<br /><br />面倒見の良い将太は、亮に対する心配が頭から離れず「今日は休め」と連呼した。<br /><br />「将太さん、本当に感謝してます」<br /><br />大阪に出てからの亮の食事と言うのは、基本的にコンビニの弁当か外食だった。<br /><br />時々霧子が作る料理もあったのだが、人の温もりの感じる食事は、その時ぐらいだった。<br /><br />今、亮が口にする物は、何処でも食べられる旨みの感じない物かもしれないが、<br /><br />人の温もりを伝わせられるのに充分な食事だと知った。<br /><br /><br />将太と別れてから亮はマンションに帰った。<br /><br />マンションに着いて扉を開けると目に入ったのは電話だった。<br /><br />留守番電話のランプが点灯していたので亮は靴を脱いで電話の傍に近付いた。<br /><br />「ごめんな・・・」<br /><br />ゆっくりと消去ボタンの方へ指を運び、静かにボタンを押下した。<br /><br />「ピーッ」<br /><br />部屋の中で電子音が鳴り、それと同時に亮は首がうな垂れた。<br /><br />「仕事も片付いたし、後はプライベートだな」<br /><br />顔を上げた瞬間、そこには以前の隙のない厳しい表情の亮は居なくなっていた。<br /><br />時刻は夕方の6時を過ぎると亮の部屋は綺麗に片付いていた。<br /><br />ベッドのマットの上に荷物が集められ梱包されている。<br /><br />そして引越し業者に電話を掛けた。<br /><br />「じゃあ鍵は管理人に渡しておきますので、その日に荷物の引越しをお願いします」<br /><br />話が終わり携帯電話を切ると亮は手提げ鞄を掴んだ。<br /><br />部屋を見渡すと外の明かりがオレンジ色に照らしてる。<br /><br />「荷物がなくなると、俺の狭い部屋もこんなに広いんだな」<br /><br />亮のポケットの中で揺れ始める携帯電話。<br /><br />その携帯電話を取り出して自分の足元に放り出した。<br /><br />地面に落ちた携帯の上から右足で踏みつけて、亮は携帯を粉砕した。<br /><br />「は~、また片づけかしないといけないぞ・・・」<br /><br />壊れた携帯を拾い、それを部屋に隅に置いてある大きなゴミ袋に放り込んだ。<br /><br />静かに玄関に向い扉を開けると陽が沈みだしている。<br /><br />「寂しいものだな・・・」<br /><br />靴を履き玄関から外に出るとゆっくりと扉が閉まり、亮の歩く足音が響いた。<br /><br />(これで俺も大阪をお別れだな)<br /><br />寂しい気持ちを抱きながら、亮は住んでいた場所を去った。<br /><br /><br />陽が沈み暗い部屋で1人で過ごす女性が居た。<br /><br />電話の傍で座り込み、その視線は目の前の壁に集中していた。<br /><br />時々電話が鳴り出すが、その女性が受話器を上げた瞬間、電話は切れる。<br /><br />ナンバーディスプレイで電話を掛けた相手を確認しても、残されているのは『非通知』と言う3文字。<br /><br />向井からなのか? それとも亮からなのか?<br /><br />そう、この暗い部屋で過ごす女性は、亮の電話を待つ霧子だった。<br /><br /><br />亮が霧子に連絡を取らなくなってから2週間は経っている。<br /><br />連絡が取れなくなって2日目から、霧子は仕事に出なくなっていた。<br /><br />無断欠勤。<br /><br />霧子は部屋の中で、ずっと亮の電話を待っていた。<br /><br />テレビを付けた状態にして何も食べる事なく飲み物だけで過ごしている。<br /><br />あれだけ周りから綺麗だと言われていた霧子も、<br /><br /><br /><br />頬はこけ、目の下は薄黒く、目は真っ赤になっていた。<br /><br />まともな食事を摂らない霧子は、既に人間極限状態を超えて、いつ入院してもおかしくないぐらい痩せ細っている。<br /><br />腕や足については骨が浮き出して見えるが、着ている服からも背中と脇腹の骨が浮き出しているのが分かる。<br /><br />霧子の座る傍には、空いているペットボトルもあれば、空いたワインのボトルさえもある。<br /><br />所々、その飲み物の零れた後が薄い染みとなっていた。<br /><br />占い師の話を聞いて、霧子も亮の気持ちを確認したかった。<br /><br />しかし、それを聞く前に亮は霧子の前に現れる事がなくなっている。<br /><br />本当の向井の気持ちも分からず、自分の置かれる状況に疑問を抱えた霧子は真実を知る亮を待っていた。<br /><br />それも今となっては霧子の精神状態も崩壊している。<br /><br /><br />静かにすれば霧子の耳に電話の音が鳴る幻聴さえも聞こえた。<br /><br />トイレに行っても幻聴が聞こえ、霧子を電話口の前から離れさせない。<br /><br />携帯電話の充電器さえも、電話の傍に置いて常に電話の取れる状態を作っている。<br /><br /><br />1時間後、霧子のマンションのインターホンの音が鳴りだした。<br /><br />久し振りに聞くインターホンに霧子の精神は、いつもの状態を取り戻す。<br /><br />「はい!」<br /><br />誰かに呼ばれた。<br /><br />そんな風に感じて自然と返事をする霧子。<br /><br />そして次に取った行動は慌てて立ち上がりインターホンを取った。<br /><br />「はい!」<br /><br />インターホンの向こう、1人の男性が小声で何かを言った。<br /><br />「霧子、悪いが、少しだけ外に出て貰えないか?」<br /><br />その声が亮の声だと霧子は気付く。<br /><br />そして「えっ! 私の家には入ってくれないの!!」 と叫んだ。<br /><br />亮が家に入ってくれない事を霧子は自分を否定されたかのように受け止めている。<br /><br />「いや・・・、そうじゃなくて、少しだけ顔を合わせて話がしたいんだ」<br /><br />「だったら、家の中に入ってからでいいじゃない!!」<br /><br />霧子は感極まって大きな声を上げた。<br /><br />「分かった・・・。じゃあ少しだけ上がらせて貰うよ」<br /><br />インターホンを切ると、慌てて霧子は部屋の中のゴミを一箇所に集めだした。<br /><br />「駄目、こんな部屋では亮に嫌われる。早くしないと・・・」<br /><br />何かに追い立てられるように霧子は慌しく動いた。<br /><br /><br />亮が霧子の部屋の扉の前に立つと、少し懐かしい感じがした。<br /><br />「ここともお別れだな」<br /><br />思い切って扉のノブを回し、扉を開けると静かに亮を待つ雰囲気が出来上がっている。<br /><br />(電気も点けずに何をしてるんだ?)<br /><br />亮は廊下を抜けてリビングのドアを開けると、ジャージ姿の霧子が笑顔で立っていた。<br /><br />「ごめん、亮。少し散らかっているけど、テーブルの椅子に座って!」<br /><br />霧子の機嫌が凄く良く、いつもの雰囲気が作り上げられている。<br /><br />だが亮の目に映る霧子は、病人のようにやせ細っていた。<br /><br />(あれだけ電話を掛けてきた割には、冷静そうだな)<br /><br />亮が椅子に座ると、霧子はコーヒーを淹れる為、キッチンでお湯を沸かし始めた。<br /><br />その瞬間、亮の後にある電話が鳴り出した。<br /><br />(まだ向井から電話が入ってくるのか・・・)<br /><br />亮が霧子の方を見ると、霧子は電話を一切気にせず笑顔でお湯が沸くのを待っている。<br /><br />「霧子、電話が掛かってるぞ」<br /><br />亮が話しかけても霧子は反応しない。<br /><br />「霧子!」<br /><br />自分の声に反応しない霧子に対して、少し苛立ちを感じた亮は大きな声で霧子を呼んだ。<br /><br />その瞬間、霧子の表情は笑顔から怒りの表情へと変わって行った。<br /><br />「その電話に出たら、私の前からあなたは居なくなる!」<br /><br />突然、霧子が叫び、亮の中で緊迫感が走った。<br /><br />(いきなり、どうしたんだ?)<br /><br />身の危険を感じる程の霧子の変わりように、亮は部屋を急いで見渡し状況を判断した。<br /><br />(今迄と違う・・・)<br /><br />以前であれば霧子の部屋では、花の香りがしていた。<br /><br />それが、どこか生臭い感じもする。<br /><br />リビングの床にも所々何か零れた後が残り、ソファーにもお菓子のカスのような物が落ちていた。<br /><br />(部屋の様子も違うぞ)<br /><br />亮は椅子から立ち上がり、リビングのドアの前へ歩き始めた。<br /><br />「何処に行くの!!」<br /><br />「あぁ、車が気になるから見に行くだけだよ」<br /><br />今の自分の置かれる状況から、亮は少しでも外に近い方に位置移動したかった。<br /><br />「今、コーヒー淹れてるから、ちゃんと椅子に座って!!」<br /><br />また霧子の感情が高ぶったのか少し怒鳴った。<br /><br />丁度、亮の立つ位置からキッチンの中が見え、霧子が足元から包丁を取り出すのが見えた。<br /><br />(まずい! 霧子の奴、俺を殺す気じゃないか!)<br /><br />亮の中で更に緊迫感が高まり、それでもゆっくりとテーブルの椅子に戻って行った。<br /><br /><br />霧子がお盆にコーヒーカップを乗せてテーブルに近付いた。<br /><br />その様子を亮は見る事すら出来ない状態に陥っている。<br /><br />(霧子は何か持ってないのか?)<br /><br />亮の前にコーヒーを置き、霧子は亮の迎え合わせになる位置に座った。<br /><br />「どうして私の電話に出てくれなかったの?」<br /><br />「すまない・・・」<br /><br />「電話に出れなくても掛け直す事ぐらい出来たんじゃないの?」<br /><br />「すまない・・・」<br /><br />亮はテーブルを向くように下を向いている。<br /><br />その様子に霧子は苛立ちを感じていた。<br /><br />「謝って欲しい訳じゃない! ちゃんと私の方を向いて!!」<br /><br />「すまない・・・」<br /><br />三度に渡る同じ言葉、霧子は怒りの感情が表に出た。<br /><br />「それでは、まるで私が捨てられるみたいじゃない!!」<br /><br />「・・・」<br /><br />「こっちを向いてよ!!」<br /><br />ゆっくりと亮が顔を上げると霧子は自分のコーヒーを亮の顔にめがけて掛けた。<br /><br />「アチーッ!」<br /><br />火傷するような熱さを感じた亮は慌てて椅子から立ち上がり、顔に掛かったコーヒーを手の平で払った。<br /><br />「何するんだ!」<br /><br />さすがの亮も霧子に対して怒りを表に出した。<br /><br />「何を怒ってるの?」<br /><br />「見て分からないのか? 俺は顔を怪我をしてるんだぞ」<br /><br />「だから何なの?」<br /><br />亮は顔に貼っていた湿布を急いで剥がした。<br /><br />剥がした湿布を無造作に放り投げて、亮は自分のポケットからハンカチを取り出して顔を拭いた。<br /><br />(こいつ、尋常じゃない・・・)<br /><br />霧子から目から視線を外すと、次の霧子の行動が読めない。<br /><br />霧子の目は、まるで亮の後を見ているぐらい何か見通すような目をしている。<br /><br />(俺の方が出口に近い、今しかないぞ)<br /><br />そう思った亮は、リビングのドアの方を振り向いて急いでリビングから出ようとした。<br /><br />それに反応した霧子は、突然、テーブルを勢い良く押して立ち上がり、亮の方に向って来た。<br /><br />亮の右手はドアのノブを回した瞬間、いきなり後から霧子に蹴られた。<br /><br />「痛!」<br /><br />さして痛みが伴う訳でもないが、ここは痛い振りをして霧子に痛い思いをしていると知らせようとした。<br /><br />しかし、「何が痛いのよ! 私の方が、あなたより、もっと痛い目に遭ってるのよ!!」と更に怒り出した。<br /><br />「待て!」と言って亮は霧子の手を抑えると、今度は亮の足を蹴ろうとする。<br /><br />今の状況をどうにも出来ないと思うと、亮は右の平手で霧子の頬を叩いた。<br /><br />大きな音と共に霧子は後に倒れ掛かるが、そこは亮の手を掴み転倒するのを防いだ。<br /><br />亮は掴まれた別の手で霧子の腕を引っ張った。<br /><br />体制が整うと霧子はキッチンの中に入り、シンクの上に置いてある包丁を取った。<br /><br />(まずい!)<br /><br />慌ててドアのノブを掴んだが、次の瞬間、霧子は亮の後で両手で包丁を構えた。<br /><br />ドアが開いているが、ここで動けば背中を突かれるかもしれない。<br /><br />そう思うと、亮は息を潜め頭の中で色んな事を考えた。<br /><br />(このままだと動く事もできない・・・)<br /><br />「刺すなら、刺してもいいが、霧子はそれで良いのか?」<br /><br />一瞬の事だった、亮が言葉を放った時、体を反転させて霧子の方を見た。<br /><br />「私の事をバカにして、あなたなんて死ねばいいのよ!」<br /><br />「俺は霧子を馬鹿にしてはないぞ」<br /><br />霧子の包丁を持つ手は明らかに震えていた。<br /><br />(いける、これなら大丈夫だ)<br /><br />「もう、いい加減にしろ。これ以上、面倒な事に関わりたくない!」<br /><br />そう言った瞬間、霧子の持つ包丁が空を切った。<br /><br />空を切った後、包丁は壁に当たり、亮は霧子の包丁を持つ手を掴んだ。<br /><br />「馬鹿な事はやめろ!」<br /><br />亮は叫びながら包丁を持つ霧子の手を壁に打ちつけた。<br /><br />その痛みに耐え切れず、霧子が包丁を落とした瞬間、亮の手から自分の腕を引き離し、亮の頬を叩いた。<br /><br />霧子の背筋が丸くなり、まだ腹の内に怒りを抑えている様子が伺える。<br /><br />(もう何を話しても駄目だ。これは逃げるしかない)<br /><br />亮は玄関に向って急いで走った。<br /><br />その後から霧子も亮を追って走ってくる。<br /><br />亮が玄関の扉のノブを掴んだ時、霧子が亮の手を掴みノブから手を引き離そうとする。<br /><br />「何を逃げてるのーっ!!!!」<br /><br />狂気の沙汰とも受け止められる叫び声を上げて、霧子は亮の腕を引っ張った。<br /><br />(もう駄目だ。このままでは危険だ!)<br /><br />亮はノブから手を離した瞬間、霧子の方へ振り向き膝の内側を蹴った。<br /><br />男性の力で蹴られた霧子は、膝の内側から激痛が走り、その場に座り込んだ。<br /><br />それを見届ける事なく、亮は扉を開けて靴に慌てて足を入れた状態でエレベータに向った。<br /><br />亮がエレベータの前に行くと、エレベータは2台共上の階へ移動している。<br /><br />(まずい、これでは霧子に追いつかれる!)<br /><br />慌てて左右を確認すると、右側の奥に非常階段のランプが付いていた。<br /><br />「あそこか!」<br /><br />エレベータに乗るのを諦めて亮は非常階段の方に走るが、霧子は追いかける様子がなかった。<br /><br />それでも亮は走り続け、非常階段すらも2段、3段と飛ばして階段を下りた。<br /><br />1階の非常階段の扉を開けて、一気にエントランスホールを抜ける亮の姿に、通りがかりの人は何事かと見ていた。<br /><br /><br />車に乗ると後から追いかける霧子の姿がないのを確認すると、亮は汗が一気に噴出し息も切れた。<br /><br />「ハァ、ハァ、ハァ・・・、早く、この場から逃げないと・・・」<br /><br />しかし、エンジンを掛けると前から霧子がハンドバッグを持って向ってきた。<br /><br />「え・・・、やばい!」<br /><br />車の前で霧子が両手を広げて、発信できないように防いだ。<br /><br />(どうするんだ? こんな事で人を跳ねるなんて考えられんぞ)<br /><br />亮は左手でバックギアに入れて、後を確認しながら車をバックさせた。<br /><br />車が下がり亮に逃げられると思った瞬間、霧子は狂気の沙汰に陥った。<br /><br />「ギャーーーッ!!!」<br /><br />大声を叫びながら霧子は持っているバッグを亮の車に投げつけた。<br /><br />手が空いたと同時に今度は亮の車を追いかけだした。<br /><br />投げつけられたバッグは、車のボンネットに見事に当たり鈍い音を立てた。<br /><br />その音に反応した亮は、車の前を向いた。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">霧子が俺の車を追いかけてくる。<br /><br />霧子の顔を見ると俺を睨みつけている。<br /><br />口から泡を吹き、目を真っ赤にして俺に向って走ってくる。<br /><br />これが俺が望んだ女だったのか・・・。<br /><br />俺の想いの変化から今度は霧子の想いも潰している。<br /><br />俺の頭の中では妄想が浮かび、ブレーキを踏んで車を停めていた。<br /><br />そして車から降りて、向かってくる霧子を強く抱きしめた。<br /><br />その瞬間、霧子の表情から狂気の様子がなくなり穏やかな表情に変わった。<br /><br />しかし、それは俺の妄想だ。<br /><br />現実の霧子は、口から泡を吹き、目を真っ赤にして、俺に襲い掛かる様子まである。<br /><br />霧子が哀れに見える。<br /><br />ここで車を停めたい気持ちも強まったが、もう俺は前の自分に戻りたくない・・・。<br /></span><br /><br />亮の右足に力が篭り、後に下がるスピードが増した瞬間、亮の車は交差点に入った。<br /><br />「あっ!」<br /><br />鉄の塊が簡単に歪み、重くとも軽くともない異音を放った。<br /><br />『ガシャッ!』<br /><br />一瞬の出来事だった。<br /><br />亮の車は左に滑り出し交差点の角に衝突した。<br /><br />その衝撃で軽く車が浮き、次の瞬間地上にタイヤが着く。<br /><br />前輪のサスペンションが衝撃を吸収しても、亮の車のガラスは全て地面や車内に落ちて行った。<br /><br /><br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">あの事故で俺は1ヶ月程、病院に入院した。<br /><br />事故の直後、僅かに覚えているのは、事故に遭った俺を見て薄ら笑いを浮かべる霧子だった。<br /><br />それも錯覚かもしれない。<br /><br />運転席側に車が衝突され俺の意識はなくなっている。<br /><br />結局、退院してから2ヶ月は大阪に残っていた。<br /><br />その間、霧子のマンションにも行っている。<br /><br />廊下から見える部屋のカーテンはなく、表に置いてある観葉植物もなかった。<br /><br />それがマンションから霧子が出て行った事を確信させている。<br /><br /><br />今でも忘れる事のできない出来事だ。<br /><br />俺の想いの変化によって引き起こした出来事で、人の想いを学ばされた。<br /><br />「りょう~!」<br /><br />昔の事を思い出していたら、遠くの方で俺の妻が呼んでいた。<br /><br />田舎臭い妻だが、俺にとっては本当に愛情を注げる相手だ。<br /><br />その妻が愛娘を抱きながら片手で大きく手を振っている。<br /><br />「やれやれ子供を落とすなよ」<br /><br />そう言って、俺は妻の所に向って走った。<br /><br /><br />俺の想いの変化は・・・、霧子を通じて、<br /><br />今も誰かを苦しませているかもしれない。<br /></span><br /><span style="color:#ff0000;"><br /></span><span style="color:#ff0000;"></span><span style="color:#ff0000;">終わり<br /></span><span style="color:#ff0000;"></span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-71595823433639126552008-07-12T03:01:00.003+09:002008-07-12T03:12:18.368+09:00第19話:思い遣り<span style="color:#ff0000;">この間の占い師の話で、俺は霧子を守る自信を失っていた。<br /><br />霧子には「俺が守る」と言ってはいるが、<br /><br />内心では、向井の想いの強さに俺は負けた気もしている。<br /></span><br /><br />夏場が近付き、亮の働く店の中もクーラーが良く効いている。<br /><br />激しく流れる洗い場の水、そこで亮は客の飲み干したグラスを次々に洗っていた。<br /><br />澄ました顔で仕事を続ける亮のポケットでは、携帯の着信ランプが光り続けていた。<br /><br />亮が洗い物をしている時、店のマスターは慌しく客のご機嫌を取りに店のホールを出たり入ったりしている。<br /><br />「亮! 洗い場が落ち着いたら、お前も店のホールに出てお客さんの相手をしろ!」<br /><br />「はい・・・」<br /><br />亮はバーテンが客のご機嫌を取りに店の中に出るのか? と疑問視していた。<br /><br />ポケットの着信ランプは誰の連絡かは亮は気付いている。<br /><br />占い師の所に行った後、亮は霧子を避けるようになっていた。<br /><br />その後、毎日、霧子から電話が入っていた。<br /><br />その電話に出るのも面倒に感じるようになってから、亮の携帯はサイレントモードで待ち受け状態にしている。<br /><br /><br />店のホールからマスターの大きな笑い声と一緒に自分を呼ぶ声が聞こえた。<br /><br />「ワハハハハ!! おい! 亮! 亮!」<br /><br />(本当に騒がしい店だな!!)<br /><br />亮の頭の中では、この店に対して嫌悪感が強くなっていた。<br /><br />今となっては霧子のマンションから近い店だと言うメリットがない為だ。<br /><br />「はい! すぐ行きます!!」<br /><br />傍に掛かっているタオルを取り、手を拭きながら亮は店のホールに出て行った。<br /><br />女性客とお酒を飲みながら大騒ぎしているマスターは、亮が近付いているのに気付き振り向いた。<br /><br />「亮! お前もお客さんに笑いを提供して楽しんで貰え!!」<br /><br />霧子に対する想いが少しずつ小さくなりだし、その反面、亮の中では再びお酒に対する拘りも強くなっていた。<br /><br />「マスター、少し宜しいですか?」<br /><br />「何だ、この忙しい時に!」<br /><br />亮に怒鳴るような声を出しているが、マスターの機嫌は良かった。<br /><br />亮の態度を気にする事なく、終始笑顔で客を話している。<br /><br />「ちょっと、お話が」<br /><br />店のマスターは客の顔を見渡しながら笑っている。<br /><br />「すいません、うちの若い奴が、どうやらヘマをやらかしかもしれませんので、少し席を空けさせて貰います」<br /><br />店のマスターは、ソファーからふらつきながら立ち上がり、亮の後をついて行った。<br /><br />亮は厨房に入って、更に奥の方へ向って行く。<br /><br />「おい亮、この忙しい時に何の話なんだ」<br /><br />マスターの前を歩く亮が突然、店のマスターの方に振り向いた。<br /><br />亮の様子が突如変わり、怒りの表情が現れた。<br /><br />マスターは「お前・・・、何や!!」と亮に威嚇するように声を発した。<br /><br />亮の豹変した様子に、マスターは自然と足が後に下がった。<br /><br />「おい、いい加減、真面目に酒を造れよ。お前のような奴でも、一応、看板背負って酒造りしてるんだろ。女の客を笑わせて喜ばせて、それがバーテンの仕事か? お前さ、何か勘違いしてないか? ここがホストクラブなら、俺もお前の言うように客を笑わすか、客を褒めちぎって喜ばしてやるよ。だけどよ、ここはバーなんだ。酒を味わって貰うのが本来の姿だろう? お前の店はさ単なるお喋りバーなんだよ!」<br /><br />亮の言い分にマスターは黙って聞いていたが、酒が入ると暴れん坊に変わる体質から、今の亮の話を素直に聞き入れる事はなかった。<br /><br />「おい! このクソガキ! 誰に向って口聞いてんだ!」<br /><br />亮と店のマスターの睨み合いが始まった。<br /><br />少し離れた場所で仕事をしていた見習いがマスターの怒鳴り声に気付いた。<br /><br />「2人共、何やってるんすか!」<br /><br />見習いはマスターを後から羽交い絞めにして、亮から引き離そうとした。<br /><br />「将太さん、こんな所で働いていて、楽しいっすか?」<br /><br />同じ場所で働く先輩に対して亮は真剣な質問をした。<br /><br />マスターを抑えながら、将太は亮を見つめた。<br /><br />「亮、お前のやっている事は、お前だけの意見なんだよ! ここはお前の店じゃないんだよ! マスターが幾ら悪い事しようが、不味い酒を造ろうが、見習いの俺達に文句を言われる筋合いはないんだよ! マスターの遣り方が気に入らないのだったら、喧嘩を売る前に、お前が店を辞めろ!」<br /><br />将太の言葉に亮は少し冷静になった。<br /><br />(そうだよな。文句あるなら辞めればいいんだよ。俺が熱くなった所で、別に店が変わる訳でもないしな・・・)<br /><br />将太のマスターを抑える腕の力が緩んだ瞬間、店のマスターは抑えられた腕を外し、亮に殴り掛かった。<br /><br />その振りかざされた拳が亮の頬に入り、亮は後に勢いよく倒れた。<br /><br />「おい、このクソガキ! どれだけお前が生意気な事言ってもよ。看板背負う事も出来ないだろ。オラ、このクソガキ、掛かって来い!!」<br /><br />ゆっくりと亮は立ち上がるが、店のマスターに対して怒りの感情は沸いてこなかった。<br /><br />慌てて将太が店のマスターを抑えようとしたが、今度は抑えようとした将太をマスターが殴りつけた。<br /><br />「マスター落ち着いてください! お願いします!」<br /><br />殴られても将太は必死でマスターを抑えようと頑張っていた。<br /><br />その様子を眺めていた亮は、前の店の事を思い出していた。<br /><br /><br />少し暗い雰囲気の店内に、眩い光を照らすスポットライト。<br /><br />そこにグラスが吊り下げられ、時間の許される限り乾いた布でグラスを拭くマスター。<br /><br />客が扉を開き入ってくると、その客の格好と表情から、どんな酒を欲するか想像する。<br /><br />そして客の注文を聞いてお酒を造るが、マスターは客の様子に合わせて混ぜるお酒の分量を変えていた。<br /><br />時にはレシピにないお酒を少し混ぜて、出きる限りお客の満足の行くお酒を作っていた。<br /><br />亮が初めて前の店に行ったのは、居酒屋のアルバイトで知り合って付き合った憐とだ。<br /><br />お酒の勉強をする亮の為に憐が予め探していた店だった。<br /><br />「亮、ここの店のマスターが凄い有名らしいよ!」<br /><br />「お前、ここって年配オヤジ達の店じゃないのか?」<br /><br />「バカやな~、そんな癖のあるオヤジを喜ばすマスターが凄いんや~」<br /><br />「誰が、この店をお前に勧めたんだ?」<br /><br />憐はにっこりと笑って「私が飲み歩いて探したんや」と言った。<br /><br />自分の彼女が自分の為に探してくれた店だと思うと、亮も迷わず店の扉を開けた。<br /><br /><br />店の中には亮の予想通り、40代以降の客が多い。<br /><br />「いらっしゃいませ」と初老の男性の低い声で招かれた。<br /><br />最近ではデジタルが主流の時代、今ではそんな言い方もされないだろう。<br /><br />その時代と逆行して、アナログの音楽機材から流れる音楽。<br /><br />年季の入った木目の造りに亮は魅了された。<br /><br />薄暗い店の中、カウンターの椅子に座るとテーブルには、くっきりと木目が見える。<br /><br />全てが拘りと言っても過言ではないだろう。<br /><br />お酒の種類も豊富ながら、他の店では見られない珍しいお酒迄置いてある。<br /><br />店のマスターが酒を造る時、眉間に皺が寄り、如何にも拘りオヤジに見えるが、その声が何より渋い。<br /><br />「俺も・・・、こんな店が持ちたい・・・」<br /><br />それが亮の口から出た言葉だった。<br /><br />亮の言葉に憐は笑みを零した。<br /><br />次の瞬間、憐は声を発した。<br /><br />「マスター!」<br /><br />注文かと思いバーテンの見習いの男性が憐の注文を受けようとした。<br /><br />「あっ、違う違う、そこの髭の生えたカッコいい方!」<br /><br />見習いの男性は、自分が呼ばれてないと分かると、静かな声でマスターを呼んだ。<br /><br />「はい」<br /><br />静かに響くマスターの声は、倍ほど年齢の離れている憐でも大人の男性の魅力を感じた。<br /><br />「ここにさ、将来、腕の良いと思えるバーテンの見習いを連れてきたんだけど、ここで雇って貰う事って出来ないの?」<br /><br />突然の事で店のマスターも驚いていた。<br /><br />「おい! 憐、恥ずかしいじゃないか!」<br /><br />憐の話に驚いた亮は、慌てて憐の口に手を当てて話続けるのを防いだ。<br /><br />「ん~、だ・・・て、ん~」<br /><br />亮の手で抑えられた憐は、亮の手を外そうもがいていた。<br /><br />「すいません、この子、少し頭悪くて、どうか許してやって下さい」<br /><br />2人の様子を見ていた見習いは笑い出したが、店のマスターは真剣な眼差しで2人を見た。<br /><br />「君は、どこかでバーテンの見習いでもしてるのか?」<br /><br />「え・・・」<br /><br />店のマスターに話しかけられ憐を抑えていた手が口から離れた。<br /><br />「いえ、居酒屋とホストクラブでしか働いた経験しかありません。恥ずかしい話、酒造りは家で独学で勉強しています」<br /><br />亮の話にバーテンの見習いは苦笑いしているが、店のマスターは腕を組み真剣に考えていた。<br /><br />「うちの店は悪いが、他の店と違い相当厳しいが、それでも、うちの店で働きたいか?」<br /><br />「え・・・」<br /><br />店のマスターの話に亮は驚いて、喜びに打ち震えている。<br /><br />「はい!!」<br /><br />2人の会話に亮を連れてきた憐ですら驚いている。<br /><br />それが前の店で働くきっかけだった。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">あの日、憐が俺の為に店を探してくれていなければ、俺はマスターと出会う事さえなかったんだ・・・。<br /><br />マスターに不義理を働いた事も罪悪感を持たされるが、何より、俺の為に動いてくれた憐に申し訳ない気持ちが浮かんだ。<br /><br /></span><br />目の前で将太が必死で店のマスターを抑えようとしていた。<br /><br />「おい! 亮! もう、お前は店から出てろ!!」<br /><br />既に将太はマスターに殴られて、顔に痣が出来て頬は腫れあがっている。<br /><br />その様子を見た亮は、それでもその場を離れない。<br /><br /><br />前の店に向井が週に2、3日来ていた頃、亮はマスターに毎日のように怒られていた。<br /><br />亮も内心では我慢できずに怒りが抑えきれないと思わされる時期もあった。<br /><br />「亮! お前の造るお酒は、ただシェイカーを振ってるだけだろ! こんなものお客さんに出すな! お前はグラスでも洗ってろ!!」<br /><br />普段は物静かなマスターだが、1度怒り出すと鬼のような形相に変わる為、物凄い恐さを発揮する。<br /><br />しかし亮も若い為、そのマスターに対して反抗の気持ちを持つ事もあった。<br /><br />マスターに怒鳴られては、家で練習する。<br /><br />そして次の日、もう1度同じ事に挑戦する。<br /><br />そんな様子に常連客の向井は、亮に対して感心させられていた。<br /><br />ある日、亮が大きな氷を割る為、アイスピックを氷に突き刺した瞬間、氷が2つに割れて床に落ちた。<br /><br />「亮! 氷を割るのを失敗するとは、お前、何をしてる!!」<br /><br />「すいません!!」<br /><br />店のマスターに怒鳴られ、すぐに謝ったが、マスターの怒りは静まらない。<br /><br />亮を手で押して店の奥に追いやり、亮の手を平手で叩いた。<br /><br />「酒造りを目指している奴が、氷も割れんとは毎日店で何をしてる!! もう、お前みたいな奴は、この店で不要だ! 家に帰れ!!」<br /><br />その様子をカウンターに座る向井が聞き耳を立てていた。<br /><br />向井はマスターの様子を見て苦笑いした。<br /><br />「マスター、それじゃ~、亮ちゃんが可哀想だよ~」<br /><br />「お前は黙ってろ!!」<br /><br />「あ~、マスター、そんな口を客に叩いていいの~」<br /><br />「何だと!!」<br /><br />「マスター落ち着いてくださいよ、亮ちゃん、いい腕してませんか?」<br /><br />「どこがや!」<br /><br />2人の会話は漫才のように繰り返され、気が付けば向井の思惑通り話が進んでいる。<br /><br />「まったく、お前の口だけは良く回る口だ」<br /><br />「いやいや~、マスターが見習いに厳しくし過ぎるんですよ。今時、暴力を振るうような、お店がありますか~♪」<br /><br />「向井~、お前は、人の悪い所を突いておもしろいか!!」<br /><br />「アハハ、ごめんマスター! でも、そのぐらいにしておかないと、幾ら亮ちゃんが根性あるからと言って辞めてしまうぞ!!」<br /><br />「分かった、もうお前に免じて、今日は亮を許す!!」<br /><br />亮の失敗も向井のおかげで、何度も許して貰っていた。<br /><br />その時は亮の中でお節介な奴だと思う気持ちも強かったのだが、今、亮の中で向井の思い遣りに気付きだした。<br /><br />(向井さん・・・、ごめん、俺のした事は・・・)<br /><br /><br />亮が昔の事を思い出している時、また店のマスターが拳を振り上げて亮を殴りつけた。<br /><br />もう亮は無抵抗な状態だ。<br /><br />亮の鼻にマスターの手の甲が当たり、その痛みに負けて亮が後に下がると、躓いて頭から後に倒れた。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺・・・、こんな所で何をやってんだろう?<br /><br />何の為に大阪に出てきたんだ?<br /><br />ただ、いい女が欲しくて大阪に出てきたのか?<br /><br />確かに大阪の夜の街は、誘惑が多い。<br /><br />しかし、そんなもの年を食えば何も感じなくなる。<br /><br />そう考えて、1つの事に拘りを持って行こうと考えたのがバーのマスターだったのじゃないのか?<br /><br />何をしてるんだろ? 俺・・・。<br /></span><br /><br />目を覚ますと、そこに将太の顔が見えた。<br /><br />「将太さん、俺、寝てたのですか? ここ、何処なんですか?」<br /><br />「あ、俺の彼女の家だよ。お前、マスターに殴られて床に倒れただろ。脳震盪起こしてさ、そのままここに連れてきたんだ」<br /><br />「そうだったんですか・・・」<br /><br />亮は上半身を起こして、部屋の様子を見渡した。<br /><br />「俺、居てて良かったんですか?」<br /><br />「良くも悪くもないだろ。あれ以上、店で殴りあいでもされたら客が皆逃げるぞ。それに酒癖の悪いマスターは、お前も良く知っているだろ」<br /><br />「そうだったんだ・・・。将太さん、すいませんでした・・・」<br /><br />亮が素直に謝る姿勢に将太は驚いていた。<br /><br />「亮、今日は泊まっていけ。明日の朝、帰ればいいさ」<br /><br />将太の行為に甘えて、亮は将太の彼女の家に泊まった。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺は・・・、向井さんが彼女をほったらかしにしたから、この人にはもったいないと思ったんだ。<br /><br />1人にされる女の人の事を最初に考えただけなんだ。<br /><br />綺麗だとか、お金を持っているだとかは、後付の理由なんだ・・・。<br /><br />その日の夜、俺は1人で自分に言い訳をしていた。<br /><br />次の日の朝、俺は覚悟を決めて、今の状況を全て片付ける事にした。<br /></span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-53684497798574538982008-07-05T02:28:00.002+09:002008-07-05T02:29:58.987+09:00第18話:疑心暗鬼<span style="color:#ff0000;">占い師は俺達3人を石に置き換えて、俺達の考えと行動を説明しだした。<br /><br />その真意を知る俺は、占い師が言う事に驚愕した。</span><br /><span style="color:#ff0000;"><br /></span><br />占い師は3つの石を2人の前に置いて3人の関係を示した。<br /><br />「この透明な石は、今の赤と青の関係について一切知りません」<br /><br />「それは当然です。何故、別れた後に相手の人間関係を知る必要があるのですか?」<br /><br />霧子が占い師に放つ言葉は、まるで向井に対しての感情そのものだった。<br /><br />「奥田さん、これは例え話として受け止めてくださいね」<br /><br />占い師は笑みを見せて霧子を落ち着かそうとした。<br /><br />「透明の石は、青の石と離れた事実を未だ受け止めれません。<br /><br />今も青の石の様子を伺いたくて、形を変えてあなたの前に現れる事もあるのでしょう」<br /><br />「形を変えてって、どう言う意味ですか?」<br /><br />霧子は占い師の話を聞くに堪えず、苛立ちの感情を見せた。<br /><br />その様子を見かねて、亮は小声で「霧子!」と声をかけた。<br /><br />「ごめん・・・、亮・・・」<br /><br />心配する亮の様子に霧子は落ち着こうとした。<br /><br />「いいんだ。占い師の先生は霧子を責めてるんじゃない。<br /><br />それに、これは占いなんだ。どう受け止めようと俺達の自由なんだ」<br /><br />既に亮は真実から目を背けようとしている。<br /><br />その逆に霧子は占い師の言葉を真っ向から受け止めて、占い師の話に怒りの感情すら隠せない。<br /><br />霧子は自分を落ち着かせようと、少し目を瞑り軽く息を吸った。<br /><br />「すいません、どうしても先生の言う事が本当のようで・・・」<br /><br />霧子は占い師に頭を下げた。<br /><br />「奥田さん、私の言う事なんて口八丁。<br /><br />こんな時間に来て頂いて、こんな事言うのも悪いのですが、<br /><br />自分達の行動次第で、先の事なんて幾らでも変わります。<br /><br />この話は過去の出来事として話しています。<br /><br />本当の占いとは違います。<br /><br />ただ先の事を考える題材として、話を聞いて下さい」<br /><br /><br />再び占い師は説明を始めた。<br /><br />「この透明の石の方は、今、自分の気持ちを閉じています。<br /><br />しかし青の石に対しての想いが強く残り、強い念がでています」<br /><br />「その念が強いとと、どうなるのですか?」<br /><br />霧子の頭には念と言うのは、執念ではないかと思え気味悪がった。<br /><br />「良く聞かれる事なのですが、死んだ人の念が残り幽霊になって現れると言いますね。<br /><br />それと同じ事で、生きている人からも念が現れる事もあります」<br /><br />「生きている人からも霊が出るって言う事ですか?」<br /><br />「はい、強い念であれば、はっきりと姿を確認できる場合もあります」<br /><br />「私は、その念のせいで嫌な目に遭っているのですか?」<br /><br />「それは分かりません。ある程度強い念を感じる以上、当分続くとは思います。<br /><br />生きている人の念と言うのは、1度放たれると本人の意志とは関係なく現れますので」<br /><br />「じゃあ、私がこれだけ困っていても相手は何も知らないと言うのですか!」<br /><br />「はい、本人の意志とは無関係です。透明の石は青の石を心配してるだけです」<br /><br />2人の会話を聞いていた亮が突然、大きな声で笑った。<br /><br />霧子は突然の出来事で、亮がおかしくなったのでは?と思わされた。<br /><br />「どうしたの、亮?」<br /><br />霧子が亮の方を向くと、亮の表情は笑い顔から真剣な表情に変わった。<br /><br />「悪いが、そんな話、誰が信用する?」<br /><br />「私は、あくまで1例を申し上げただけです。それを信じるかどうかは2人の自由です」<br /><br />「その話が本当だとしても、何故、彼女を恐がらせる必要がある?」<br /><br />「別に恐がらせてなんていません。霊の存在云々より、人の想いを無視した行動に問題があるのです。<br /><br />人の想いを無視した行動は、後々罰が下るのが基本的な流れなのです」<br /><br />その言葉に今度は亮が冷静さを掻いた。<br /><br />「仮に俺が人の想いを忘れていると言うなら、ここに大切な存在である霧子を連れて来るか?」<br /><br />「亮・・・」<br /><br />亮の発言に占い師を目を瞑り黙って聞いていた。<br /><br />「押し問答をするつもりはありません。では質問させて下さい。<br /><br />香川さん、あなたは前の店で不義理を起こしてますよね。<br /><br />そして1人の人の気持ちを自分に向かせる為に誰を苦しませましたか?」<br /><br />占い師の質問に亮は答える事が出来ず、突然立ち上がり全身が震えていた。<br /><br />「亮? 大丈夫? もう帰ろう・・・」<br /><br />亮の事を心配した霧子は、亮の腕を掴みながら訴えた。<br /><br />「・・・霧子、悪い、少し席を外してくれないか?」<br /><br />「え・・・、でも」<br /><br />隣に居る亮は、霧子の知る亮ではなかった。<br /><br />眉間に皺が寄り、占い師に対して怒りを抑えているようにも見える。<br /><br />「分かった・・・」<br /><br />その場を静かに立ち上がり、霧子は玄関の方に向かって行った。<br /><br />霧子が玄関の扉から外に出てから、亮は腰をおろした。<br /><br />「香川さん、私の話は図星ですよね? 今、霧子さんの傍に居るのは間違いなく前の彼氏でしょう」<br /><br />「霧子も気持ちの悪い夢ばかり見ているから、そうなのかもしれない」<br /><br />「前の彼氏の方は、あなたに騙された事も知りません。<br /><br />一応、あなたの事は疑っていました。<br /><br />そこは、以前、あなたが1番お世話になったマスターがあなたを守っています。<br /><br />あなた自身、どれだけ不義理をしているのか分かりますか?」<br /><br />「それは分かっている。だからこそお酒造りの情熱も捨てたんだ。霧子さえ手に入れば、俺は何も欲しがろうとは思わない」<br /><br />「あなたの強い想いは、元々、お酒造りにあったのでしょう。<br /><br />お酒造りに対して数々の努力をしたからこそ、お世話になったマスターからも認められたのです。<br /><br />その気持ちを無視して、自分の立場が変わったからと言って、想いの変化を起こしてどうするのですか?」<br /><br />「だったら、俺にどうしろと言うんだ」<br /><br />占い師の表情が変わり、亮に笑みを見せた。<br /><br />「私には、今のあなたが霧子さんを守れるとは思えません。<br /><br />ですが、お酒造りの情熱と同じぐらいの気持ちで霧子さんを愛せるなら、<br /><br />これからも霧子さんを守れるでしょう」<br /><br />「じゃあ俺が霧子と一緒に居る事は悪い事でもないのか?」<br /><br />「悪いも何も、悪い事をしてでも付き合いたかったのは、あなたなのでしょう。<br /><br />だったら、これからも責任持って愛していけばいいんじゃないですか?」<br /><br />その言葉に亮は救われる気持ちがした。<br /><br />「すいません・・・、少し熱くなりすぎました」<br /><br />亮は占い師に頭を下げた。<br /><br />「想いの変化なんて、誰にでもあるでしょう。<br /><br />誰かを好きになっても、また違う誰かを愛せるのも想いの変化。<br /><br />何かを目指して情熱を持って向っても、途中で情熱がなくなり他の事に情熱が移る。<br /><br />それも想いの変化。人の心を覗く事が出来てしまった場合、人の恐さが理解できて外に歩けなくなりますよ」<br /><br />と苦笑いしながら占い師は言う。<br /><br />「そうですか・・・」<br /><br />そんな占い師に亮も同情したが、自分の心を見透かされていると思うと気味悪い。<br /><br />「このぐらいにしておきますか? それとも、もう少し占いますか?」<br /><br />「いや、今日は、このぐらいにしておきます・・・」<br /><br />この時、亮は向井から霧子を奪う行動を起こした事を、初めて後悔した。<br /><br />「ありがとうございます、また機会ありましたら、占って貰えますか?」<br /><br />「予めお電話だけください」<br /><br />占い師は亮に微笑みながら言った。<br /><br />その表情を見て亮は気持ちが落ち着きだした。<br /><br />そして亮は占い師にお金を支払い、マンションを後にした。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">占い師が言うように、この先も霧子を愛する事が出来れば問題ないのだろう。<br /><br />だが俺の中に一抹の不安がある。<br /><br />向井の事ではなく、霧子の精神的な状態だ。<br /><br />毎日、掛かる電話については、警察に連絡すれば解決するかもしれない。<br /><br />しかし俺の行動を占い師に聞いた事で、霧子がどう思っているか分からない。<br /><br />もし、ここで霧子が俺を疑うようになっていたら・・・。<br /></span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-16447774717691024122008-06-28T02:15:00.009+09:002008-06-28T02:46:42.490+09:00第17話:3人の気持ち<span style="color:#ff0000;">俺は占い師の事を思い出した。<br /><br />あの「不義理を行った」と俺に言い放った占い師であれば、<br /><br />もしかしたら、少しぐらい当たるのではないかと思った。<br /><br />早速、マスターから占い師が占いを行っている</span><span style="color:#ff0000;">場所を聞いて、<br /><br />霧子を連れて、その場所へ向かった。</span><br /><span style="color:#ff0000;"></span><br /><br /><br />時刻は夜の10時。<br /><br />亮の愛車が神戸の街を走っている。<br /><br />しかし2人の様子は、普段出掛けている時とは違っている。<br /><br /><br />三ノ宮の商店街沿いを走る亮は、駅近くの交差点で山手に車を走らせた。<br /><br />緩い斜面が続き、ゆっくりと右に曲がるカーブが続くとパーキングが見えてきた。<br /><br />「霧子、この辺に車を停めて、後は歩いて移動しよう」<br /><br />「うん・・・」<br /><br />亮は占いなど信じる性格でもないが、今、起きる不思議な現象が何から来るものなのか知りたかった。<br /><br />その逆に霧子は占いを信じる方だ。<br /><br />それでも雑誌の占い程度で、本格的な占いは今日が初めてだ。<br /><br /><br />パーキングエリアから斜面を上ると、築10年程度のマンションが幾つか見えてきた。<br /><br />亮はポケットからメモを取り出し、そのメモを開いた。<br /><br />『シモニー』<br /><br />幾つか建ち並ぶマンションを見ても、どのマンションも名前が挙がっていない。<br /><br /><br />丁度、1つ目のマンションの1階にコンビニエンスストアがあった。<br /><br />この時間帯、道を尋ねるのにコンビニが1番適している。<br /><br />亮は迷わずコンビニの中に入った。<br /><br />数分も経たずに亮は、コンビニの店員からマンションの場所を教えて貰い、<br /><br />亮はコンビニから出てきた。<br /><br />「霧子、この奥のマンションだ」<br /><br />「うん・・・」<br /><br />亮は不安な霧子の様子を察して笑顔を見せた。<br /><br />「占って貰うだけで何も恐い事は起きないさ」<br /><br />「でも・・・」<br /><br />「大丈夫だ」<br /><br />出来る限り霧子の不安な気持ちを取り除こうと、亮は明るい様子を霧子に見せた。<br /><br />2人は狭い路地を10m程進むと、マンションの入り口に辿り着いた。<br /><br />マンションの入り口に『シモニー』と札が付いている。<br /><br />亮はポケットから携帯を取り出し電話をかけ始めた。<br /><br />「今晩は、香川亮です。そうです香川です」<br /><br />電話の向こうの相手が話しだし、亮は少し黙ったが、<br /><br />僅か2分程度で話が終わり、亮は携帯電話を切った。<br /><br />「今、客が1名居て、後、10分程度待ってくれってさ」<br /><br />「こんな時間でも客がいるんだ」<br /><br />「あぁ、俺達の後にも予約客がいるから、相当人気のある占い師だ」<br /><br />待ち時間の間、霧子だけに限らず亮も落ち着かなかった。<br /><br /><br />亮は脇に抱えていたセカンドバッグを開き、 その中から煙草とジッポを取り出した。<br /><br />「亮、タバコを吸うの?」<br /><br />「え? あぁ、時々な」<br /><br />亮はバーで働きだしてから煙草を控えていた。<br /><br />煙草を吸うと舌の感覚を麻痺するからである。<br /><br />今もニコチンを欲するのではなく、待っている間、気持ちを落ち着かす為だ。<br /><br />亮はマンションの壁にもたれ掛かり、霧子が傍に居る事すら忘れる程、 煙草の煙を肺に送り出した。<br /><br />「ねえ、亮」<br /><br />「ん?」<br /><br />「今日の占いをしてくれる人って、どんな占いをするの?」<br /><br />「俺も詳しい事は知らないんだけど、とにかく人の顔を見て言い当ててくるんだよ」<br /><br />「亮は、どんな事を占われた事があるの?」<br /><br />「俺・・・」<br /><br />亮は一瞬言葉に詰ったが、次の瞬間に「俺は親不孝な人だってさ」と言った。<br /><br />「それって当たってるの?」<br /><br />「あぁ、間違いなくな」<br /><br />亮は苦笑いした。<br /><br />「でも、それって誰でも当てはまる事じゃないの?」<br /><br />「俺の行いは不義理な事をしたって言ったのさ」<br /><br />「そうだったの・・・」<br /><br />霧子は詳しい事は亮から聞く事はしなかった。<br /><br />普段から亮の口から家の事を聞かない為、 何か事情があるのだとは思っていたからだ。<br /><br />『ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ』<br /><br />亮のポケットから携帯のバイブレーションの音が聞こえた。<br /><br />そしてマンションの中から1人の女性が出てきた。<br /><br />「どうやら先客が帰ったようだな」<br /><br />亮はポケットから携帯を取り出した。<br /><br />「はい、分かりました。すぐに上がらせて貰います」<br /><br />用件も早々に携帯電話を切り、「よし行こう」と亮はマンションの入り口に入った。<br /><br /><br />『コンッコンッ! コンッコンッ!』<br /><br />マンションの扉を叩き、その音に反応して奥から「どうぞ」と聞こえてきた。<br /><br />亮は真剣な眼差しをして、扉を開き「失礼します」と言った。<br /><br />「どうぞ、入ってください」と奥から女性の声が聞こえる。<br /><br />玄関から廊下を通り、部屋に入ると、そこには占いの本と石がたくさん置かれていた。<br /><br />「汚い所ですが、どうぞ適当に座ってください」<br /><br />占い師は自分の前に置いてある本を取り、後の棚に片付けた。<br /><br />(何もない部屋だな)<br /><br />亮は辺りを見回し、テレビや布団が一切置かれていない事に気づいた。<br /><br />「ここは私の仕事部屋で住んでいる場所ではないのです」<br /><br />「えっ・・・」<br /><br />亮は自分の思った事に返答した占い師の言葉に驚いた。<br /><br />「亮、どうしたの? 何かあったの?」<br /><br />亮の驚く様子に霧子が反応した。<br /><br /><br />亮と霧子は床に座ると、占い師は2人の顔をじっと見出した。<br /><br />「お名前を教えて頂けますか?」<br /><br />「香川亮です」<br /><br />「奥田霧子です」<br /><br />占い師は一瞬真剣な表情に変わったが、すぐに微笑みだした。<br /><br />「お2人とも嫉妬心の強い方のようですね~」<br /><br />「あぁ、はい・・・」<br /><br />占い師の言葉に否定の言葉さえ出ず亮は頷いた。<br /><br />「それで今日は何を占って欲しいのですか?」<br /><br />その言葉を待ってたかのように亮は話を始めた。<br /><br />「実は今日、先生に診て貰いたいのは、隣に座る彼女の霧子の事で来ました」<br /><br />「何かあったのですか?」<br /><br />「最近、霧子の家に変な電話が多くて、その影響で霧子に不思議な出来事が起きているんです」<br /><br />「そうね~、起きてるわね~」<br /><br />「分かるのですか?」<br /><br />一瞬、亮も占い師の反応に驚いたが、すぐに冷静な表情に戻った。<br /><br />「そうね、男性関係の事で大きく彼女に影響されてますね」<br /><br />「それは、どんな事なのですか?」<br /><br />亮の質問に占い師は真剣な表情に変わった。<br /><br />「まず、彼女の傍に1人の男性の影が見えます」<br /><br />「それは誰なのですか?」<br /><br />今度は霧子が質問した。<br /><br />「あなたも気付いていると思うのですが、多分、以前深い関係のあった人ではないですか?」<br /><br />「やっぱり、そうなのですか」<br /><br />占い師の話に霧子も納得した。<br /><br />「ここは遠慮して話すより、きっちりとした話をさせて貰ってもいいですか?」<br /><br />占い師の話に、亮と霧子は覚悟を決めようとした。<br /><br />「はい、お願いします」<br /><br />先に亮が覚悟を決めた。<br /><br />「どんな事でも知りたいので、お願いします」<br /><br />次に霧子が覚悟を決めた。<br /><br />占い師は2人の表情を見て話を始めた。<br /><br /><br />占い師は自分の後にある石を3っつ取り、それは2人の前に置いた。<br /><br />石の色も透明、青、赤と3つの色に分かれている。<br /><br />「まず、この赤の石が香川さんです。そして青が奥田さん」<br /><br />占い師は赤と青の石を2人の目の前に置いた。<br /><br />「そして、この透明の石は、奥田さんに関係していた男性の方です」<br /><br />透明の石は、赤と青の石から離れた場所に置いた。<br /><br />「赤は野望、情熱の石です。そして青は冷静、嫉妬の石です。<br /><br />そして、この透明は何も知らない純粋な石です」<br /><br />2人は真剣に占い師の置く石を眺めながら、自分達の関係を想像した。<br /><br />「赤の石は青の石の気持ちを欲しいが為、<br /><br />自分の想いを捨ててでも、青の石の気持ちを掴みたかった」<br /><br />その話に亮の左の額から、少し汗がにじみ出てきた。<br /><br />「青の石は透明な石に対して、もっと自分の方に向いて欲しかった。<br /><br />でも透明な石は、それに気付けず自分のペースで頑張っていたのです」<br /><br />「でも彼からは、一切、愛情が感じられなかった!」<br /><br />霧子の中では、向井から自分に対して愛して貰っている気持ちを感じていない。<br /><br />「これは占いよ。1つの話として聞いて頂戴。私の言う事は単なる客観的な見方の1つ」<br /><br />占い師は霧子に微笑んだ。<br /><br />「すいません・・・」<br /><br />少し熱くなりかかった霧子は自分を恥じた。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺は恐かった。<br /><br />この占い師が的確に3人の気持ちを言い当てている事を・・・。<br /><br />だが、今の話などは、所詮、3人の気持ちだ。<br /><br />俺の知りたいのは、今、起こる出来事や霧子の夢、俺の夢の事だった。 </span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-65554903360885254972008-06-22T03:05:00.002+09:002008-06-22T03:09:32.429+09:00第16話:割り込み週末の深夜2時、亮と霧子は静かにベッドの上で寝ていた。<br /><br />部屋の中は少し蒸し暑く、亮も霧子も布団は被っていない。<br /><br />「・・・違う・・・、違う・・・、わ・・た・・し・・じゃ・・ない・・・」<br /><br />突然、眠っている霧子から言葉が放たれた。<br /><br />数分毎に発せられ、3度目には亮も霧子の寝言に気付いた。<br /><br />亮は上半身を起こし、霧子の表情を確認すると、凄い汗を流しながら霧子は寝ている。<br /><br />「おい! 霧子! 大丈夫か?」<br /><br />亮は霧子の腕を掴み揺らして起こそうとした。<br /><br />1度寝ると簡単に目が覚めない霧子だと知っている亮は、何度も霧子の体を揺らした。<br /><br />「おい! 霧子! 大丈夫か?」<br /><br />霧子の目が少しずつ開き、霧子は悪夢から解放されると目の前に居る亮に抱きついた。<br /><br />「恐かった~」<br /><br />亮は霧子の頭を軽く撫でながら、霧子をゆっくり自分の体から引き離し寝かせた。<br /><br />(向井の電話が入るようになってから、霧子の精神状態は悪くなっている。<br /><br />このまま何も手を打たずに行くと、霧子は間違いなく精神状態がおかしくなるぞ)<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">「はっ!」<br /><br />が目を覚ますと寝室には霧子の姿が見えない。<br /><br />霧子の事が気になりリビングに行くが、リビングにも霧子の姿が見当たらない。<br /><br />もしかしてと思い玄関の傍の部屋に入るが、そこにも霧子の姿が見当たらなかった。<br /><br />「どこに行ったんだ?」<br /><br />『コツッ! コツッ! コツッ! コツッ! コツッ!』<br /><br />部屋の窓には男性の影が見え、外の廊下を革靴で歩く音が響いた。<br /><br />その歩く音が玄関先で止まった。<br /><br />「おい! ここを開けろ! 早く開けろ!」と外から男性がドアのノブを回して叫んだ。<br /><br />俺は急いで玄関の扉に近付いた。<br /><br />「誰なんだ!」と俺は扉の向こうに居る男性に向かって怒鳴った。<br /><br />しかし扉の向こうの男は「お前こそ、霧子の部屋で何をしてる!」と大きな声で怒鳴り返してきた。<br /><br />俺は「ふざけるな!」と言って玄関のドアを足で強く蹴った。<br /><br />大きな音を立てて、外で怒鳴っていた男の声が静かになった。<br /><br />そして扉の向こう側の人の気配さえも消えた。<br /><br />俺の中で不安な気持ちが膨み、思い切って玄関のドアを開けて外を覗くが、そこには誰も居ない。<br /><br />廊下の先でもエレベータが動いた気配さえもない。<br /><br />一体、今の男性は誰だったんだ?<br /><br /></span><br />ベッドで寝ている亮の目が開いた。<br /><br />(今のは俺の夢だったのか?)<br /><br />亮は隣で霧子が寝ている事を確認すると、再び目を閉じた。<br /><br />(霧子は寝ていない時でも扉の向こうの気配を感じると言っていたな・・・)<br /><br />夢と霧子の話を紐付けて考えたが、亮の頭には不気味な事しか想像が出来ない。<br /><br />本来、現実主義の亮にとって、この手の想像は考えに反していた。<br /><br />(考えても無駄か・・・、寝てしまえば忘れるさ)<br /><br />そう思うと亮は再び眠りについた。<br /><br /><br />次の日の朝、2人でトーストとコーヒーを食べている時、<br /><br />思い立ったかのように霧子は話し始めた。<br /><br />「あの人の電話、一向に収まる様子もないし、今度は私の方からきっちり話をつけようと思うの」<br /><br />その言葉に亮は食べる口を止めて霧子の方を向いた。<br /><br />「そんな事をして大丈夫なのか?」<br /><br />「・・・多分・・・」<br /><br />「無理に電話して気持ちをかき乱されるぐらいなら、電話する必要はないぞ」<br /><br />「分かってる。でも、このままでは嫌な気持ちに振り回されてるでしょ」<br /><br />「話して分かる奴なら、最初の時点で話がついたんだぞ」<br /><br />「分かってる! もう、これ以上掻き回されるのは嫌なの」<br /><br />霧子の強気な姿勢に亮は反対する気もなくなった。<br /><br />「亮、今日は悪いけど夜は帰ってくれる」<br /><br />「あぁ、分かった」<br /><br />「また明日電話するから」<br /><br />「あぁ」<br /><br />亮は止めた手を動かし朝食を再開した。<br /><br /><br />その日の夜、霧子は電話の着信履歴から向井に電話をかけた。<br /><br />しかし呼び出し音が鳴り続けるが、相手は電話の出る気配はなかった。<br /><br />(居ないの・・・)<br /><br />向井の真意を問いたい気持ちもあるが、電話に出ない事で安堵する気持ちもあった。<br /><br />そう思った瞬間、電話の取る音が聞こえた。<br /><br />『ガチャッ』<br /><br />「もしもし!」<br /><br />急いで霧子は話しかけようとしたが、次の瞬間には電話は切れた。<br /><br />『ガチャッ! ツーツーツーツー』<br /><br />(一体、何なの。自分からは散々かけても私が掛ければ電話を切るの、どういう事なの?)<br /><br />さすがに2度も電話を掛ける気が起こらず、霧子も受話器を電話機に戻した。<br /><br /><br />以前から霧子は亮に美味しいイタリアンの店に連れて行って欲しいとお願いしていた。<br /><br />それを亮はクリスマスの日の夜に連れて行く事にした。<br /><br />「女性の出かける準備は大変だね~」<br /><br />「もう~、そんな事言わないでよ。これでも急いでるんだから」<br /><br />「はい、はい」<br /><br />亮は少し笑いながら、リビングで車の雑誌を眺めていた。<br /><br />「お姫様、今日は7時に・・・」<br /><br />亮の話の途中、突然、電話が鳴り出した。<br /><br />『トゥルルルル! トゥルルルル!』<br /><br />霧子は化粧をしている手を止めて、ゆっくりと立ち上がった。<br /><br />恐る恐る受話器を取り上げると霧子は不思議な顔をした。<br /><br />「亮・・・、ごめん。代わってくれる・・・」<br /><br />亮は急いで電話機の傍に近づき、霧子から受話器を受け取った。<br /><br />亮も恐る恐る受話器を耳元へ持っていくと。<br /><br />「・・・・・・」<br /><br />何も聞こえてこず、無音のままだった。<br /><br />「おい! ふざけてないで、何か言え!!」<br /><br />亮の電話が向こうの受話器に届くと、亮には広い空間から電話が掛けられている事が分かった。<br /><br />「いつまでもコソコソとしないで、何か言ったらどうだ!」<br /><br />次の亮が怒鳴ると電話は切れた。<br /><br /><br />イタリアンレストランでの食事中、霧子は電話を掛けてきた奴が誰なのか気になっていた。<br /><br />クリスマスの日だと言うのに、たった1回の無言電話で楽しみを台無しにできるのは、<br /><br />やはり霧子の性格を知る向井の仕業だとしか思えなかった。<br /><br />俺の中で向井に対する怒りが増したが、そんな事はお構いなしで電話は掛かってきた。<br /><br /><br />大晦日の日、亮と霧子は携帯電話で会話をしていた。<br /><br />霧子は仕事が休みなのでマンションに居るが、お酒を扱う仕事の亮は店に居た。<br /><br />クリスマスは休みを貰う代わりに大晦日と元旦は亮が出勤する事になっていた。<br /><br />「やっぱり、こんな日は客も居ないからね。カウントダウンは一緒に数えよう」<br /><br />「そうだね♪」<br /><br />霧子はリビングでテレビを見ながらカウントダウンが始まるのを待っていた。<br /><br />「亮、もうすぐだからね♪」<br /><br />「了解♪」<br /><br />「行くよ! 10!」<br /><br />霧子の合図で2人はカウントダウンを始めた。<br /><br />「9・・・、8・・・、7・・・、6・・・、5・・・」<br /><br />その時だった。<br /><br />『トゥルルルル! トゥルルルル!』<br /><br />霧子の家の電話が鳴り始めた。<br /><br />「あっ! どうしよう・・・。こんな時に・・・」<br /><br />亮が霧子に「出るな」と制止する前に、霧子は携帯電話を置いて家の電話に出た。<br /><br />(くそ! 呆れた男だな!!)<br /><br />亮は携帯越しに霧子の様子を掴もうとするが、霧子の声が聞こえないので状況が掴めなかった。<br /><br />数分もしない内に霧子は携帯電話に戻ってきた。<br /><br />「亮、聞いて」<br /><br />「どうしたんだ? 何か言われたのか?」<br /><br />「うん・・・」<br /><br />「また、あいつからの電話だったのか!」<br /><br />「どうも私の事は諦めたって言ったんだけど・・・」<br /><br />「当たり前だ! 別れて、どのぐらい経ってると思うんだ!」<br /><br />亮は興奮していた。<br /><br />「私の事は諦めたけど、私の幸せを願って、毎晩、神社にお参りに行ってるそうなの・・・」<br /><br />その言葉に亮は言葉を失いかけた。<br /><br />「えっ・・・」<br /><br />亮と霧子は、その話に気持ち悪さだけでなく、向井に対して恐れを抱いていた。<br /><br />以前であれば笑いの多い向井が、今は不気味な行動を取り始めている。<br /><br />「私・・・、あの人からの電話が入るようになってから、<br /><br />人の居ない場所で人の気配を感じるし、<br /><br />突然、目眩が起きて倒れたりするし・・・、何か恐いんだけど・・・」<br /><br />霧子の話で亮は呆然としていた。<br /><br />(俺もだ・・・)<br /><br />「目眩が起きる時も誰かに押される感覚もあるし・・・」<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">以前、俺が前の店で働いていた頃の向井は、人前で人の笑いを誘う明るい人だった。<br /><br />しかし今の向井は以前の向井とは全く違っている。<br /><br />取り返す為の行為だと思っていたのだが、今の向井の行動は明らかに違っている。<br /><br />むしろ離れていく事に気付けないのか?<br /><br />何が目的で霧子に執拗に電話するのか俺には想像もつかない。<br /><br />霧子の前に直接現れるものであれば動きが取れるが、<br /><br />まるで遠くから霧子を牽制しているようにも思えた。<br /><br />俺は何とかして、今の向井の気持ちを知りたいと思ったが、<br /><br />今、向井がどこで何をしているかは、<br /><br />前に働いていたマスターぐらいしか知らない。<br /><br />その時、以前店に来た占い師の事を思い出した。<br /></span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-87345176137378899572008-06-20T00:44:00.002+09:002008-06-20T00:55:28.128+09:00第15話:不安な一日<span style="color:#ff0000;">俺の働く店は、若いマスターの店だ。<br /><br />残念ながら前の店のマスターのように美味い酒は造れない。<br /><br />だからと言って見習いの俺に酒を造らす程、甘くもなかった。<br /><br />それが今日は珍しい珍客が来たのだと言うので、<br /><br />いきなりマスターは俺に酒造りを任せた。<br /></span><br /><br />「おい! 亮、俺にハーバー持って来い」<br /><br />1番奥の席ではローブを纏っている女性客が1名居た。<br /><br />その前でマスターが酒を飲みながら、ローブを纏う女性に占って貰っていた。<br /><br />亮の言う珍客とは占い師の事だ。<br /><br />亮は店に出てきてマスターにグラスを手渡した。<br /><br />「おい! 亮! お前も占って貰え!」<br /><br />「えっ、俺はいいっすよ」<br /><br />「いいから占って貰えって! この先生わな、日本でも有数の占い師でな、<br /><br />予約せんと滅多な事で占って貰えないんだぞ」<br /><br />「いや、俺は占いは遠慮しておきます」<br /><br />「お前、俺の命令に逆らうのか!」<br /><br />(参ったな、このマスターだけは酒が入ると横暴になるんだよ)<br /><br />「はいはい、分かりましたよ。占って貰ったらいいんでしょ」<br /><br />ローブを纏う女性が亮の方を見て微笑んだ。<br /><br />「あなた以前も同じようなお店で働いていたでしょ?」<br /><br />突然、占いが始まりマスターは酔いながらも真剣な表情に変わるが、<br /><br />その反対に亮は呆れた顔で立っていた。<br /><br />(そんなもん適当に言ったって当たるだろ・・・)<br /><br />「店のマスターが居たと思うけど、その人に不義理を働かなかった?」<br /><br />その言葉に亮は反応して、目付きが鋭くなった。<br /><br />「りょう~、これは占いなんだ。先生の言う事にいちいち腹を立てたらアカンぞ~」<br /><br />亮を落ち着かそうとマスターは言ったが、既に亮はマスターが居る事すら忘れる程、<br /><br />占い師の言葉に驚いている。<br /><br />「図星ですね。これ以上、何か言われて困る事があるのでしたら、1度、私の店に来てください」<br /><br />占い師は亮に微笑んだ。<br /><br />(占いって、所詮適当なんだろ!)<br /><br />そう思って占いを否定したが、働いている間、亮は占い師が気になっていた。<br /><br /><br />その頃、霧子の家では向井からの電話が入っていた。<br /><br />「俺は、絶対に、納得行かないからな・・・」<br /><br />「私は、あなたにほったらかしにされたのよ! それを今更何を言ってるの!」<br /><br />「俺は、お前と、結婚する為に頑張ってきたんだ・・・」<br /><br />「そんな話、1度だってされた事もないわ!」<br /><br />話が噛み合わず、霧子は少し怒りが込み上げたのか、自分から電話を切ってしまった。<br /><br />電話の前で呆然としている霧子の脳裏には、向井への恐怖心が湧き出ていた。<br /><br />(恐い、何か恐い・・・)<br /><br />霧子には今の向井のする事が理解できない。<br /><br />(もし、この場所に、あの人が来たら、どうしよう?)<br /><br /><br />次の日、霧子は朝から目眩を起こして仕事を休んだ。<br /><br />亮に心配させない為、仕事を休んだ事は黙っているが、<br /><br />向井からの電話が掛かってくる事に不安も感じていた。<br /><br />玄関横の6畳程の部屋に入り、霧子はクローゼットから毛布を出そうとしていると電話が鳴り始めた。<br /><br />『プルルルルッ! プルルルルッ! プルルルルッ!』<br /><br />慌てて電話を取りにリビングに入ると電話の音は止んだ。<br /><br />液晶ディスプレイを見ると、相手の番号は『非通知』と表示されている。<br /><br />(誰なの? やっぱりあの人なの?)<br /><br />相手が分からないと霧子は更に不安が頭を過ぎる。<br /><br />毛布を取りに玄関横の部屋に歩いていると、再び電話が鳴り始めた。<br /><br />『プルルルルッ! プルルルルッ! プルルルルッ!』<br /><br />(本当なら今頃、私は仕事をしている筈、それなのに誰の電話なの?)<br /><br />霧子がリビングの方に振り返ると、電話の音が鳴らなくなった。<br /><br />霧子は耳を塞ぎ電話が鳴る事を恐れ始めた。<br /><br />「いやだ、もう、いやだ。もう、やめて欲しい。お願いやめて」<br /><br />慌てて玄関横の部屋に入り、毛布を力一杯クローゼットから引っ張り出した。<br /><br />そして、そのまま寝室へ走って行こうとした時、廊下に面する窓に男性の影が見えた。<br /><br />それを見て霧子は意識を失った。<br /><br /><br />亮は仕事が終わり家に帰ると何件もの留守番電話が入っていた。<br /><br />(誰なんだ?)<br /><br />電子音で「ピーッ」と鳴り、次々と用件が再生された。<br /><br />「霧子です。亮、家に帰ったらすぐに電話頂戴」<br /><br />「霧子です。亮、まだ家に帰らないの? 帰ったら電話頂戴」<br /><br />「霧子です。亮、もう家に着くかな? 早く家に帰って・・・」<br /><br />「霧子です。亮、早く電話頂戴、お願いだから電話頂戴・・・」<br /><br />永遠と流れる留守番電話の用件に亮は呆れていた。<br /><br />(どうなっているんだ? 霧子の奴、大丈夫なのか?)<br /><br />携帯を見ると誰からの電話も入っていない。<br /><br />霧子は仕事の邪魔にならないよう、亮に気遣って携帯は避けていた。<br /><br />冷蔵庫から缶ビールを取り出して、それを開けると亮は霧子に電話を掛けようとした。<br /><br />『ファラファンファンファン♪ ファラファンファンファン♪』<br /><br />突然、亮の持つ電話が鳴り始めた。<br /><br />「はい、香川です」<br /><br />「亮! 亮なの! 帰ってきたの?」<br /><br />「おいおい、俺に電話しておいて、人の名前を聞く奴がいるか?」<br /><br />と亮は失笑しながら霧子に言った。<br /><br />「亮、助けて・・・。今日、私・・・目眩がして倒れたの・・・」<br /><br />その話に亮は真剣な表情に変わった。<br /><br />「何故、携帯に電話しないんだ。帰りに霧子の家に寄れただろ」<br /><br />「ごめん、そんな事で心配かけたくなかったから」<br /><br />相手を気遣う様子から亮も霧子を責める事もできない。<br /><br />「不安な一日を過ごしてるのは留守番電話で伝わったよ。明日、仕事帰りに霧子の家に寄るよ」<br /><br />少しでも不安を感じさせない為にも、ゆっくりと優しく言った。<br /><br />「ありがとう・・・」<br /><br />電話の向こう側では、霧子の鼻声が聞こえる。<br /><br />霧子が不安な一日を過ごし、辛い思いをしていたのだと亮は思った。<br /><br />「霧子、俺が居るから大丈夫だ。だから今日は安心して寝るんだよ」<br /><br />「うん、分かった」<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺の中で霧子に対する愛情が同情に変わっている気がしていた。<br /><br />もちろん、幾ら差し引いても他の女性に比べれば、霧子は女性としての魅力はある。<br /><br />だから俺は、これからも霧子を奪われないようにと考えていた。<br /></span><br /><span style="color:#ff0000;">まだ、この段階では・・・。<br /></span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-74432122801744303852008-06-14T02:41:00.002+09:002008-06-14T02:56:52.677+09:00第14話:不安<span style="color:#ff0000;">あれから霧子の家に毎日電話が掛かっている。<br /><br />それを毎回出る霧子にも俺は呆れた。<br /><br />まあ向井に霧子を取り返される可能性は少ない。<br /><br />だから霧子の気持ちが済むようにさせる事にしている。<br /></span><br /><br />週末の夜、亮と霧子は霧子のマンションで過ごしていた。<br /><br />「今日の料理は、あまり美味しくなかったな」<br /><br />「あれだけ味の濃い物は、私も苦手」<br /><br />2人は外で食事をした時の料理の批評をしながらリビングに入った。<br /><br />リビングに入ると亮は両手で霧子の体を抱きしめた。<br /><br />「まあ料理は不味くても、俺には霧子と言う最高の料理があるからいいさ」<br /><br />「そんな言葉は要らないわ」<br /><br />霧子はすっと亮の唇に触れた。<br /><br />「その代わり、夜は亮の事を離さないかもね」<br /><br />霧子は亮の傍から離れてキッチンの方へ入って行った。<br /><br />「その前に向井の電話を何とかしないとな、<br /><br />電話が掛かってきたら、今度は俺が何とかしてやるよ」<br /><br />霧子は向井の電話が掛かる事を不安に思っていた。<br /><br />マンションに戻ってからの霧子は、夜の電話を恐れているのか落ち着きがなくなっていた。<br /><br /><br />夜の0時過ぎには霧子はお酒でダウンしてベッドに入った。<br /><br />亮は暗闇の中、1人で缶ビールを飲みながらテレビを見て笑っていた。<br /><br />『トゥルルルル! トゥルルルル!』<br /><br />いつもの時間に掛かる向井からの電話。<br /><br />その電話に反応して目が覚めた霧子は、電話機の子機から電話に出た。<br /><br />だが霧子も毎日掛かる電話にうんざりしているのか、電話に出ても返答もしなかった。<br /><br />相手から一方的に話される中、少し気になった亮は霧子の居る部屋に入ってきて子機を奪った。<br /><br />「おい! お前、いい加減にしろ! 別れた相手に何度電話すれば気が済むんだ!! しつこいぞ!!」<br /><br />と亮は向井に対して怒鳴る。<br /><br />電話の会話が一瞬だけ空いて、「お前こそ誰なんだ!! そこで何をしてる!!」と向井が言ったが、<br /><br />顔も知らぬ男性が霧子の部屋に居る事を向井は焦っていた。<br /><br />「今迄、霧子をほったらかしにして飲み歩いていた奴が、今更、何を言ってるんだ」<br /><br />亮は声のトーンを低くして、相手を脅すように責めた。<br /><br />しかし亮が霧子の方を振り向くと、霧子は耳を塞いで、<br /><br />「ごめん、ごめんね」と何度も謝る事を繰り返していた。<br /><br />亮は霧子の様子が心配になり、通話を切り霧子を優しく抱いた。<br /><br />「大丈夫だ。大丈夫だから安心しろ」<br /><br />そう言って亮は霧子をベッドに寝かせて自身もベッドに入った。<br /><br /><br />刻々と時間が流れて行く中、亮は眠くなっていたが、横に居る霧子は眠れる様子はなかった。<br /><br />「霧子、眠れないのか?」<br /><br />「うん、最近、こんな調子で睡眠不足なの」<br /><br />亮は霧子の不安を少しでも取り除こうと、腕を霧子の頭の下に入れて腕枕をした。<br /><br />そして腕枕にした腕を自分の方に寄せて霧子を傍に近づけて寝る事にした。<br /><br /><br />次の日の朝、霧子はお昼の時間帯が近づいても起きる様子がない。<br /><br />最初の内は亮もテレビを見て、起きるのを待っていたが、徐々に待つくたびれてきている。<br /><br />亮は霧子の横に潜り込み、霧子の着ているシャツのボタンを外していった。<br /><br />しかし霧子は疲れているのか、服を脱がされても目を覚ます気配もない。<br /><br />亮は霧子の首に舌を這わせ、霧子が目を覚ますように持って行く。<br /><br />「う~ん」と霧子が首を動かした瞬間、亮は着ている服を脱いで霧子を力強く抱いた。<br /><br />「やっと起きたか眠り姫!」<br /><br />「あ、ごめん! 今、何時?」目が覚めた瞬間から霧子は時間が気になった。<br /><br />亮は「11時だよ」と答えて霧子の下半身に手を回した。<br /><br />亮は突然、本能を表に出し霧子を抱き始めた。<br /><br />昨日の電話の事も忘れ2人は夢中でお互い求め続けた。<br /><br /><br />やがて夕刻が近付きベッドは静かになった。<br /><br />「ふぅ~」と言いながら、亮は裸のままベッドの中から出てきた。<br /><br />その後を追うように霧子も裸のまま顔を出した。<br /><br />「ねえ、今日も泊まってくれない。何か不気味な感じがするの・・・」<br /><br />亮はTシャツを着ながら「また明日来るよ」と言った。<br /><br />「じゃあ今日も0時迄は居てくれる?」<br /><br />「あぁ、その時間迄は居るよ」<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺は気付いていた。<br /><br />向井からの電話が入るようになって、霧子の体重が激減している事を・・・。<br /><br />それは霧子を抱く度に思っていた。<br /><br />最初の頃、霧子の体はモデル顔負けのスタイルだった。<br /><br />ウェストは細くても、それなりの胸の大きさは維持していた。<br /><br />それが最近、胸が小さくなり、顔も頬骨が浮き始めている。<br /><br />それだけ向井の電話は霧子を追い詰めていた。<br /><br />だから俺は出来るだけ霧子の家に来る事を考えた。<br /></span><br /><br />その日、深夜の電話はかかってこなかった。<br /><br />(昨日、怒鳴っておいたんだ。まず電話もかけづらいだろう)<br /><br />「じゃあ帰るけど、明日、何か欲しいものはないか?」<br /><br />「うぅん、特にない」<br /><br />亮に甘えるように答えて、霧子は亮にしがみついた。<br /><br />「また明日来るから、今日は駄目だよ」<br /><br />亮は霧子の手を優しく掴んで、自分の体から離した。<br /><br />「明日、待ってるね」<br /><br />不安が霧子を襲うのか、霧子の表情が曇った。<br /><br /><br />霧子のマンションから亮の家迄、車で1時間程度掛かる。<br /><br />途中、亮の家に近付くと住宅街から郊外の田舎道を通る。<br /><br />そこを走っている時の事だった。<br /><br />信号が赤になり、亮はゆっくりとブレーキを踏んで車を停めた。<br /><br />信号が青に変わると今度はゆっくりとアクセルを踏んだ。<br /><br />その瞬間、『ゴンッ!』と鈍い音が亮の座るシートから鳴った。<br /><br />だが、それは座っている亮に衝撃が走っている。<br /><br />(何だ! 今のは? 明らかに車内で何か衝撃を感じたぞ)<br /><br />亮はブレーキを踏んで車を停めた。<br /><br />シートベルトを外して、車の外へ出てシートを外から見た。<br /><br />「今、確かにシートが後に引かれる感じがしたぞ」<br /><br />シートの下に手を入れて、座席を前後に動かすが何もない。<br /><br />「俺の気の迷いか・・・」<br /><br />再びシートに座り、亮は車を走らせた。<br /><br />車を走らせて数分後、曲がり道が見えない一直線の所を120Kmで走った。<br /><br />周りの景色が次々と変わる最中、亮の座るシートが後ろにスライドした。<br /><br />「まずい!! ブレーキに足が届かない!!」<br /><br />アクセルから足が外れて速度は落ちるが、車は100Km前後のスピードが出ている。<br /><br />亮は慌てて体を前に出そうとするが、動こうとするとシートベルトが締まり前に出る事ができない。<br /><br />急いで左手でシートベルトを外し、亮は腰をシートの前に出して、<br /><br />アクセルの方へ足を伸ばしてブレーキを踏んだ。<br /><br />「やべえ・・・」<br /><br />亮は車を脇に寄せて、ハンドルに頭を軽く打ち付けた。<br /><br />「何なんだ、今のは?」<br /><br />傍には自動販売機の灯りだけが見え、他は暗闇で何も見えない。<br /><br />亮は車を降りて、自動販売機でコーヒーを買い飲み始めた。<br /><br />「ハハハハ、アハハハハ! お笑い種だぜ! こんな所でおっ死んだらよ!」<br /><br />コーヒーを一気に飲み干して、そのまま空き缶を離れた場所からゴミ箱へ放り投げた。<br /><br />『カラン』とゴミ箱に空き缶を入れると亮は笑いながら車に乗り込んだ。<br /><br />再び暗い夜道、自分の家を目指して帰って行った。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-19521137247359127782008-05-31T01:43:00.003+09:002008-05-31T01:53:28.022+09:00第13話:連絡<span style="color:#ff0000;">あれから1ヶ月程、経っている。<br /><br />俺は店を辞めて、別の店で働きだした。<br /><br />今は霧子のマンションの近くのバーで働いている。<br /><br />週末は霧子のマンションに泊まっていた。<br /><br />俺達の関係は、最初の時と比べ親密な関係に落ち着いている。<br /><br />最初は霧子にも迷いがあったのだが、今となっては全く迷いもなくなっている。<br /></span><br /><br />「亮、コーヒーにする?」<br /><br />「あぁ」<br /><br />亮はテレビの前で雑誌を読んでいた。<br /><br />霧子はキッチンで食器棚に入れてあったクッキーを取り出した。<br /><br />その時、『トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル』、突然、部屋の電話が鳴り出した。<br /><br />霧子は手を拭いて慌てて電話に出た。<br /><br />「はい、奥田です」<br /><br />その後、沈黙が続き霧子の表情が変わった。<br /><br />「どうしたんだ?」<br /><br />霧子の様子がおかしいので亮は気になった。<br /><br />「ちょっと待ってくれる」霧子は電話の相手に言った。<br /><br />霧子は受話器を手で塞ぎ、困った様子で亮の方を向いた。<br /><br />「あの人から電話が掛かってきたの」<br /><br />「あの人って誰なんだ?」<br /><br />「前の彼氏」<br /><br />「向井さんなのか?」<br /><br />内心、亮は向井に対して呆れていた。<br /><br />(何で、前の女の所に電話するんだよ!)<br /><br />霧子は受話器を塞いでいる手を離し、耳元へ受話器を持って行った。<br /><br />「もう私達の関係は終わったのよ」<br /><br />霧子の一言で、受話器の向こうから大きな声が聞こえた。<br /><br />少しの間、霧子は向井の話を聞いていたが、<br /><br />「だって、あなた他の女の人と関係があったのよ。それを私が理解しろって言うの?」と言った。<br /><br />そして再び受話器の向こうから大きな声が聞こえだした。<br /><br />亮は雑誌をテーブルに置いて電話の傍に近寄り、<br /><br />「もう、やめとけ」と言って電話機のボタンを押して電話を切った。<br /><br />「ごめん・・・」<br /><br />霧子は受話器を電話機に置いた。<br /><br />「いいんだ」<br /><br />「突然、電話なんか掛かってきたけど、今迄、1回もなかったのに・・・」<br /><br />「また電話があったら、黙って切ればいいさ」<br /><br />そう言って亮は霧子の額に軽くキスをした。<br /><br />(向井は霧子の家の電話の着信拒否設定が解除されたのに気付いたのか・・・)<br /><br /><br />日曜日の夜、亮は自分の家に帰ろうとして車の乗った。<br /><br />「また電話するよ」<br /><br />霧子は車の横で静かに頷いた。<br /><br />だが、その数時間後、再び霧子の所に向井からの電話が入った。<br /><br />『トゥルルルル! トゥルルルル!』<br /><br />呼び出し音が20回繰り返されているが、一向に呼び出し音が切れる様子がない。<br /><br />霧子は気味が悪くなって電話に出てしまった。<br /><br />「俺だ! 向井だ!」<br /><br />「分かってる。ごめん、もう掛けてこないで。もう終わったんだよ」<br /><br />「霧子、俺は騙されたんだ!」<br /><br />「誰に騙されるの? 私があなたに騙されたんでしょ」<br /><br />「違う! 聞いてくれ!」<br /><br />霧子は向井の話が終わる前に電話を切った。<br /><br />次の日の夜、霧子は亮に電話が入った事を伝えた。<br /><br />「昨日、亮が帰ってから、また向井から電話が入ったの」<br /><br />「それで向井は何か言ってきたか?」<br /><br />「うぅん、騙されたとか言ってたけど、私が電話を切ったの」<br /><br />「それで、いいんだよ。あれだけ霧子は苦しめられたんだ。今更、何を言っても聞いたら駄目だ」<br /><br />霧子の中では向井に対する気持ちは既にない。<br /><br />どちらかと言えば、気味が悪いと云う感情の方が大きくなっていた。<br /><br />「亮、私、あの人が少し恐い」<br /><br />「どうしたんだ?」<br /><br />「焦っている感じもあるけど、とにかく追い込まれてる様子があるの」<br /><br />「マスターの話では仕事も退職してると聞いたからね。<br /><br />だからと言って霧子が同情して関わったら駄目だ」<br /><br />「うん、分かってる」<br /><br />普段、この時間帯は2人で楽しく会話している時だった。<br /><br />それが向井の電話により、2人の気持ちは少し沈んでいる。<br /><br />「明日、仕事終わったら、霧子のマンションに行くよ」<br /><br />「うん、お願いする。亮が傍に居てくれた方が私も安心できる」<br /><br />霧子が電話を切ると、突然、電話機の呼び出し音が鳴り出した。<br /><br />液晶ディスプレイを確認すると、向井の名前が表示されていた。<br /><br />(まただ・・・、何で、そんな執拗になってるの?)<br /><br />呼び出し音は永遠と鳴り続け、部屋の中で1人で居る霧子には苦痛に感じられた。<br /><br />そして受話器を上げた。<br /><br />「はい・・・」<br /><br />「霧子! 聞いてくれ! 俺もお前も誰かに騙されているんだ!」<br /><br />「誰に騙されるの?」<br /><br />「今、お前に親しくしようとする奴はいないか?」<br /><br />「ごめん。もう私にも好きな人が居るの。だから電話は掛けてこないで」<br /><br />そう言って霧子は受話器を電話機の上に戻そうとした。<br /><br />「霧子! そいつは誰なんだ! その好きな男って誰なんだ!!」<br /><br />そんな向井の声が受話器から聞こえていたが、霧子は電話を切った。<br /><br /><br />次の日、約束通り、亮は仕事を終えて霧子のマンションを訪れた。<br /><br />「昨日、またあの人から電話が掛かってきたの。俺達は騙されているって・・・、何なの・・・」<br /><br />「昨日も掛かってきたのか!」<br /><br />内心、亮は向井のする事に腹を立てていた。<br /><br />夜の0時が過ぎ、2人がベッドで寝ている時、電話が鳴った。<br /><br />「霧子、お前はいい。俺が出るよ」<br /><br />亮は上半身を起こし枕元にある子機を取った。<br /><br />「はい」<br /><br />相手が霧子でないと分かると電話は切れた。<br /><br />「何なんだ!」<br /><br />亮は枕元に子機を置いてベッドから降りた。<br /><br />「恐らく今日は掛かってこないな。霧子、俺はそろそろ家に帰るよ」<br /><br />「うん。ありがとう」<br /><br />「あぁ、いいんだよ」<br /><br />亮は霧子を傍に寄せて額に軽くキスをした。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺は車に運転しながら、この数ヶ月の事を振り返っていた。<br /><br />汚い方法で向井から霧子を奪ったのは俺なのだが・・・。<br /><br />それが反って向井の執着を生んだようだ。<br /><br />だが1度別れた関係を修復させるのは難しい。<br /><br />俺が行った事実を霧子に証明できるなら話も別だが・・・。<br /><br />まあ俺の行動を暴く事は無理だ。<br /><br />その代わり、俺は自分の夢を捨てて1人の女を選んでいる。<br /><br />仕事を選んで女を守れない向井とは違う。<br /><br />そう思っていても、深夜に1人で車に乗っていると、向井の行動が不気味に感じられた。<br /> </span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-21703082365849683592008-05-25T00:20:00.002+09:002008-05-25T00:35:50.726+09:00第12話:2人の関係大阪駅の地下街のオープンテラスのカフェの前、亮は霧子が来るのを待っていた。<br /><br />2人の待ち合わせは、夜の8時。<br /><br />地下街は人通りが多く、少し離れた場所に視線を移すと、<br /><br />人混みで霧子が来るのを確認する事すらできない。<br /><br />亮は予め用意しておいた雑誌を読み始めるが、雑誌の内容に集中できなかった。<br /><br />そんな中、スーツの女性が亮の前に現れた。<br /><br /><br />「ごめん、待った?」<br /><br />亮が顔を上げると、息を切らせた霧子が立っていた。<br /><br />「随分、待たされたかな」そう言って亮は微笑んだ。<br /><br />「店は私が予約しておいたから、地上に上がろう」<br /><br />「OK」<br /><br /><br />2人は地下から地上に上がった。<br /><br />大阪の梅田にあるお初天神通りに入り、その途中にある大きな洋風の扉の店に入った。<br /><br />霧子が扉を開くと、中で待機していた店員が頭を下げる。<br /><br />「いらっしゃいませ」<br /><br />「8時半に予約した奥田です」<br /><br />「2名で予約の奥田様ですね。テーブルをご用意しております。こちらへどうぞ」<br /><br />照明が少し暗く、各テーブルの上にはランプが置かれている。<br /><br />料理など暗くて良く見えないが、どちらかと言うと居酒屋とバーの中間に位置する店の雰囲気だ。<br /><br />シンプルな料理が多く、あまり手の込んだ料理は見当たらない。<br /><br />お肉やチーズ、それにワインを主に扱う店だと亮は判断した。<br /><br /><br />店員に案内されて席に就くと、既に霧子はメニューを開き店員に注文をしていた。<br /><br />「じゃあ、ワインはこのボトルで、料理の方は、このコースでお願い」<br /><br />「すぐに、ご用意させて頂きます」<br /><br />店員がテーブルから離れた後、亮は店の中を見渡した。<br /><br />「この店に慣れてるね」<br /><br />「仕事終わりに友達と飲みに来る所なんだけど、凝った料理はないけど飲むには丁度いいと思うの」<br /><br />「しかし驚いたな。酒の弱い君が、こんな店を知ってるなんて」そう言って亮は笑った。<br /><br />店の雰囲気を観察した後、亮は視線を霧子に移した。<br /><br />「一応、これでもワイン好きなんですよ!」霧子は少し拗ねて見せた。<br /><br />その様子を見て亮は笑った。<br /><br /><br />1時間程経ち、霧子はかなり酔っていた。<br /><br />亮は冷静に飲みながら、そうなる事を待っていた。<br /><br />それ迄は明るい話題に触れながら霧子の笑いを誘っていたのだが、<br /><br />そこから亮の狙いの話題に入る。<br /><br />「悪いね。こんな形で大阪を去るのは辛いけど、いい思い出にはなるよ」<br /><br />「そう・・・、この位なら、いつだって出来るわよ」<br /><br />そう言って霧子は手に持っているグラスのワインを飲み干した。<br /><br />「君は酒に弱いんだから、そのぐらいにしておいた方が良くないかな」<br /><br />亮は霧子を子供に話すような口調で諭した。<br /><br />その口調に反応した霧子は、「何、それ・・・。今日はあなたの送別会なのよ!」と切り替えした。<br /><br />「そこまで言うなら、もう1本ぐらい飲んでも大丈夫かな?」<br /><br />挑戦的な言葉を亮は口にして、霧子にお酒を飲ませようとする。<br /><br />「大阪は楽しかったよ。特に君と出会えた事は、俺にとって最高の思い出だよ」<br /><br />「そう・・・、そんなのどうだっていいじゃない・・・」<br /><br />霧子は亮の思惑通り、アルコールが回り思考能力が落ちている。<br /><br />「実は、今日は飲み明かそうと思って、ホテル予約してあるんだけど、後で行くかい?」<br /><br />「いいわよ・・・。ホテルでも何処でも行って飲みましょう・・・」<br /><br />「そうさせて貰いますよ。お姫様」<br /><br />「私は姫様ではない! 霧子と言う名前があるのよ!!」<br /><br />「はいはい、霧子様」<br /><br />「様は要らない、霧子でいいの!!」<br /><br />亮に乗せられた霧子は、酔って上機嫌になっていった。<br /><br />(これで俺の手中に落ちたな)<br /><br /><br />2時間経ち、亮は霧子を連れて梅田の街を歩いた。<br /><br />しかし霧子の足は上手く前に出せなくなっている。<br /><br />そこは亮が霧子の肩を抱き、ゆっくりと歩く方向へと導いた。<br /><br />「俺はね、この都会の街に憧れて大阪にでてきたんだよ」<br /><br />「・・・」<br /><br />霧子は亮の話を聞いても、まともな返答ができない程酔っている。<br /><br />「本当なら、この街に自分の店を持つ事が夢だったんだけど、いつの間にか、その夢は潰れていたよ」<br /><br />「えっ・・・、誰に潰されたの!!」<br /><br />「君だよ。君が現れて、俺は自分の夢が潰れても君と一緒に居たくなってしまったよ」<br /><br />「えっ・・・、じゃあ一緒に居たらいいじゃない!」<br /><br />「じゃあ、そうさせて貰うよ」<br /><br />亮は大阪駅の方に向って、ゆっくり歩き始めた。<br /><br /><br />酔っている時、歩くと酔いが余計に回る。<br /><br />どんどん霧子は酔いが回り、いつの間にか亮に肩を支えられながら眠っていた。<br /><br />次に霧子が目を開けた場所はホテルの部屋だった。<br /><br />しかし霧子は酔っている。<br /><br />冷静な判断が働かず、座っていたソファーの上で寝ようとした。<br /><br />そこに亮がワインを持って現れた。<br /><br />「あれ? 何処に行ってたの?」<br /><br />「ワインを用意していたんだよ」<br /><br />そう言って亮は左手のワイングラスを霧子に見せた。<br /><br />「2次会」<br /><br />さすがに霧子も気分が悪いのか、亮の方に手を向けて飲めない事をアピールした。<br /><br />「お姫様は先程迄、あれだけ飲んでいたのに、ここでは飲めませんか?」<br /><br />少し呆れ口調で亮が言った。<br /><br />自分の思考能力が落ちている事に霧子は気付いたが、今更、どうしようも出来ない。<br /><br />「ごめん・・・、お酒は許して・・・、その他の事なら何でもするから・・・」<br /><br />亮は霧子の横に座り、ワイングラスを1つ霧子に持たせた。<br /><br />持たされたワイングラスの中にワインを注がれ、霧子は呆然と見る事しかできない。<br /><br />「ごめん・・・、もうお酒は飲めない・・・」<br /><br />「ハハハ、さっきの勢いはどうした」<br /><br />亮は笑っているが、霧子には亮の顔すら歪んで見える。<br /><br />「今日は最後迄、付き合って貰うよ」<br /><br />そう言って亮は自分のワイングラスにもワインを注いだ。<br /><br />やがて霧子は意識を失い、持っていたグラスを床に落とした。<br /><br />「眠ってしまったか」<br /><br />亮はソファーから立ち上がり、霧子の頬にかかる髪を上げ、霧子が寝ている事を確認した。<br /><br />亮は霧子の鞄を取って鞄を開け始めた。<br /><br />鞄の中身を慎重に探るが目的の物が見付からず、<br /><br />今度は霧子の上着のポケットを軽く叩き出した。<br /><br />手の内側に長方形のプラスチックのような物が当たると、それをポケットから取り出した。<br /><br />霧子の携帯だ。<br /><br />そのまま霧子の着信拒否の内容を確認して解除した。<br /><br />「もう、この人の着信拒否も必要ないな」<br /><br />着信拒否されていたのは、向井の電話番号だった。<br /><br />以前、亮が霧子を送った時、向井の電話を着信拒否するように設定していた。<br /><br />次にメールの簡易転送先の設定画面を開くと、そこには亮のメールアドレスが入っていた。<br /><br />それも亮の手により削除された。<br /><br />「これで完了だ」<br /><br /><br />そう霧子の携帯には、亮が仕掛けた着信拒否の設定で、<br /><br />向井からの電話は繋がらないように設定してあった。<br /><br />それだけではない。<br /><br />霧子の携帯の機能で、受信・送信メールは、全て亮の携帯に送られる。<br /><br />着信拒否は向井の携帯にも施されている。<br /><br />以前、向井が亮の店で薬によって眠らされた時、亮は向井の携帯の設定を触っていたのだ。<br /><br />2人にとって亮の存在は、全く関係のない人だった。<br /><br />だから何か起きても誰も疑う余地がなかったのだ。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺は自分の目指す道を捨てて迄、一人の女を手に入れる事に夢中になってしまった。<br /><br />それも今日で終わり。<br /></span><br /><span style="color:#ff0000;">霧子さえ手に入れられば、また明日からは自分の目指す道に戻ろう。<br /><br />また大阪で新しく働ける店を探そう。<br /></span><br /><br />次の日、霧子が目を覚ましたのは朝の9時。<br /><br />「おはよう、霧子、目が覚めたんだね」<br /><br />霧子は亮に声を掛けられ、慌てて自分の状況を確認した。<br /><br />布団が掛けられバスローブを着せられていた。<br /><br />(えっ、まさか・・・)<br /><br />テーブルの近くには何本ものワインのボトルが倒れている。<br /><br />(あれだけの量を飲んだの・・・)<br /><br />「霧子、朝食でも行かないか?」<br /><br />(いつから、霧子って呼ばれるようになってるの?)<br /><br />霧子には今の状況が掴めない。<br /><br />「昨日・・・、酔って寝てしまったの?」<br /><br />「たくさん飲んだ後、一緒にベッドに入ったよ」<br /><br />(何で、まだ別れて半年も経ってないのに他の男性と関係を持つなんて・・・)<br /><br />心の中で霧子は向井に対する気持ちが残っているのか、<br /><br />何処か向井に申し訳ない気持ちが浮かんでいる。<br /><br />「もしかして、俺は霧子の気持ちを無視して抱いた?」<br /><br />この状況で酔って抱き合ったなどと言えない。<br /><br />「ごめん、私、昨日の事を覚えてないかもしれない」<br /><br />霧子は右手で額を押さえた。<br /><br />「昨日、俺が君に告白した時、君も俺の事を好きだと言ってくれたんだ」<br /><br />自分の言った事すら何も覚えていない霧子は、ずっと頭を抱えていた。<br /><br />「・・・もしかして、私、あなたと付き合う事になってるの?」<br /><br />「あぁ、一応だがね。俺が霧子に告白してOKのサインを貰ってるよ」<br /><br />短絡的な遣り方だったが、誠実な霧子には堪える話だった。<br /><br />「ごめん、今日は家に帰らして、また連絡するから・・・」<br /><br />「あぁ・・・。もし俺の事が嫌になっても、昨日、俺が言った事は忘れないでくれ」<br /><br />(何なの、昨日、言った事って?)<br /><br />亮は霧子の前でバスローブを脱いで裸になった。<br /><br />霧子は目を逸らしたかったが、それすらも出来ない。<br /><br />その状況で亮は平然と自分の服に着替えた。<br /><br />「ごめん、シャワー浴びてくるね・・・」<br /><br />霧子は亮に遠慮するようにシャワーを浴びに行った。<br /><br /><br />2人はホテルをチェックアウトした後、大阪駅の構内に入り地下鉄を目指して歩いた。<br /><br />地下鉄に乗る時には、亮は霧子の腰に手を回し、霧子を自分の方に寄せている。<br /><br />そんな状態を霧子は受け入れたくもなかったが、自分の起こした事だと思って我慢していた。<br /><br />心斎橋駅に着いて、霧子は慌てて電車を降りようとした。<br /><br />「霧子、俺の気持ちに応えてくれて、本当にありがとう。また今晩にでも電話するよ」<br /><br />電車の扉が閉まり、亮の乗る電車は南の方角へ走り出した。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-79339336280001121792008-05-17T02:13:00.002+09:002008-05-17T02:24:39.731+09:00第11話:罪悪感<span style="color:#ff0000;">来月末で働いている店が閉まる。<br /><br />正直、お酒の作り方など、今の俺にはどうでも良くなっていた。<br /><br />それより霧子の気持ちを手に入れる方に頭が回っている。<br /><br /></span><br />亮は愛車に乗って霧子の住むマンションへ向った。<br /><br />車をマンションの前に停めて、亮はマンションのエントランスホールに向った。<br /><br />集合玄関機の前で霧子の部屋の番号を入力して、呼び出しボタンを押した。<br /><br />「はい!」<br /><br />霧子の声が聞こえてきて、亮は「香川です」と言うと、「どうぞ」と返事が聞こえた。<br /><br />『ウィーン。 カチャッ!』と自動で鍵が回る音が聞こえる。<br /><br />亮は自動扉を通過して奥へと入った。<br /><br />(ようやく正式な招待を受けて、ここに来る事ができたか)<br /><br />今迄、霧子が酔って送るのに不便な思いをしてきたが、<br /><br />今日は中から開けてもらえたので苦労する事がない。<br /><br />それが亮にとって、少し嬉しく感じた。<br /><br /><br />霧子の部屋の前に着くと、亮は呼び鈴を鳴らした。<br /><br />すぐにドアが開き、扉の隙間が出来ると、そこから亮は花を通した。<br /><br />扉の向こうから「綺麗」と言う霧子の声が聞こえた。<br /><br />亮は扉を開けて霧子に「こんばんは」と言って顔を見せた。<br /><br />「少し散らかっているけど、あがって♪」<br /><br />亮は花を霧子に渡し、靴を脱いでリビングへ入って行った。<br /><br />14畳程の広さのリビングに対面式のキッチンが見える。<br /><br />そのキッチンには湯気が舞い上がり、オリーブオイルの匂いがする。<br /><br />「いい匂いだね」<br /><br />亮はキッチンから窓の方へ視線を変えた。<br /><br />(綺麗な夜景だ)<br /><br />霧子の部屋は12階、その高さから見る夜景はビルの光が一面に広がり、<br /><br />外の世界が綺麗に見える。<br /><br />(こうやって霧子の部屋を見ると、俺と違う世界に住む人だと思い知らされるな)<br /><br />真剣な眼差しで外の光景を見た。<br /><br /><br />1時間も経てば、既に2人はグラスを片手に会話を楽しんでいた。<br /><br />「そのお客さんは、結局、家に帰れず駅員さんに起こされたんだよ」<br /><br />霧子は亮の話を聞いて笑っていた。<br /><br />「それで仕方なく、そのお客さん、うちの店に戻ってきて、朝までマスターに付き合って貰ったんだよ」<br /><br />亮は身振り手振りで、話を面白可笑しく表現した。<br /><br />その亮の様子に霧子は惹かれるものを感じていた。<br /><br />霧子のグラスにワインが入っていないのを確認すると、<br /><br />亮は自然にワインを霧子のグラスに注いでいた。<br /><br />楽しい時間が刻々と流れる中、2人は終始笑顔を絶やさない。<br /><br /><br />時計の針が10時を示し「いけない。 明日も仕事だね」と亮が言った。<br /><br />普通に2人が出会っていれば、どれだけ良かったのか? と亮は頭の中で思っていた。<br /><br />(こんな素晴らしい女性を俺は人から奪おうとしたんだな・・・)<br /><br />亮に大きな罪悪感が走り、後悔の念が頭の中を巡ろうとした。<br /><br />突然、亮はテーブルに肘を付き下に俯いた。<br /><br />「どうしたの?」と亮の様子に霧子は少し驚いた。<br /><br />「いや、何もないよ。 少しだけ考え事があってね・・・」<br /><br />亮の様子に霧子はどう対応すれば分からない。<br /><br />「よかったら話して?」<br /><br />亮はゆっくり顔を上げて「来月末、うちの店、閉めるんだよ」と静かに言った。<br /><br />「えっ?」<br /><br />霧子は亮の話が聞き取り難く、一瞬、自分が聞いた話が嘘のように思えた。<br /><br />「こんな話、言っても仕方ないけどね。 あの一件でマスターは店を閉めると言い出したんだ」<br /><br />あの一件とは、向井の件だと霧子にも想像がついた。<br /><br />「でも、あれは、あの人のせいであって、マスターが責任を感じる必要もないでしょ」<br /><br />霧子は亮に諭すように話した。<br /><br />「そうも行かないんだ。 あの写真はうちの店で撮影されてるからね」<br /><br />「ごめん、マスターが店を閉めるのは私のせいね・・・」<br /><br />「店を閉めるのはいいんだ・・・」<br /><br />「え? でも香川さんのお仕事を私が奪ってるのよ」<br /><br />「それは仕方ないさ」<br /><br />亮は少し微笑みながら霧子に言った。<br /><br />「ごめんなさい・・・」<br /><br />霧子は亮に頭を下げた。<br /><br />「は~、白けるな~。 こんな美人と食事できるなら、仕事を失っても我慢もできるよ」<br /><br />「でも・・・」<br /><br />霧子の中で罪悪感が大きくなっていくのを亮は期待した。<br /><br />(もう少しだ。 もう少し悪いと思う気持ちが大きくなったら、俺の思惑通りなんだ!)<br /><br />「まあ、バーテンの夢は捨てて田舎に帰ろうと思ってるんだけど、<br /><br />最後の思い出に俺とデートして貰えないか?」<br /><br />その言葉に霧子は迷った。<br /><br />霧子は亮に対して、特別な感情は持っていない。<br /><br />しかし、今迄、亮に相談に乗って貰ったりと世話にもなっている。<br /><br />デートして亮の気分が紛れるなら、1日ぐらい付き合おうと霧子は思った。<br /><br />「うん、いいわよ」<br /><br />「じゃあ約束だぞ」<br /><br />亮は少し微笑んでグラスに残っているワインを一気に飲み干した。<br /><br />そしてグラスをテーブルに置くと帰り支度を始めた。<br /><br />「今日はごちそうさま、本当に美味しかったよ」<br /><br />「ごめんなさい、辛い時なのに何もできなくて・・・」<br /><br />亮は霧子の言葉を気にせず、上着を手に取ってから玄関に向かった。<br /><br />その後ろを霧子が歩いてきた瞬間。<br /><br />亮が霧子の方を振り向いた。<br /><br />「今度のデート楽しみにしてるよ♪」と言って霧子に微笑んだ。<br /><br />霧子は少し戸惑いながら小さく頷いた。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">せっかくのチャンスを逃したが、まだ霧子の中に向かいは居るかもしれない。</span><br /><span style="color:#ff0000;"></span><br /><span style="color:#ff0000;">そう思うと、何もできずに家に帰る事になってしまった。</span><br /><span style="color:#ff0000;"></span><br /><span style="color:#ff0000;">少し時間を置いて、俺の困った姿を見れば、霧子は自分の罪悪感から、</span><br /><span style="color:#ff0000;"></span><br /><span style="color:#ff0000;">今の俺をほっておく事もできなくなるだろう。</span>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-45264063482048087322008-05-10T01:53:00.004+09:002008-05-10T02:03:26.684+09:00第10話:償い<span style="color:#ff0000;">前回の1件で、向井と霧子の関係は終わった。<br /><br />しかも、あの1件に俺が絡んでいる事は誰も気付いていない。<br /><br />マスターは自分の店で撮影された写真を見ている筈だが、<br /><br />俺に何も言ってこなかった。<br /></span><br /><br />霧子が向井と別れて3ヶ月が経とうとしている。<br /><br />亮は2日置きで霧子に電話をして、表向き失恋した霧子の気持ちを気遣う振りをしていた。<br /><br />既に霧子とは、友人関係迄進展して一緒に出掛ける事もあった。<br /><br />そして2人は週に1度は飲みに行った。<br /><br />飲みに行くのは、亮が休みの日。<br /><br />霧子の仕事が終わり2人は待ち合わせする。<br /><br />今日は亮の休みの日、待ち合わせの場所で2人が揃うと、<br /><br />お酒の飲める少し洒落たカフェに向った。<br /><br /><br />店は基本的に亮のお勧めの場所。<br /><br /><br />亮は仕事柄、お酒を扱う店には詳しい。<br /><br /><br />あまり暗い雰囲気の店を選ばず、照明の明るい店を選んでいた。<br /><br /><br />ボトルワインとコース料理を店員に頼んでから2人は、いつものように話し始める。<br /><br /><br />「仕事の方、忙しそうだね」<br /><br />「少し大きな仕事が取れそうなの」<br /><br /><br /><br />以前に比べ2人の口調は親しくなっていた。<br /><br /><br />別れてから霧子は向井の事を忘れる為、忙しい仕事ばかり選んでいた。<br /><br />それが上司に認められ、今迄よりも大きなプロジェクトを担当する事になった。<br /><br />「じゃあ、今日はお祝いだな♪」<br /><br />丁度、店員がワゴンを押して来た。<br /><br />「シャトー・マルゴーでございます」<br /><br />店員はワゴンの上で、ワインクーラーからワインを取り出した。<br /><br />乾いた布でワインを一拭きして、オープナーでコルクを抜くと、<br /><br />「後は俺がやるから下がって貰えるかな」と亮が言った。<br /><br />店員は乾いた布でワインの口を軽く拭いて、ゆっくりとワインを亮に渡した。<br /><br />そしてグラスをテーブルの上に置くと「失礼します」と言って、店員は下がった。<br /><br />亮は霧子のグラスと自分のグラスにワインを注ぎ、<br /><br />グラスを自分の目の高さに持って行き、グラス越しに霧子を見つめた。<br /><br />少し微笑んで霧子もグラスを手に持った。<br /><br />「今度のプロジェクトの成功を願って乾杯」<br /><br />そう言って亮はグラスを軽く霧子のグラスに当てた。<br /><br />霧子は笑顔で「頑張るよ」と言った。<br /><br />「今度、今迄のお礼をしたいんだけど、美味しいものでも食べに行かない?」<br /><br />亮はグラスをテーブルに置き、「気持ちだけ貰うよ。<br /><br />まあ奥田さんの手料理なら喜んで受けるけどね」と言った。<br /><br />霧子は少し考えたが、何度か亮に家に送って貰っている事を考えると、<br /><br />亮に対して警戒心が解けている。<br /><br />「あまり料理は上手くないけど、それで喜んでくれるなら、<br /><br />それでもいいわよ。 今度、私の家に来てもらえる?」<br /><br />「喜んで」<br /><br />亮は霧子の方を向きながら微笑んだ。<br /><br />「再来週の月曜から海外に行くから、来週の週末辺り都合の良い日はある?」<br /><br />「来週は木曜日が休みだから、その日はどうかな?」<br /><br />「じゃあ、来週の木曜日ね」<br /><br />「了解」亮は微笑んだ。<br /><br /><br />次の日の夜、亮とマスターは客が居なくなってから話しをしていた。<br /><br />「亮、お前は何故、バーテンダーを目指したんだ?」<br /><br />「私ですか? 色んな事情を抱えた客に、少しでも元気を与えるお酒を造りたいと思ったからですよ」<br /><br /><br />「そうか、お前も考えがあって、バーテンダーを目指したんだな」<br /><br />「マスターも目指すものがあって、バーテンダーになったのですよね?」<br /><br />マスターは少し苦笑して「いや、ワシはお前のように目的は持ってなかったよ」と言った。<br /><br />「じゃあマスターこそ、バーテンを目指した理由は何なのですか?」<br /><br />と亮は不思議な顔をしながら聞いた。<br /><br />「ワシは、成り行きでバーテンダーになっただけだ」<br /><br />その話に亮は驚いた。<br /><br />「でも、バーテンダーを目指したから、立派なバーテンダーになれたのですよね?」<br /><br />マスターは笑いながら、「ワシは1度もバーテンダーになろうと思ってなかったよ」と言った。<br /><br />「自分の店を展開して、見習いに店を持たしてオーナーとして成功しているじゃないですか」<br /><br />「今迄は成功したと思っていたさ。 しかし向井の事があってから、成功したとは思えん」<br /><br />「言葉悪いのですが、向井さんの件はマスターと無関係ですよ」<br /><br />あの日、早川が店に戻ってから亮は話を聞いているので、ある程度の状況も知っている。<br /><br />しかし亮は知らない話になっている為、マスターから何も聞かされてもいない。<br /><br />「ワシは、あの時、お前が向井の件を潰したと思ってたんだ」<br /><br />その言葉に亮は焦りが生じた。<br /><br />(やっぱり、マスターも俺を疑っていたか・・・、まずいな・・・)<br /><br />一瞬間が空いて、マスターは口を開いた。<br /><br />「でもな、お前はワシの所に来てから、ひたすらバーテンダーを目指してる。<br /><br />誰よりも真面目にだ。 そんな奴を疑ったら、ワシも人として考えもんだ」<br /><br />「あの日、何があったのですか?」<br /><br />亮は覚悟を決めて話を聞く事にした。<br /><br /><br /><span style="color:#000099;"><strong>あの日、顔も知らん男に写真が届けられた。<br /><br />その写真には、この店で向井と知らん女性が抱き合っている姿が写っていたんだ。<br /><br />向井はジャケットを羽織っていたが、女性の方は下着姿だった。<br /><br />店の中でするような行為だとは思えんし、これまで向井は、そんな不祥事を1度も起こしていない。<br /><br />店は亮に任せていたから、当然、お前が居る前で、そんな行為が出来る筈もなかろう。<br /><br />だから向井に対して、お前が仕掛けた罠だと思ったんだ。<br /><br />正直、次の日、お前をクビにする事だって考えていた。<br /><br />しかし、次の日もお前は、働いている間、冷静に仕事をしておった。<br /><br />普通の奴なら、あれだけの事を起こして普通に仕事はできん。<br /><br />それが出来る奴は、まず何もしていなかったか、本物の悪人だけだろう。<br /><br />ワシが知る亮は、まず悪人ではないと思っておる。<br /><br />だからワシはお前を信じる事にした。<br /><br />だが、あれだけ嫌な目に遭わしてしまった向井には申し訳なくてな。<br /><br />あいつも、あれ以来、行方をくらましてしまった。<br /><br />会社の方に連絡すると、退職届けを出して、今月末には仕事を辞めるらしい。<br /><br />既に会社に顔を出してもおらんそうだ。<br /><br />あいつの人生を・・・、ワシが無茶苦茶にしてしまった。<br /><br />ワシが出来る向井への侘びは、不祥事が起きた、この店を閉める事だ。<br /></strong></span><br />その話を聞かされ、亮は天井に顔を向けた。<br /><br />「本気で店を閉める気ですか?」<br /><br />「お前には申し訳ないが、これぐらいしかワシは向井に詫びる方法を知らん」<br /><br />(全く情けない話だ。 あの程度の事で責任負った言い方するなんて・・・)<br /><br />今の亮は店の事など、どうでも良かったのかもしれない。<br /><br />霧子の気持ちを自分の方に向けるので頭が一杯だった。<br /><br />「じゃあ、マスター、俺はいつまで働かせて貰えるのですか?」<br /><br />「来月末、この店を閉めるつもりだ。<br /><br />亮の働き先は、以前、この店で見習いをしていた奴に頼もうと考えている」<br /><br />さすがの亮も店を閉める話は少し辛かった。<br /><br />(参ったな、いきなり失業か・・・。 今更、新しい場所で働く気にもなれないしな・・・)<br /><br />「亮、すまん・・・」<br /><br />マスターは亮の方を向き頭を下げた。<br /><br />しかし、その話を利用して、更に霧子の気持ちを自分の方に向ける方法を考えついた。<br /><br />『どうせなら、この話を使って、今度の木曜日に目的を達成しよう』滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-9383177200013782272008-05-02T19:49:00.004+09:002008-05-03T01:01:37.405+09:00第9話:証拠写真梅雨の時期に入り湿気が漂い、店の外は蒸し暑く、歩くだけでも汗が流れた。<br /><br />そんな様子を眺める亮は、店の中に1人でいた。<br /><br />今日は珍しくマスターが休みを取り、仕込みから亮が行っている。<br /><br />そこに『カランッ』と鈴の音が鳴り、店の扉が開いて1人の女性が入ってきた。<br /><br />その人が訪れるのを亮は待っていた。<br /><br />「いらっしゃいませ」<br /><br />店に入ってきたのは霧子。<br /><br />亮は霧子の表情を伺いながら「心の準備は出来ましたか?」と尋ねた。<br /><br />何か思い詰める表情をしながら、亮の問いにゆっくりと頷いた。<br /><br /><br />丁度、その頃、マスターは知人の店で祝いの準備をしていた。<br /><br />店はマスターの名前で貸し切られ、今日は他の客が来る事もない。<br /><br />普段、自分の店で着るベストを着て、マスターは厨房に入って料理をしている。<br /><br />「どうだ謙吾。 久し振りに作るワシの料理は♪」<br /><br />上機嫌のマスターの横で謙吾と呼ばれる男は微笑んでいた。<br /><br />体格の良い謙吾は微笑むと凄く人懐っこい顔になる。<br /><br />「今日は随分、ご機嫌良いですね」<br /><br />謙吾の太い声がマスターに届くと、マスターは笑顔で頷いた。<br /><br />謙吾は、マスターの店で見習いをして店を出している。<br /><br />向井がマスターの店に行くようになった頃、謙吾は見習いで働いていた。<br /><br />お互い新社会人として苦楽を共に歩んできた。<br /><br />その為、謙吾は向井と仲が良かった。<br /><br />「古くから常連の向井だ。 今日ぐらいはワシも頑張らんとな」<br /><br />「じゃあ、後は頼みましたよ。 俺は店の中の準備しますので」<br /><br />そう言って謙吾は店のホールに出て行った。<br /><br /><br />今日この店で、向井が霧子にプロポーズをする。<br /><br />そこに招かれたのは、大阪に居た頃にお世話になった上司や同僚である。<br /><br />霧子からOKの返事が出た瞬間、店の中が婚約パーティーの場に変化する。<br /><br />マスターを中心に、向井と一緒に来る常連客が企画した。<br /><br /><br />1時間後、店の中にはたくさんの人で賑わい、向井を中心に色んな人の姿があった。<br /><br />初老の男性が向井に近付き「いつお前の婚約者はくるんだ?」と言った。<br /><br />「小阪部長、これからプロポーズするのに婚約者って言い方は、まだ早いですよ」<br /><br />向井の返答に初老の男性は笑いながら「でも明日には婚約者になってるんだろ。<br /><br />それとも違うのか~♪」と向井を冷やかした。<br /><br />そんな上司の冗談を聞きながら向井は時計を見た。<br /><br />時刻は19時50分を超えている。<br /><br />予定では店に20時の待ち合わせの筈だった。<br /><br />(霧子の奴、遅いな・・・。 そろそろ始まるぞ・・・)<br /><br />向井は胸ポケットから携帯を取り出し霧子に電話を掛けた。<br /><br />しかし呼び出し音が鳴り続け、霧子が電話に出る様子はなかった。<br /><br />マスターが向井に近付いて「そろそろ始めるけど、まだ彼女は来ないのか?」と言った。<br /><br />「まだ霧子が来てないので、俺、店の周りを見てきます」<br /><br />そう言って向井は店を出て行った。<br /><br /><br />亮の居る店では、友人の早川が椅子に座っていた。<br /><br />「そろそろ時間だから、これを届けてくれるか」<br /><br />亮は大きな封筒を早川に渡した。<br /><br />「これを向井って奴に渡せばいいんだな?」<br /><br />「そうだ」<br /><br />早川は封筒を受け取ると、椅子から立ち上がり表の扉を開けた。<br /><br />亮が早川の傍に駆け寄り小声で話した。<br /><br />「その中に写真が入っている。その写真を封筒から出して、他の人にも見えるようにしてくれ」<br /><br />「あぁ」と早川は小さく返事して店の外に出た。<br /><br />亮は店の奥に戻りカウンターに座る霧子の方を見た。<br /><br />亮の視線を感じた霧子は「こんな役目をお願いして、本当にすいません」と頭を下げた。<br /><br />「辛いとは思いますが、ここは我慢してください。<br /><br />その方が奥田さんの為にも絶対に良いですから」<br /><br />「はい」<br /><br /><br />マスターの居る店に早川が着く頃、既に時計の針が20時10分を示していた。<br /><br />皆、霧子の到着を待ちわびている。<br /><br />そんな状況の中、店の扉が開き1人の男性が入ってきた。<br /><br />亮の居る店から早川が封筒を持ってきたのだ。<br /><br />店の中に居る人の視線が早川の方へ向いた。<br /><br />この店に早川を知る者は居ない。<br /><br />早川が店に入り、辺りを見渡した為、この店のマスターである謙吾が早川の傍に駆け寄った。<br /><br />「すいません、今日は貸切の為、他のお客さんは入れないんですよ」<br /><br />太い声が店に響く。<br /><br />「ここに向井って言う人は居るか?」<br /><br />向井の名前が見知らぬ男性の口から出たのでマスターが反応した。<br /><br />「アンタ、向井の知り合いかな?」<br /><br />「いや、俺は人から頼まれて、これを向井に渡してくれと言われて来たんです」<br /><br />封筒をマスターに見せて早川は微笑した。<br /><br />「後、少しで戻ってくると思うから、少し待ってくれるか?」<br /><br />「フッ!」と早川は軽く息を鼻から吐き出した。<br /><br />そこに向井が扉を開けて店に戻ってきた。<br /><br />息を切らせながら「ハァハァ、すいません! まだ仕事終わっていないのかもしれません。<br /><br />連絡も取れないんですよ」と向井は大きな声で言った。<br /><br />早川は後を振り向いて向井と向き合った。<br /><br />「アンタが向井さんだな」<br /><br />いきなり見知らぬ男性に声を掛けられ、向井も少し驚いたが、<br /><br />すぐに冷静さを取り戻して「君は誰の知り合い?」と聞いた。<br /><br />早川は苦笑いして「奥田さんの知り合いですよ」と答えた。<br /><br />その言葉に向井の表情が変わり「霧子の!」と叫んだ。<br /><br />向井の叫び声で、周りに居る人達は一斉に早川と向井の方を向いた。<br /><br />「霧子は、どこに居るのか知ってるのか?」<br /><br />向井は早川の両手を挟むように腕を掴み問い詰めた。<br /><br />「ああ、知ってるよ」<br /><br />早川は向井の様子を冷静に見て微笑している。<br /><br />この事態に冷静でいられる早川に対して、<br /><br />向井は気持ちが熱くなり「霧子はどこに居るんだ!」と早川に向って叫んだ。<br /><br />向井の様子が尋常でないと思い、マスターが向井に近付いて左手を掴んで後に引いた。<br /><br />「向井、やめるんだ。 この人は霧子さんが遅れる理由を伝えに来てくれたんだ」<br /><br />向井はマスターに腕を引かれ早川の腕を放した。<br /><br />「それで奥田さんは、いつここに来るのですか?」<br /><br />冷静に対応できるマスターが向井の前に立ち、穏やかな口調で早川に質問した。<br /><br />「ここには来ないよ。 俺はこの封筒を向井って人に渡すよう頼まれただけだ。<br /><br />それにここには奥田さんは来ない」<br /><br />向井の目が見開き、マスターを手で避けて早川の胸ぐらを掴みかかった。<br /><br />「お前、霧子に何かしたのか!!」<br /><br />いきなり胸ぐらを掴まれて気分を悪くした早川は、<br /><br />向井の腕の振り払い向井の首を両手で掴んで、<br /><br />首を自分の方に引いて腹に膝蹴りした。<br /><br />あまりの衝撃に向井は床に跪いた。<br /><br />「すまんが、表で私と話そう」<br /><br />収拾が付かなくなる前にマスターが向井と早川を引き離し、<br /><br />早川を店の外に押し出そうとした。<br /><br />マスターに抵抗するように早川は足を踏ん張った。<br /><br />そして「ここで見せたい物があるんだよ」と言った。<br /><br />床に跪いた早川は「何をだ?」と苦し紛れに声を出した。<br /><br />封筒から写真を取り出して、早川は写真を掴んだ手を頭上に上げた。<br /><br />どんな写真なのかは早川も知らない。<br /><br />早川も自分の手に持つ写真を見た。<br /><br />その写真には向井が女性と酒を飲んでいる姿が写っている。<br /><br />一瞬、周りの居る人の視線が釘付けになったが、<br /><br />方々で「びっくりするよな」と安心する声が飛び交いだした。<br /><br />だが早川の手に持つ写真は1枚だけではなかった。<br /><br />早川は持っている写真を1枚ずつ手から離し床に落として行った。<br /><br />落ちて行く写真は、床を滑り色んな人の所まで滑って行った。<br /><br />その写真を周りの者が拾い上げだした瞬間、『何、これ!』と叫ぶ声が聞こえた。<br /><br />それだけではない、他の者からは、『エッ・・・』とか絶句する声が聞こえる。<br /><br />向井とマスターは周りを見渡し何が起きたのか気になりだす。<br /><br />2人は声を出した人の写真を取り上げて見ると、<br /><br />そこには店の中でわいせつな行為をする向井の姿が鮮明に写っていた。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-79503084384581234902008-04-25T18:35:00.004+09:002008-04-27T02:43:09.248+09:00第8話:罠朝から大きな粒の雨が、休む間もなく振っている。<br /><br />夕方になっても雨が収まらない為、今日は店に来る客を寄せ付けない。<br /><br />マスターと亮の2人は開店してから客が来るのを立って待っていた。<br /><br />既に時刻は8時を超えようとしている。<br /><br />普段なら、この時点で少なくても3人ぐらいは客が入っていが、<br /><br />この雨の影響で今日は1人も客が来ない。<br /><br />「今日の雨は酷いな。 1人も客が来ないぞ・・・、これはうちも潰れるぞ~」<br /><br />と冗談混じりでマスターが険しい顔をした。<br /><br />「傘を持っていたとしても、この雨では意味がないでしょ。<br /><br />こんな日は誰も好んで地上を歩きません。 今日は地下道を通りますよ」<br /><br />そう言いながら亮は苦笑した。<br /><br />「じゃあ、今日は思い切って店を閉めるか!」マスターは苦笑いする。<br /><br />「マスター、今日は帰ってもいいですよ」<br /><br />お互い客の入ってくる店の扉に視線を向けるが、一向に客が入ってくる様子がないと思うと疲れる。<br /><br />客の来る様子がない日に、2人で店に居ても仕方ないと思ったマスターは、<br /><br />「お前は、働き者だな~・・・」と亮に言いながらベストを脱ぎ始めた。<br /><br />そんなマスターの様子も気にせず、「少しでも、マスターの仕事を取り上げないと、<br /><br />自分の店を持つ事なんて出来ませんからね」と強気な表情をした亮が言う。<br /><br />「じゃあ、怠け者のワシは帰らせて貰うとして、12時に客が居ないなら、今日は閉店にしてくれ」<br /><br />「分かりました」<br /><br />外の雨の振る勢いは衰える事がなく、徐々に風が強くなり、雨の音が轟音と変わりつつある。<br /><br /><br />マスターが家に帰ってから1時間後、亮は霧子の携帯に電話をした。<br /><br />「今日は、この雨で客の出入りもありません。<br /><br />こんな日は売り上げに繋がらないので、好きなお酒でも造らせてもらいますよ」<br /><br />店に客が訪れる事もないのであれば、亮は霧子の為にお酒を造ろうと考えた。<br /><br />電話で話している間、亮は上機嫌で笑顔が耐えない。<br /><br />その会話の最中、『カラン!』と鈴の音が鳴り店の扉が開いた。<br /><br />突然の客の訪問に、「ごめんなさい、今、お客さんが来ましたので、<br /><br />また後で電話させて貰います」と急いで霧子に言った。<br /><br />電話を切ると亮は慌てて客の方を向き、いつもの対応をとる。<br /><br />「いらっしゃいませ」<br /><br /><br />そこには雨で濡れた向井の姿があった。<br /><br />「向井さん・・・」<br /><br />普段明るい性格の向井が今日は暗い。<br /><br />その様子に亮は、内心驚いている。<br /><br />「亮ちゃん、マスターは?」と険しい表情で亮に尋ねた。<br /><br />「今日はお客さんの入りが少ないので、自宅に帰りました」<br /><br />「亮ちゃん、悪いけど、マスターに連絡が取れるかな?」<br /><br />「連絡は取れると思いますが、突然、どうしたのですか?」<br /><br />「ごめん、込み入った話で、今、説明している暇はないんだ」<br /><br />向井の突然の訪問に亮は凄く気になる。<br /><br />「分かりました、すぐに連絡を取ってみます」<br /><br />店の電話からマスターの携帯に連絡を入れるが、移動中なのか携帯の電源が入っていない。<br /><br />「駄目ですね、今、電波の入らない場所に居るみたいですよ」<br /><br />「じゃあ、悪いけど、ここでマスターを待たせて貰えるかな?」<br /><br />「何かお造りしましょうか?」亮は乾いたグラスを持ち出して言った。<br /><br />「今は要らない。 ここで待たせて貰うよ」<br /><br />向井の顔には焦りの表情がある。<br /><br />亮も向井に何があったのか気にはなるが、それをここで話す程、向井と亮は親しい間柄でもない。<br /><br />それから10分置きに亮はマスターの携帯に電話をした。<br /><br /><br />30分程経つと向井は冷静な気持ちを取り戻したのか、突然、口を開いた。<br /><br />「せっかくマスターが居ない日だったのに、突然、店に来てごめんな」<br /><br />「うちの大事な常連さんなのに何を気遣っているのですか? それより何かあったのですか?」<br /><br />「実は来月の中旬に彼女にプロポーズをするつもりだったんだ」<br /><br />「そうだったのですか!」亮はわざと大袈裟に驚く振りをした。<br /><br />「それが、最近、彼女に連絡が取れなくなったんだよ・・・」<br /><br />向井が目を閉じて言った。<br /><br />向井の様子に合わせて、亮も真剣な表情に変わり「何か揉められたのですか?」と聞いた。<br /><br />「いや・・・、大きな揉め事は何もないんだよ、ただ携帯に連絡が繋がらなくて・・・」<br /><br />そう言って向井はカウンターに肘を付いて、下に俯き後頭部の髪の毛を両手で掴んだ。<br /><br />その手には力が入り、今にも後頭部の毛が抜けそうだ。<br /><br />少し間を置いて亮が口を開いた。<br /><br />「向井さん、少しの間、留守番をお願いしていいですか?」<br /><br />亮の言葉に向井は顔を上げて軽く頷いた。<br /><br />亮は裏口に置いてある自分の鞄から携帯を取り出し、傘を持って裏口から外へ出て行った。<br /><br /><br />やがて表の扉が開き、雨が地面に強く叩きつけられる音と共に、亮が店の中に戻ってきた。<br /><br />亮が向井の様子を見ると、まだ向井は下に俯きながら静かに座っている。<br /><br />亮は扉の内側に掛かっている札を静かに反対に向けた。<br /><br />店の外から見ると札は『CLOSED』と書いてあった。<br /><br />(とりあえず、これで客は入ってくる事はないだろう)<br /><br />店が閉まった事に気付かず、向井は顔を上げて亮の方を振り向いた。<br /><br />「おかえり、客は来なかったよ」と言った。<br /><br />「まあ、こんな酷い雨です。お客さんも地下街の店に行くでしょうね」<br /><br />亮は苦笑しながら店の奥に入る。<br /><br />「亮ちゃん、暇だったら、俺と一緒に飲んでくれないか?」<br /><br />「いいですよ。 何を飲まれますか?」<br /><br />「じゃあマティーニを・・・」<br /><br />(向井さんがマティーニとは珍しいな、これは本当に2人の関係が危ういかもしれないな)<br /><br />「分かりました。 すぐに用意します。」<br /><br /><br />亮は裏口の傍に置いてある予備の冷凍庫に近付いた。<br /><br />そして冷凍庫の蓋を開けて、大き目の氷を何個か取り出した。<br /><br />それを調理台の上に置き、向井の様子を見た。<br /><br />向井は亮の様子も気にせず下に俯いている。<br /><br />(よし、見られていない)<br /><br />そう思った亮はポケットの中から薬を3錠取り出して、薬を氷と同じ場所に置いた。<br /><br />亮は急いでアイスピックで氷と薬を砕き始めた。<br /><br />『ゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ!』<br /><br />氷の下に置かれてある薬は粉上に変わり、それを手で氷と一緒にかき集めた。<br /><br />残った氷は流しに手で落とし、粉状の薬は氷と一緒にシェイカーの中に入れた。<br /><br />その様子に向井は一切気付いていない。<br /><br />いつものようにシェイカーを上手く振ったつもりだが、亮は少しだけ焦っていた。<br /><br />普段ならリズム良く振るシェイカーも、上手く振れず何度も手が止まった。<br /><br />グラスにお酒を注ぐと僅かに沈殿する薬の粉が見えた。<br /><br />(この程度なら大丈夫か?)<br /><br />亮の中で不安が募る。<br /><br />亮はお酒を向井に手渡し、向井の様子を見ていた。<br /><br /><br />向井は薬が入っている事を気付かずマティーニを飲み始めた。<br /><br />辛い事情を抱えて酒を飲む向井は、目を瞑ったままマティーニを一気に飲み干す。<br /><br />向井は亮にグラスを差し出し、亮にお替りを所望した。<br /><br />次々とグラスを空けて、お酒を飲み続ける向井が静かに眠りに落ちた。<br /><br />その様子を亮は確認して、眠る向井の傍に静かに近付く。<br /><br />そして向井の鞄をゆっくりと持ち、そのまま店の奥に戻って行った。<br /><br /><br />向井の鞄を開けると、まず手帳が見えた。<br /><br />その手帳を取り出して開くと、マスターの知人の店の名前が書かれてある。<br /><br />その欄を見ると、マスター以下、向井と仲の良い常連客の名が連ねられていた。<br /><br />その日の亮の予定は、1人で店を任される日。<br /><br />(この日に霧子にプロポーズする気だったのか・・・)<br /><br />亮はマスターの動きを見てから、自分の行動を決めようと思っていた。<br /><br />しかし、向井が行動に移る以上、亮も先に手を打つ必要が迫られた。<br /><br />(仕方ない、何があるのか分からないけど、多分、俺には都合の悪い日に思える。<br /><br />それなら先に手を打つか)<br /><br />亮は手帳を閉じて向井の鞄の中に手帳を戻した。<br /><br />そして傍に置いてあった自分の携帯を取り、知人に電話を掛け始めた。<br /><br />「俺だ。 亮だ。 悪いけど、お前の店の女の子を1人手配してくれないか?」<br /><br />相手が話す間、亮は落ち着かず携帯を持つ手を何度も変える。<br /><br />「上手くやってくれたら礼は弾む!」<br /><br />その後、亮は相手の話を聞いて電話を切った。<br /><br /><br />『これで後に戻る事は出来んぞ。 生涯に1度だけ俺にもチャンスをくれ』滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-23765811308807712532008-04-18T17:59:00.003+09:002008-04-19T01:22:05.678+09:00第7話:疑念客の少ない時間帯、店の中でマスターが向井と電話をしていた。<br /><br />「そうか、やっとお前も、その気になったんだな」<br /><br />向井の話す間、マスターは微笑みながら相槌を打つ。<br /><br />話が終わると、マスターは「それなら喜んで協力するぞ」と言った。<br /><br />その横で亮は、電話の内容を気にしながら聞き耳を立てている。<br /><br />しかしマスターの会話だけでは、亮には2人の会話が理解できなかった。<br /><br />(一体、2人は何を話してるんだ?)<br /><br /><br />時刻は夜中の4時。<br /><br />亮は家に帰りベッドの上で、仕事の疲れを忘れて雑誌を読んでいる。<br /><br />静かな部屋、突然、ピリリリリッ! ピリリリリッ! と携帯が鳴った。<br /><br />亮は携帯を耳元に持って行き、通話ボタンを押した。<br /><br />「はい、香川です」<br /><br />「こんばんは、奥田です。 こんな時間にすいません・・・」<br /><br />「いえ、仕事中以外であれば、いつでも掛けて貰って構いませんよ」 亮は微笑んだ。<br /><br />「少し眠る事が出来なくて、香川さんに話を聞いて頂きたいと・・・」<br /><br />「いいですよ。 私で良ければ話しを聞かせて貰いますよ」<br /><br />「ありがとうございます」<br /><br /><br />数時間、亮と霧子は電話で話し合った。<br /><br />電話で話した内容は、本当の所、向井が霧子の事をどう思っているか?<br /><br />亮にとっては、これ程、嫌な話はない。<br /><br />しかし確実な信頼を得る為には、色んな機会を得る必要もある。<br /><br />その為、どんな嫌な話を聞いたとしても、 亮は嫌な顔1つせず話を最後まで聞いている。<br /><br />それを知らずに霧子は、 親密に話を聞いてくれる亮に自分の気持ちを晒し出していた。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000;">俺が店を休んだ日、マスターが向井の為に動こうとしていた。<br /><br />もしかしたら、俺の霧子への気持ちがマスターにばれているのかもしれない。<br /><br />そんな不安に駆られたが、俺は既に霧子を向井から奪う行動に移している。<br /></span><br /><br />亮が店を休みの日。<br /><br />店の電話が鳴り、マスターが電話を取った。<br /><br />「はい、ワンショットバーです」<br /><br />「もしもし、マスター? 向井です」<br /><br />「どうだい? ちゃんと用意は出来たのか?」<br /><br />「えぇ、まあ、来月の中旬には1度大阪に戻ります」<br /><br />「そうか、じゃあワシらは店の準備をしておけば良いんだな?」<br /><br />来月の中旬、向井は霧子にプロポーズをするつもりでいた。<br /><br />プロポーズする場所は、マスターの友人の店。<br /><br />プロポーズする場所はマスターが手配して、 婚約指輪と式場のパンフレットを向井が用意していた。<br /><br />その他に向井の同僚が、会社の人達や上役を呼ぶ手配もしていた。<br /><br />「それより、彼女と上手く行っているのか?」マスターは2人の仲を気にした。<br /><br />「それが最近、電話で連絡しても繋がらない事が多いのですよ」<br /><br />「でも、お前の彼女は、うちの店によく顔は出すぞ」マスターは険しい顔をして言った。<br /><br />「えぇっ! そんな話は一切知りませんよ」<br /><br />「ワシは、お前達の関係が上手く行ってるから、ここに彼女が来てるのかと思ってたんだが・・・」<br /><br />「とんでもないですよ。 ここ3ヶ月程でも1、2回程度しか電話で話してませんよ」<br /><br />「そうか、分かった。 じゃあ次に彼女が店に来たら、 お前が連絡したがっている事を伝えておいてやるよ」<br /><br />「お願いしますよ~。 これだけ周りを巻き込んで準備してるのに、 肝心の相手が居なくなってたなんて、俺は笑い者ですよ~」<br /><br />2人の会話は笑い話で済んだが、 マスターの胸中に始めて亮に対する疑惑が生まれ始めた。<br /><br /><br />次の日、亮が店に出勤した時、真剣な表情をしてマスターが亮に近付いた。<br /><br />「マスター、難しい顔されていますが、何かあったのですか?」<br /><br />「亮、お前、最近向井の彼女と親しくしていると思うが、<br /><br />お前の勝手な考えで手を出したりしてないだろうな?」<br /><br />「まさか、マスター。 私が向井さんの彼女に恋心を抱いていると思っているのですか?」<br /><br />亮に冷静に答えられ、問いただそうとしたマスターが焦ってしまった。<br /><br />「いや・・・、何・・・、最近・・・、向井の彼女が良く来るだろう・・・。 それも飲めない癖にだ・・・」<br /><br />「いいんじゃないですか。 酒の飲み方なんて、人それぞれ楽しみ方があるのですから」と言いながら亮はマスターに微笑んだ。<br /><br />(そうだな、まさかこいつが店の常連客に手を出すなんて考えられん・・・)<br /><br />「すまん、ワシの勝手な思い込みだ。 今の話は忘れてくれ」<br /><br />そう言ってマスターは開店準備の仕込みに入った。<br /><br />その日の夜も亮と霧子は電話で話していた。<br /><br />「今日、マスターが電話で話しているのを悪いと思ったのですが聞き耳を立ててしまいました。どうも向井さんが店の近くに出没しているみたいですね」<br /><br />「そうなのですか・・・、私に内緒で何をしてるんでしょ?」<br /><br />「それは分からないのですが、どうも私にも内緒にしているみたいですね」<br /><br />「それって人に言えない事をしてるからかしら?」<br /><br />「奥田さんの彼氏を悪く言うつもりはないのですが、以前から常連客の中には、怪しい行動を取っている人も居ますからね」<br /><br />「どんな怪しい行動なのですか?」亮の話に霧子は不安に駆られた。<br /><br />「万が一、向井さんが関わっているのでしたら、向井さんと別れる事も考えた方がいいかと・・・」<br /><br />亮は霧子に初めて向井への疑念を抱かす話をした。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-87873371421288989052008-04-12T00:42:00.006+09:002008-04-12T00:54:54.828+09:00第6話:欲望<span style="color:#ff0000;">俺は大阪に出て、初めて目標を見失っている。<br /><br />都会の街でお酒を造って、色んな人を喜ばしたり癒したりできる、<br /><br />そんなバーテンダーを目指して来た筈なのだが・・・。<br /><br /><br />今は自分の欲望が大きくなって抑える事が出来なくなっている。<br /><br />常連客の特定の女に気を取られるなんて、俺のモラルに反している。</span><br /><br /><span style="color:#ff0000;">それが霧子と言う1人の女性に気持ちが向いていた。<br /><br />今は酒造りの勉強よりも、霧子の気持ちを俺の方に向けたい・・・。</span><br /><br /><br />店の中でシェイカーを振る亮。<br /><br />最近、亮のバーテンダーの腕も上がり、マスターも酒造りを亮に任せる事が増えていた。<br /><br />亮に店を任せる事が増えると、若い年齢層の客が店に訪れる。<br /><br />それが店の売り上げにも繋がっていた。<br /><br /><br />マスターがグラスを拭きながら、小声で亮に話しかけた。<br /><br />「ここ数ヶ月で、お前の酒の造り方は、凄く上手くなっているな」<br /><br />亮は「ありがとうございます」と真剣な眼差しで言った。<br /><br />「お前に、その気があれば、店を持たす事も考えようと思ってる」<br /><br />亮は嬉しい気持ちを押し殺して、冷静に「ありがとうございます」と言った。<br /><br />「あぁ、だが後3年は我慢して修行してもらうけどな」<br /><br />「はい・・・」<br /><br />3年と言う言葉に、亮は嬉しさが半減した。<br /><br />それでも今迄の見習いは、マスターの元で最低5年は修行している。<br /><br />それを考えると、頑張る気が失せる訳でもない。<br /><br /><br />扉が開き、外から1人の女性客が入ってきた。<br /><br />「いらっしゃいませ」マスターが言った。<br /><br />亮が扉の方を見ると、霧子の姿が目に入った。<br /><br />「今日は向井とご一緒ではないのですか?」<br /><br />マスターは霧子に聞いた。<br /><br />「いえ、私1人です」<br /><br />「じゃあ向井に連絡しましょうか?」<br /><br />「いえ、今日は私1人で飲みに来ました」<br /><br />返答する霧子の声は冷やかだ。<br /><br /><br />霧子はマスターが向井の肩を持つ人だと知っているので信用していない。<br /><br />店に来てもマスターに目を合わさず、話す時は亮の方を見ていた。<br /><br />亮はマスターに代わり霧子の対応を始めた。<br /><br /><br />「いつもと違うお酒を用意致しましょうか?」と亮が言った。<br /><br />「えぇ、お願いできますか?」<br /><br />霧子は亮の声に反応して、冷やかな声から普段の声に戻った。<br /><br />その様子に驚いたのはマスターだ。<br /><br />(何だ、ワシの出る幕ではない感じだ・・・)<br /><br />マスターは亮の耳元に顔を寄せて「ここはお前に任せるから、後は頼むぞ」と言った。<br /><br />「はい、任せて下さい」亮は静かな声で答えた。<br /><br /><br />亮は後の棚からリキュールを取り、リキュールベースのカクテル造りの準備に取り掛かった。<br /><br />マスターが裏口から出て行くのを確認して、亮は霧子に話しかけた。<br /><br />「あれから向井さんは来ていませんが、時々マスターに連絡は入っているようです」<br /><br />亮はお酒の入ったグラスを霧子の前に差し出す。<br /><br />霧子はグラスを口元へ持って行き、一口だけ口の中に含んでグラスを置いた。<br /><br /><br />亮は切ったレモンをタッパに直しながら、霧子に話しかけた。<br /><br />「向井さんとは上手く行ってないのですか?」<br /><br />その言葉に霧子は表情が暗くなった。<br /><br />「最近、あの人に連絡しても繋がる事は少ないし、連絡をくれる事も減りました・・・」<br /><br />「1度、名古屋に行って、向井さんの様子を見に行かれてはどうですか?<br /><br />お忙しい方なので霧子さんが来るのを待っているかもしれませんよ」<br /><br />亮は微笑みながら霧子に話した。<br /><br />「あの・・・、非常に申し上げ難いのですが、よろしければ相談相手になって頂けませんか?」<br /><br />亮は目を瞑りながらゆっくりと頷き、「いいですよ」と答えた。<br /><br /><br />時刻が0時を過ぎた頃、マスターが裏口から静かに入ってきた。<br /><br />カウンターの方を見ると霧子が居る。<br /><br />「亮、彼女の様子はどうだ?」小声で亮に言った。<br /><br />亮はマスターの方に近付き苦笑した。<br /><br />「また寝てますよ」<br /><br />「そっか・・・、飲めないお酒でも彼氏に近付く為、飲むんだな・・・」<br /><br />「マスター、休憩貰えますか? 彼女を車で送ります」<br /><br />「あぁ、そうか。 そうしてくれ」<br /><br /><br />亮はベストを脱いで、カウンターに座る霧子の脇に腕を通した。<br /><br />そして表の扉から霧子を抱えて行った。<br /><br />「霧子さん、大丈夫ですか?」<br /><br />歩きながら声を掛けるが、霧子からは何の反応もない。<br /><br />その度に「仕方ないな」と苦笑いしながら、自分の車の停めた駐車場に向った。<br /><br /><br />駐車場に着き、車の助手席に霧子を乗せると霧子の鞄を開けた。<br /><br />霧子の携帯が光っている。<br /><br />(さすがに携帯を見るのは悪いな・・・)<br /><br />そう思って携帯を鞄に直し助手席のドアを閉めた。<br /><br />運転席に回り込み、亮は車のエンジンを掛けた。<br /><br />(どうせ眠っているか・・・)<br /><br />隣のシートで眠る霧子の足元に鞄を置いたが、今も携帯の着信ランプが付いている。<br /><br />亮は鞄から携帯を取り出して、誰の電話か確認した。<br /><br />携帯のサブディスプレイには、『まっさん』と表示されている。<br /><br />(電話の主は向井さんか?)<br /><br />亮は隣で眠る霧子を起こそうとしたが、起こすのをやめた。<br /><br />(・・・何で俺が人の彼女の心配してるんだよ・・・)<br /><br /><br />亮の頭の中で欲望が渦巻き、徐々に大きくなっていた。<br /><br />『1度ぐらい道を踏み外してでも・・・』<br /><br />亮は欲望を抑えようとしたが、ふいに頭に浮かんだ言葉が一気に欲望を膨らませた。<br /><br />『今なら奪えるぞ』<br /><br />亮は手に持っている霧子の携帯を急いで操作しだした。<br /><br />その操作が終わると霧子の携帯を鞄に戻している。<br /><br />(これだけ綺麗な人だ。 他に言い寄ってくる男性は居るだろ。<br /><br />別に俺でなくても、今のままだと他の男に取られるだけだ)<br /><br /><br /><br />運転中、亮は何度も霧子の寝顔を見た。<br /><br />(どうせ向井さんは、この女を必要としてないさ)<br /><br />彼女に対して思い遣りが見えない向井より、<br /><br />亮は自分の方が彼氏に向いているようにも思えるようになっていた。<br /><br />亮の頭の中で色んな考えが交差していたが、<br /><br />考えが纏まらない内に霧子の住むマンションに着く。<br /><br /><br />「霧子さん起きてください。 着きましたよ」<br /><br />亮が霧子の体を揺らそうが、軽く頬を叩いても起きる様子はない。<br /><br />亮は車から降りて、助手席の扉を開けた。<br /><br />霧子を抱きかかえて、そのままマンションの入ろうとして歩き始めた。<br /><br />しかし最初の自動扉を通ると次の自動扉は鍵が掛かっている。<br /><br />(参ったな、また鞄の中を開けないと駄目なのか・・・)<br /><br />亮は足を止めると、後から女性が1人入ってきて集合玄関機にカードをかざした。<br /><br />目の前の自動扉が開き、後から来た女性はエントランスホールに入って行った。<br /><br />亮も迷わず自動扉を通りエントランスホールに入った。<br /><br /><br />「広い・・・」<br /><br />霧子の住むマンションのエントランスホールは、ホテルのロビーのように広い。<br /><br />床は全て大理石で敷き詰められ、壁の至る所に絵が飾られ、所々に彫刻が配置されている。<br /><br />(やはり金持ちは金持ち同士で付き合うのか・・・)<br /><br />亮には霧子が全く別の世界の人に見える。<br /><br />少しの間、立ち止まって亮は呆然としていたが壁際に向って歩いた。<br /><br />天井を見ると監視カメラが至る所に配置されている。<br /><br />壁際に近付くと霧子を降ろして、霧子の鞄を開けた。<br /><br /><br />亮は霧子の鞄の中に部屋の番号が分かる物がないか探し始めた。<br /><br />財布の中を見ると、ゴールド会員のクレジットカードだけでも5枚持っている。<br /><br />財布のカード入れに普通のカードより厚いカードが見えた。<br /><br />亮はそれを抜き出した。<br /><br />カードの隅に小さく部屋番号が書かれてある。<br /><br />(あった、これだ)<br /><br />亮は財布を鞄の中に直し、霧子を抱えて部屋向かった。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-6457076707316993042008-04-05T05:35:00.002+09:002008-04-05T05:36:44.121+09:00第5話:相応しい前回、店に向井さんが居る事を霧子に伝えたのは俺だった。<br /><br />店の常連である向井さんに嫉妬している訳でもない。<br /><br />ただ霧子の気持ちに少し同情した筈だった。<br /><br />以前、俺が霧子の手帳にメモを挟んでから、1度だけ霧子に連絡を貰っている。<br /><br />「もし彼が店に来る事があれば、私に一言教えて貰えますか?」<br /><br />その連絡は、俺が霧子をタクシー迄送った次の日だ。<br /><br /><br />6畳の部屋に14インチの液晶テレビ、小さなテーブル、シングルベッドが置いてあった。<br /><br />そのシングルベッドに仕事から帰った亮が寝ている。<br /><br />時刻は昼過ぎ、ピリリリリッ! ピリリリリッ! と甲高い音で亮の携帯が鳴りだした。<br /><br />亮は横になったまま枕元に置いてある携帯を取り、「はい・・・、香川ですが・・・」と不機嫌そうな声で返事した。<br /><br />電話の向こうから、「香川、今日は休みか?」と男性の声が聞こえた。<br /><br />早川 登、24歳。<br /><br />亮が大阪に出た来た時、初めて働いた居酒屋のアルバイトで親しくなった友人。<br /><br />まだ亮は眠い上に仕事で疲れている。<br /><br />「あぁ、でも今日は勘弁してくれるか?」<br /><br />亮は休みの日は出来るだけ睡眠を取っておきたいのが本音だ。<br /><br />「違う違う、遊びに行く話じゃないよ。 お前、車欲しいって言ってただろう」<br /><br />車と聞いた瞬間、亮の目が完全に開いた。<br /><br />「あー! それで幾らで譲って貰えるんだよ?」突然大きな声を発した。<br /><br />「お前の望み通り色は赤やけど、年式は9年、古いけど充分走れそうだ。それで10万」<br /><br />亮は眠気が飛んで、慌ててベッドからフローリングの床に降りた。<br /><br />「本当か! それは恩に着る。すぐにお金は渡すから、相手に車の方は用意するように伝えてくれ!」<br /><br />携帯電話を切った後、お金を用意する為、亮は銀行に行く準備をした。<br /><br /><br />狭い洗面所で顔を洗っている最中、再び携帯の着信音が聞こえた。<br /><br />慌ててタオルを取り洗面所から出て、携帯電話の置いたテーブルに近付いた。<br /><br />携帯のサブディスプレイには、『奥田』と表示されていた。<br /><br />(向井さんの彼女?)<br /><br />「はい、香川です」<br /><br />「奥田です。先日は彼が店に来ている所を教えて頂き、ありがとうございます」<br /><br />「昨日の件ですか。 特に対した事はしていませんよ。 それよりお2人が仲良くして頂いた方が私も嬉しいです」<br /><br />「香川さんから、彼が店に来ている事を教えて頂けなければ、いつ彼と会えるか分からなかったのです」<br /><br />「昨日は、あの後、向井さんとは仲良く過ごされましたか?」<br /><br />「いえ・・・、あの人が大阪に戻る事を黙っていましたから、それで、すぐ仲良くってのは・・・」霧子の言葉が詰る。<br /><br />「それはそうですね・・・」<br /><br />「また、彼が店に来たら教えて頂けますか?」<br /><br />「ええ、もちろんいいですよ。 但し、密告したのが私とは絶対に言わないでくださいね」亮は優しく霧子に言った。<br /><br />その話に霧子は少し元気がでて声に明るさが戻った。<br /><br />「はい!」<br /><br />「黙って頂けたら、いつでも私がスパイさせて頂きます」と亮は言った。<br /><br />「すいません、これからもお願いします!」<br /><br />(彼氏の為に一生懸命な美人とは、あのふざけた向井さんには考えられないな)<br /><br />亮は、そう思いながら別れの挨拶を交わして電話を切った。<br /><br /><br />亮は出かける準備が出来ると、自転車に乗り駅前の銀行に行った。<br /><br />銀行のATMで順番待ちしていると、ポケットの中の携帯が鳴り出した。<br /><br />携帯をポケットから取り出してサブディスプレイを見ると”憐”と表示されていた。<br /><br />亮は携帯電話を耳元に持って行った。<br /><br />「レンか! 何か用か?」と亮は声を荒げる。<br /><br />「今日って休みなんやろ? 会わんのか?」<br /><br />電話の向こうから不機嫌な女性の声が聞こえる。<br /><br />佐山 憐、21歳、1年半前から亮と付き合っている彼女だ。<br /><br />「アホか! 俺は今から車を貰いに行くんだよ!」<br /><br />亮の周りでATMを待っている人達は、亮の話し方に少し引いている。<br /><br />「えっ! ほんまか! 車が手に入るんか!!」<br /><br />電話の向こう佐山は、亮が車を手に入れる事を聞いて喜んでいた。<br /><br /><br />時間後、亮は10万円で売って貰った赤のMR-2を運転している。<br /><br />隣に座る佐山は、初めて乗る彼氏の車の中で音楽に合わせて大騒ぎしている。<br /><br />その様子が半時間続くと亮も我慢できずに、「おい、いい加減静かにしろ! お前の声で音楽も聞こえないだろう!」と怒鳴った。<br /><br />「ええやん~♪、誰に迷惑が掛かる訳でもないし~♪」<br /><br />憐は音楽の歌詞を替え歌で言い返した。<br /><br />「好きにしろ!」<br /><br />車を運転する最中、亮の頭の中で霧子の姿が浮かんだ。<br /><br />(頭の悪い女は本当に困るぜ・・・)<br /><br />亮は隣のシートに座る佐山の姿を見て、自分の彼女に幻滅していた。<br /><br />脱いだブーツは助手席の足音に無造作に脱がれ、裸足になった足で音楽に乗ってフロントガラスを蹴る事もあった。<br /><br />その上、何か起きては、意味なく大きな声で「キャーッ!」と騒ぐ。<br /><br />(この数年、働き出してから色んな人を見たが、バーで働き出してからは周りでこんな下品な女も居ない)<br /><br />そう思うと亮は、別の考えが頭に浮かんだ。<br /><br />ハンドルを左に切り、車を道路の脇に停めようとした。<br /><br />「どうしたの?」と憐が亮に尋ねた。<br /><br />亮は前を向いたまま「降りろ」と言った。<br /><br />「えっ! 何? どうかした?」突然の事で佐山は戸惑っている。<br /><br />「もう、お前は要らないんだよ! 俺の周りに不要な奴なんだよ!」亮は怒鳴った。<br /><br />「何やねん! それは!!」<br /><br />佐山も負けていない。<br /><br />亮に怒鳴り返した。<br /><br />亮は横に座る佐山の方をゆっくり向き、右手で憐の前髪を鷲掴みにして睨んだ。<br /><br />「お前は、その辺のホストクラブにでも通え」と脅し口調で憐に言った。<br /><br />亮の様子に憐も冷静になり、ブーツを履いて車から降りた。<br /><br />憐が車から降りた後も、亮は憐を睨み続けている。<br /><br />亮は助手席のドアを運転席から体を寄せて閉めて、その場を去った。<br /><br />それを見届けた憐は途方に暮れそうになったが、即座に携帯を取り出して連絡し始めた。<br /><br />憐を置いて数分後、亮の頭には色々な考えが浮かび始めている。<br /><br />『人間にはランクがある。 今の俺に憐は相応しくない。 俺には俺で相応しい女性が居る筈だ!』滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-38668236420305655472008-03-28T20:59:00.002+09:002008-03-29T02:21:58.746+09:00第4話:裏切り前回、霧子が店に来てから1ヶ月が経つ。<br />それ以来、霧子は店に姿を現していない。<br />そして転勤して初めて向井さんが店に現れた。<br /><br />時刻は深夜の12時を過ぎて、店には常連客が5人居る。<br />マスターも常連客と一緒にグラスを傾けて飲んでいた。<br />店の中で仕事をしているのは見習いの亮だけだ。<br /><br />「やっぱり名古屋と言えども、本社となると儲かっていますよ~」仕事が上手く行っている向井は上機嫌で喋っていた。<br /><br />「今日は、俺のおごり、何でも頼んでよ!」<br /><br />機嫌良く話す向井の様子を見て、他の常連客が「とか言って、実は全然上手く行ってなかったりしてな!」と笑いながら向井を冷やかした。<br /><br />場が盛り上がっている最中、「お前、今日は彼女を連れて来てないけど、大丈夫なのか?」とマスターは向井の心配をした。<br /><br />「アハハハ! まさか、ここに来ているとは言ってませんよ! 連れて来て皆の乗りが悪くなっても嫌ですからね~」マスターの心配は余所に向井は、この状況を楽しもうとする。<br /><br />そんな状況下、カウンターの奥で騒がしい様子を冷静に見ている亮が居た。<br /><br />(あんな綺麗な人を置いて、こんなくだらん騒ぎをして楽しいのか?)<br /><br />亮の心の内では、店の雰囲気を壊す常連客を気に入らない点もある。<br /><br />「向井~、そんな事言ってたら、他の男に彼女を取られるぞ~」と常連客の1人が冗談を言った。<br /><br />「おいおい、お前達、少し酔いすぎだぞ。そんな事言われたら、向井も心配になるだろう」とマスターが言う。<br /><br />「大丈夫ですよ~、本社に行けば、あの程度の女なんて、他にも一杯居ますよ~」酔い過ぎた向井の勢いを止める事は、誰も出来ない。<br /><br /><br />時刻が1時を過ぎた頃、カラン! と扉に掛かる鈴が鳴り、扉が開いた。<br /><br />マスターが扉の方を向くと突然様子が変わった。<br /><br />まるで見てはいけないものを見た時の様子。<br /><br />マスターの様子に気付いた他の常連客も扉の方向へ向いた。<br /><br />周りの者が次々と扉の方に視線を向け、驚いた表情をするので、向井も気になって扉の方を向いた。<br /><br />扉の方向を見ると、向井の方を睨む霧子が立っている。<br /><br />それを見て向井も表情が変わった。<br /><br />「霧子・・・、お前、俺がここに居るのを知ってたのか?」向井は大阪に戻っている事を霧子に一言も伝えていなかった。<br /><br />目の前に霧子が現れ向井も酔いが一気に冷めて行く。<br /><br />「多分、そろそろ現れると思って」霧子の表情は険しい。<br /><br />寒々しい空気が流れ、それを変えようとマスターが声を発した。<br /><br />「お前達、早く、向井の彼女の席を空けてやれ!」他の常連客も霧子に気遣い、向井の横の席を空けた。<br /><br />「さあ、どうぞ! ここを使ってください」と周りの者が笑顔を振りまくが、目だけは笑っていない。<br /><br />明らかに最悪の状況に陥っている。<br /><br />その後は腫れ物を触るかのように緊張感が漂い、場が静かになったままお開きを迎えた。<br /><br />マスターが常連客を店の外に送って行く時、霧子がレジの傍に立つ亮に近付いた。<br /><br />「香川さん教えてくれて、ありがとう」<br /><br />そう一言残して、霧子は外に居る向井の傍に行く。<br /><br /><br />さすがのマスターも後味が悪いのか? その日の片付けは静かに行っている。<br /><br />今更ながら霧子抜きで盛り上がっていた事をマスターは後悔していた。<br /><br />そこに亮が「マスター、向井さん、大丈夫ですかね?」と話し掛けた。<br /><br />「あ、あぁ、多分な・・・」<br /><br />ホウキで床を掃いているマスターの表情は暗い。<br /><br />「しかし、何故、向井がこの店に来ている事に気付いたんだろうな?」とマスターは呟いた。<br /><br />その言葉に亮は、少し微笑しながら「女の勘って奴ではないですか?」と答えた。<br /><br />(人の気持ちを逆なでするような付き合いなら、別れた方がいいのさ)<br /><br />遠く離れる彼氏への想い、しかし裏切りを受ける事で霧子の想いに隙間が生まれようとしていた。滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-7077621707891596931.post-86567698123273313712008-03-19T20:25:00.004+09:002008-03-22T09:40:24.095+09:00第3話:マティーニ常連の向井さんが転勤して2ヶ月経った頃、この店に霧子が現れた。 丁度、マスターが他の店に行っていた時の事だ。<br /><br />店の扉が開き、1人の女性客が入ってきた。<br /><br />「いらっしゃいませ」<br /><br />亮は普段より少しだけ低い声を出して、落ち着いた様子で女性客を迎えた。 店に入ってきた霧子の姿が亮の視線に入り、亮は少し驚いた。<br /><br />(向井さんの彼女じゃないのか? 向井さんが転勤したのに、何故、この店に?)<br /><br />亮が驚いた様子も気にせず、霧子は静かにカウンター席の奥に移動する。 霧子が椅子に座ると、亮は「何を飲まれますか?」と注文を尋ねた。<br /><br />「マティーニを・・・」静かな声で言う。<br /><br />亮は酒を造り始めると霧子に話しかけた。<br /><br />「マティーニって、昔、向井さんが好んで飲まれていた、お酒なんですよね?」<br /><br />亮は霧子に笑顔を振りまく。 前回、霧子が店に来た時、向井が20代の前半の頃、 店でマティーニを好んで飲んでいた事をマスターから聞かされている。<br /><br />少しでも場を和まそうとする亮の意図とは別に「あの人、ここには来ますか?」と霧子が話を切り替えた。<br /><br />亮は返答に困ったが「いえ、来てませんよ」と事実を述べた。<br /><br />「そう・・・、今度、いつ現れますか?」<br /><br />向井の店に訪れる時なんて亮では検討もつかない。<br /><br />「そうですね、来月辺りでも来るんじゃないですか?」と霧子が少しでも安心できる言葉を吐いてみた。<br /><br />「そう・・・」亮の気遣いも虚しく霧子は落胆している。<br /><br />亮はお酒をグラスに注いで、「向井さんが来られた時、連絡を差し上げましょうか?」とグラスを霧子に差し出す際言った。<br /><br />霧子はグラスに気を取られ「ええ・・・」と戸惑いながら答えた。<br /><br /><br />夜の11時が過ぎた頃、マスターが店に戻ってきた。 裏口から入ってきたマスターは、カウンターに座る霧子の姿を見て驚いている。<br /><br />「亮! 向井の彼女、来ていたのか!?」と小声で話しかける。<br /><br />今更驚くマスターに呆れた顔を見せて、「もう3時間以上居ますよ」とグラスを拭きながら言った。<br /><br />マスターは遠目に霧子の方を向き、「仕方ない向井に電話してやろう」とポケットから携帯を取り出す。<br /><br />「電話する事なんてないですよ。向井さんが大阪に戻っていたら何も問題ないんでしょ!」1人で霧子を任された感が強い亮、苛立ちを隠せない。<br /><br />「まあ、そうなんだけどな~」と言いながらマスターは取り出した携帯をポケットに戻した。<br /><br />「それで、あの彼女は何を飲んでいるんだ?」静かな声で亮に尋ねた。<br /><br />「前回と同じで、マティーニを飲んでいますよ」<br /><br />「マティーニは、昔、向井が1番好きだったカクテルだ」<br /><br />「その話は、この前教えて貰いました!」<br /><br />「そうか・・・」<br /><br />学生から社会人になり、働き始めると大きな壁にぶつかる。 学生の時に描いた理想。 大抵の人は現実を知り悩まされる。 学生時代、どれだけ机の上で勉強しても、それは机上の空論に過ぎない。 それを社会人になって実践しようとしても通用しないケースがある。 例え机の上で学んだ事が正しくても、現実社会では間違えているケースも稀にある。 そのギャップに勝てない場合、気持ちに逃げ出したくて酒を飲む事がある。<br />その時の酒が美味い不味いは別として、その人の記憶には酒の味が鮮明に残る。<br />年を重ねて行くと酒の好みも変わり、若い頃飲んだお酒から離れて行くものだ。<br />そして忘れた頃に若き日に飲んだお酒を飲むと、若い頃の苦い経験を懐かしむ。<br /><br />向井にとってマティーニは、営業マンとして働き始めた頃の苦労の味。 辛い現実を知り、休みの日も休む事を忘れて仕事を頑張っていた。 その頃、この店に訪れて、連日、マティーニを飲んだ向井が居た。<br />その話をマスターが亮にしていたのだ。 恐らく向井も彼女となる霧子には、自分の昔話として、この店のマティーニの話をしていたのであろう。<br /><br />時刻が1時半になり、店も閉店準備をする。 マスターがテーブル席に座る客に閉店時間を伝える為、ラストオーダーを取りに行った。 亮もカウンターに座る客に閉店時間を伝え、ラストオーダーを取る。<br /><br />「申し訳ありません。2時にでこの店は閉店です。これでラストオーダーになりますが、何かご注文はありますか?」亮が霧子に話しかけると肘を付いて、頬に手の甲を当てて眠っていた。<br /><br />(マティーニを4杯で眠るようなら、お酒は強くないか・・・)<br /><br />亮はカウンターの奥からホール側に出てきて霧子の傍に近付いた。 空いたグラスや皿をお盆の上に乗せて、またカウンターの奥に戻る。<br /><br />マスターがラストオーダーを取ってカウンターの奥に戻る時、霧子が寝ている事に気付く。<br /><br />「タクシーを呼んで、自宅に送って貰うか」と苦笑いしながらマスターが言った。<br /><br />「じゃあ俺がタクシー会社に電話します」<br /><br />「あ~、その前に向井にも、この事を伝えてやろう」霧子が帰れるように手配を始めたマスターの様子を見て、亮は電話の傍にあるメモ帳を1枚破って自分の連絡先を書いた。 それを自分のポケットに入れた。<br /><br />数分後、タクシーが店の近くの大きな通りに着いて、店の電話に連絡が入った。<br /><br />「はい、では連れて行きますので、よろしくお願いします」とマスターが電話の応対をする。<br /><br />「亮! 千日前沿いに大阪交通のタクシーが停まっているから、そこまで彼女を連れて行ってくれ」<br /><br />「分かりました。じゃあ俺、少し出掛けます」<br /><br />「頼む」<br /><br />亮は霧子の傍に近付き体を揺らして起こそうとした。<br /><br />「タクシーを呼びましたので自宅の方迄、送って貰いますよ。起きてください!」<br /><br />「・・・・。」<br /><br />寝ている霧子から何の反応もない。<br /><br />「仕方ないな、よしっ!」と亮は霧子の脇の間に腕を入れて、霧子を持ち上げた。<br /><br />脇に痛みが走り、「う~ん・・・」と唸るが霧子が起きる様子は一向にない。<br /><br />霧子を右腕で支えながら左手で霧子の鞄を持ち、亮は店の外に出て行った。<br /><br /><br />商店街の裏通りから、千日前の大通りに向って歩くが、寝ている人を抱えて移動するのは辛い。 やっとの思いで大通りに出ると、大阪交通のタクシーは何台も停まっている。<br /><br />(参ったな・・・、予約済みのタクシーが何台も停まっているぞ・・・)<br /><br />亮は目の前に停まるタクシーから、次々とタクシーに尋ねて行く。<br /><br />1台挟んで向こうから、「ワンショットさんの人?」と大きな声が聞こえた。<br />その声に亮が反応して、声を上げたタクシーの方を向く。<br /><br />「ここ! ここ!」と大きな声の方角には、運転手が窓から手を出して亮に振っている。<br /><br />予約したタクシーを見つけて、亮はタクシーに向って歩いた。<br /><br />タクシーの後部座席のドアが開き、亮は霧子を後部座席に寝かせる。<br /><br />「ハア・・・、ハア・・・、ハア・・・、すいません、この女性を送って貰えますか?」と亮が言った。<br /><br />「どこまで送ればいいの?」眠る霧子の姿を見てタクシーの運転手は迷惑そうな様子で言った。<br /><br />「参ったな、マスターに聞いてくるのを忘れたな・・・」<br /><br />「お客さん、それじゃ~困るよ~」と怪訝そうな顔でタクシーの運転手が言う。<br /><br />「ちょっと待ってくれ」亮は急いで霧子の鞄を開けて財布と手帳を探した。<br /><br />手帳を見つけた時、亮はポケットからメモを取り出して、それを挟んでおいた。<br /><br />亮はポケットから自分の携帯を取り出して、マスターに連絡を入れる。<br /><br />「マスター、すいません、向井さんの彼女の住所は分かりますか?」マスターは既に向井に連絡を取って住所を確認していた。 その住所を亮に話している間、沈黙の間が流れる。<br /><br />「はい、分かりました。では、そう運転手に伝えます」携帯電話を切り、「運転手さん、西長堀のグレインドハイツにお願いできますか?」と言った。<br /><br />「はい・・・」運転手の返事は重い。<br /><br />それは話している亮でも分かる。<br /><br />「それじゃ、お願いします」そう言って亮は霧子を乗せたタクシーから離れた。<br /><br /><br />霧子の手帳には、亮のメモが挟まれている。<br /><br />『ワンショットバーの見習い香川。 090-XXXX-XXXX、向井さんの事で何かあれば、いつでも連絡ください』<br /><div></div>滝川拳http://www.blogger.com/profile/15149402220655084289noreply@blogger.com0